七宝の柱

3話 七宝の柱(3)

1,234字 約2分 2003年5月1日 公開

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「この奥に義経公(よしつねこう)。」

 車夫(くるまや)の言葉に、私は一度(くるま)を下りた。

 帰途は――今度は高館を左に仰いで、津軽青森まで、遠く続くという、まばらに寂しい松並木の、旧街道を通ったのである。

 松並木の心細さ。

 途中で、都らしい女に逢ったら、私はもう一度車を飛下(とびお)りて、手も(せな)もかしたであろう。――判官(ほうがん)にあこがるる、(しずか)の霊を、幻に感じた。

「あれは、(さけ)かい。」

 すれ違って一人、溌剌(はつらつ)たる大魚(おおうお)()げて駈通(かけとお)ったものがある。

(ます)だ、――北上川で取れるでがすよ。」

 ああ、あの川を、はるばると――私は、はじめて一条(ひとすじ)長く細く水の糸を()いて、(うお)()とともに動く(さま)を目に宿したのである。

「あれは、はあ、駅長様の(とこ)()くだかな。昨日(きのう)一尾(いっぴき)(あが)りました。その鱒は停車場(ていしゃば)前の小河屋(おがわや)で買ったでがすよ。」

「料理屋かね。」

旅籠屋(はたごや)だ。新築でがしてな、まんずこの辺では彼店(あすこ)だね。まだ、旦那、昨日はその上に、はい(こい)一尾(いっぴき)買入れたでなあ。」

其処(そこ)へ、つけておくれ、昼食(ちゅうじき)に……」

 ――この旅籠屋は深切(しんせつ)であった。

「鱒がありますね。」

 と心得たもので、

照焼(てりやき)にして下さい。それから酒は罎詰(びんづめ)のがあったらもらいたい、なりたけいいのを。」

 束髪(そくはつ)()った、丸ぽちゃなのが、

「はいはい。」

 と柔順(すなお)だっけ。

 小用(こよう)をたして帰ると、もの陰から、目を(まる)くして、一大事そうに、

「あの、旦那様。」

「何だい。」

「照焼にせいという、お(あつらえ)ですがなあ。」

「ああ。」

川鱒(かわます)は、塩をつけて焼いた方がおいしいで、そうしては不可(いけ)ないですかな。」

「ああ、結構だよ。」

 やがて、膳に、その塩焼と、別に誂えた玉子焼、青菜のひたし。椀がついて、蓋を取ると鯉汁(こいこく)である。ああ、昨日のだ。これはしかし、活きたのを(りょう)られると困ると思って、わざと註文はしなかったものである。

 口を(こぼ)れそうに、なみなみと二合のお銚子(ちょうし)

 いい心持(こころもち)(ところ)へ、またお銚子が出た。

 喜多八(きたはち)の懐中、これにきたなくもうしろを見せて、

「こいつは余計だっけ。」

「でも、あの、四合罎(しごうびん)一本、よそから取って上げましたので、なあ。」

 私は膝を()って、感謝した。

「よし、よし、有難(ありがと)う。」

 (こう)のものがついて、御飯をわざわざ()いてくれた。

 これで、勘定が――道中記には肝心な処だ――二円八十銭……二人(ににん)分です。

「帳場の、おかみさんに礼を言って下さい。」

 やがて停車場(ステエション)へ出ながら()ると、旅店(はたごや)の裏がすぐ水田(みずた)で、(となり)との地境(じざかい)行抜(ゆきぬ)けの処に、花壇があって、牡丹が咲いた。竹の垣も()わないが、遊んでいた小児(こども)たちも、いたずらはしないと見える。

 ほかにも、商屋(あきないや)に、茶店に、一軒ずつ、庭あり、背戸(せど)あれば牡丹がある。往来(ゆきき)の途中も、皆そうであった。かつ溝川(みぞがわ)にも、井戸端にも、傾いた軒、崩れた壁の小家(こいえ)にさえ、大抵(たいてい)皆、菖蒲(あやめ)杜若(かきつばた)を植えていた。

 弁財天の御心(みこころ)が、(おのずか)ら土地にあらわれるのであろう。

 (たちま)ち、風暗く、柳が(なび)いた。

 停車場(ステエション)へ入った時は、皆待合室にいすくまったほどである。風は雪を散らしそうに寒くなった。一千年のいにしえの古戦場の威力である。天には雲と雲と戦った。

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