歌行灯

3話 歌行灯(3)

6,297字 約13分 2002年1月9日 公開

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「いや、横になるどころじゃない、沢山だ、ここで沢山だよ。……第一背中へ(つか)まられて、一呼吸(ひといき)でも(こた)えられるかどうだか、実はそれさえ覚束(おぼつか)ない。悪くすると、そのまま目を(まわ)して打倒(ぶったお)れようも知れんのさ。(てい)よく按摩さんに掴み殺されるといった形だ。」

 と真顔で言う。

「飛んだ事をおっしゃりませ、田舎でも、これでも、長年年期を入れました杉山流のものでござります。鳩尾(きゅうび)(はり)をお打たせになりましても、決して間違いのあるようなものではござりませぬ。」と(あき)れたように、按摩の()く目は(あお)かりけり。

「うまい、まずいを言うのじゃない。いつの幾日(いくか)にも何時(なんどき)にも、洒落(しゃれ)にもな、生れてからまだ一度も按摩さんの味を知らないんだよ。」

「まあ、あんなにあんた、こがれなさった癖に。」

「そりゃ、張って張って仕様がないから、目にちらつくほど待ったがね、いざ……となると初産(ういざん)です、(きゅう)の皮切も同じ事さ。どうにも勝手が分らない。痛いんだか、(かゆ)いんだか、風説(うわさ)に因ると(くすぐ)ったいとね。多分私も擽ったかろうと思う。……ところがあいにく、母親(おふくろ)が操正しく、これでも密夫(まおとこ)()じゃないそうで、その擽ったがりようこの上なし。……あれ、あんなあの、握飯(にぎりめし)(こさ)えるような手附をされる、とその手で揉まれるかと思ったばかりで、もう(たま)らなく擽ったい。どうも、ああ、こりゃ不可(いけね)え。」

 と脇腹へ両肱(りょうひじ)を、しっかりついて、掻竦(かいすく)むように脊筋を()る。

「ははははは、これはどうも。」と按摩は手持不沙汰な風。

 女房(あらた)めて顔を(のぞ)いて、

「何んと、まあ、可愛らしい。」

「同じ事を、可哀想(かわいそう)だ、と言ってくんねえ。……そうかと言って、こう張っちゃ、身も皮も石になって(かたま)りそうな、(せなか)(つま)って胸は裂ける……揉んでもらわなくては遣切(やりき)れない。遣れ、構わない。」

 と激しい声して、片膝を(きっ)と立て、

「殺す気で(かか)れ。こっちは覚悟だ、さあ。ときに女房(おかみ)さん、袖摺(そです)り合うのも他生(たしょう)の縁ッさ。旅空掛けてこうしたお世話を受けるのも(さき)の世の何かだろう、何んだか、おなごりが(おし)いんです。掴殺(つかみころ)されりゃそれきりだ、も一つ(はばか)りだがついでおくれ、別れの杯になろうも知れん。」

 と(しずく)を切って、ついと出すと、他愛なさもあんまりな、目の色の変りよう、(まなじり)(きっ)となったれば、女房は気を打たれ、黙然(だんまり)でただ目を《みは》る。

「さあ按摩さん。」

「ええ、」

女房(おかみ)さん()いどくれよ!」

「はあ、」と酌をする手がちと震えた。

 この茶碗を、一息に仰ぎ干すと、按摩が手を掛けたのと一緒であった。

 がたがたと身震いしたが、(おもて)(さいわい)に紅潮して、

「ああ、(はらわた)沁透(しみとお)る!」

「何かその、何事か存じませぬが、按摩は大丈夫でござります。」と、これもおどつく。

「まず、」

 と突張(つッぱ)った手をぐたりと緩めて、

生命(いのち)に別条は無さそうだ、しかし、しかし(こた)える。」

 とがっくり俯向(うつむ)いたのが、ふらふらした。

「月は寒し、炎のようなその指が、火水となって骨に響く。胸は冷い、耳は熱い。()は燃える、血は冷える。あっ、」と言って、両手を落した。

 吃驚(びっくり)して按摩が手を引く、その(くちばし)(たこ)に似たり。

 兄哥(あにい)は、しっかり起直って、

「いや、手をやすめず遣ってくれ、あわれと思って(しずか)に……よしんば(そっ)と揉まれた処で、私は五体が砕ける思いだ。

 その思いをするのが可厭(いや)さに、いろいろに悩んだんだが、()ければ摺着(すりつ)く、過ぎれば引張(ひっぱ)る、逃げれば追う。形が無ければ声がする……ピイピイ笛は攻太鼓(せめだいこ)だ。こうひしひしと寄着(よッつ)かれちゃ、弱いものには我慢が出来ない。(ふち)に臨んで、(がけ)の上に瞰下(みお)ろして踏留(ふみとど)まる胆玉(きもだま)のないものは、いっその思い、真逆(まっさかさま)に飛込みます。破れかぶれよ、按摩さん、従兄弟(いとこ)再従兄弟(はとこ)か、伯父甥(おじおい)か、親類なら、さあ、(かたき)を取れ。私はね、……お仲間の按摩を一人殺しているんだ。」

       十二

「今からちょうど三年前。……その年は、この月から一月(おくれ)師走(しわす)の末に、名古屋へ用があって来た。ついでと言っては悪いけれど、(かせぎ)の繰廻しがどうにか附いて、参宮が出来るというのも、お伊勢様の思召(おぼしめし)冥加(みょうが)のほど難有(ありがた)い。ゆっくり古市(ふるいち)逗留(とうりゅう)して、それこそついでに、……浅熊山(あさまやま)の雲も見よう、鼓ヶ(たけ)調(しらべ)も聞こう。二見(ふたみ)じゃ初日を拝んで、堺橋から、池の浦、沖の島で空が別れる、上郡(かみごおり)から志摩へ入って、日和山(ひよりやま)を見物する。……海が()いだら船を出して、伊良子(いらこ)ヶ崎の海鼠(なまこ)で飲もう、何でも五日六日は逗留というつもりで。……山田では尾上町の藤屋へ泊った。驚くべからず――まさかその時は私だって、浴衣に(あわせ)じゃ居やしない。

 着換えに紋付(もんつき)の一枚も持った、(しま)襲衣(かさね)の若旦那さ。……ま、こう、雲助が傾城買(けいせいがい)の昔を語る……負惜(まけおし)みを言うのじゃないよ。何も自分の働きでそうした訳じゃないのだから。――聞きねえ、親なり、叔父なり、師匠なり、恩人なりという、……私が稼業じゃ江戸で一番、日本中の家元の大黒柱と云う、少兀(すこはげ)の苦い(つら)した阿父(おやじ)がある。

 いや、その顔色(がんしょく)に似合わない、気さくに巫山戯(ふざけ)江戸児(えどッこ)でね。行年(ぎょうねん)その時六十歳を、三つと刻んだはおかしいが、数え年のサバを()んで、私が代理に宿帳をつける時は、天地人とか何んとか言って、(ぜん)の問答をするように、指を三本、ひょいと出してギロリと(にら)む……五十七歳とかけと云うのさ。()いかね、その気だもの……旅籠屋の女中が出てお給仕をする前では、阿父(おとっ)さんが大の禁句さ。……与一兵衛じゃあるめえし、(てめえ)定九郎(さだくろう)のように呼ぶなえ、と唇を捻曲(ねじま)げて、叔父さんとも言わせねえ、兄さんと呼べ、との御意だね。

 この叔父さんのお供だろう。道中の面白さ。酒はよし、景色はよし、日和は続く。どこへ行っても女はふらない。師走の山路に、嫁菜が盛りで、しかも大輪(おおりん)が咲いていた。

 とこの桑名、四日市、亀山と、伊勢路へ(かか)った汽車の中から、おなじ切符のたれかれが――その(もよおし)について名古屋へ行った、私たちの、まあ……興行か……その興行の風説(うわさ)をする。嘘にもどうやら、私の評判も()さそうな。叔父はもとより。……何事も言うには及ばん。――私が口で饒舌(しゃべ)っては、流儀の恥になろうから、まあ、何某(なにがし)と言ったばかりで、世間は承知すると思って、聞きねえ。

 ところがね、その私たちの事を言うついでに、この伊勢へ入ってから、きっと一所に出る、人の名がある。可いかい、山田の古市に惣市(そういち)と云う按摩鍼(あんまはり)だ。」

 門附はその名を言う時、うっとりと瞳を据えた。(せなか)(いだ)くように背後(うしろ)に立った按摩にも、床几(しょうぎ)に近く裾を投げて、向うに腰を掛けた女房にも、目もくれず、(じっ)と天井を仰ぎながら、胸前(むなさき)にかかる湯気を忘れたように手で(さば)いて、

「按摩だ、がその按摩が、(もと)はさる大名に仕えた士族の(はて)で、聞きねえ。私等が流儀と、(おんな)じその道の芸の上手。江戸の宗家も、本山も、当国古市において、一人で兼ねたり、という(いきおい)で、自ら宗山(そうざん)名告(なの)天狗(てんぐ)。高慢も高慢だが、また出来る事も出来る。……東京の本場から、誰も来て(おびや)かされた。(それがし)も参って(ひし)がれた。あれで一眼でも有ろうなら、三重県に居る代物(しろもの)ではない。今度名古屋へ来た連中もそうじゃ、贋物(にせもの)ではなかろうから、何も宗山に稽古をしてもらえとは言わぬけれど、(うなぎ)(ほか)に、(たい)がある、味を知って帰れば可いに。――と才発(さいはじ)けた商人(あきんど)風のと、でっぷりした金の入歯の、土地の物持とも思われる奴の話したのが、風説(うわさ)の中でも耳に付いた。

 叔父はこくこく坐睡(いねむり)をしていたっけ。(わっし)あ若気だ、襟巻で顔を隠して、(にら)むように二人を見たのよ、ね。

 宿の藤屋へ着いてからも、わざと、叔父を一人で湯へ遣り……女中にもちょっと聞く。……挨拶(あいさつ)に出た番頭にも、按摩の惣市、宗山と云う、これこれした芸人が居るか、と聞くと、誰の返事も同じ事。思ったよりは高名で、現に、この頃も藤屋に泊った、何某侯(なにがしこう)の御隠居の御召に因って、上下(かみしも)で座敷を()た時、(さてもな、鼓ヶ嶽が近いせいか、これほどの松風は、東京でも聞けぬ、)と御賞美。

的等(てきら)にも聞かせたい。)と宗山が言われます、とちょろりと饒舌(しゃべ)った。(わっし)夥間(なかま)を――(的等。)と言う。

 的等の一人(いちにん)、かく言う私だ……」

       十三

「なお聞けば、古市のはずれに、その惣市、小料理屋の店をして、(めかけ)の三人もある、大した(いきおい)だ、と言うだろう。――何を!……按摩の分際で、宗家の、宗の字、この道の、本山が(すさま)じい。

 こう、按摩さん、舞台の(さし)堪忍(かに)してくんな。」

 と、(そっ)と痛そうに胸を(おさ)えた。

「後で、よく気がつけば、信州のお百姓は、東京の芝居なんぞ、ほんとの(しし)はないとて威張る。……な、宮重大根が日本一なら、(かぶ)の千枚漬も皇国無双で、早く言えば、この桑名の、焼蛤も三都無類さ。

 その気で居れば可いものを、二十四の前厄なり、若気の一図(いちず)苛々(いらいら)して、第一その宗山が気に入らない。(的等。)もぐっと(しゃく)に障れば、妾三人で(かっ)とした。

 維新以来の世がわりに、……一時(ひとしきり)私等の稼業がすたれて、夥間(なかま)が食うに困ったと思え。弓矢取っては一万石、大名株の芸人が、イヤ楊枝(ようじ)を削る、かるめら焼を露店で売る。……蕎麦屋(そばや)の出前持になるのもあり、現在私がその小父者(おじご)などは、田舎の役場に小使いをして、濁り酒のかすに酔って、田圃(たんぼ)(あぜ)に寝たもんです。……

 その妹だね、可いかい、私の阿母(おふくろ)が、振袖の年頃を、困る処へ附込んで、小金(こがね)を溜めた按摩めが、ちとばかりの貸を(かせ)に、妾にしよう、と追い廻わす。――(あぶな)く駒下駄を踏返して、駕籠(かご)でなくっちゃ見なかった隅田川へ落ちようとしたっさ。――その話にでも嫌いな按摩が。

 ええ。

 待て、見えない両眼で、(うぬ)が身の程を(あかる)く見るよう、療治を一つしてくりょう。

 で、翌日(あくるひ)は謹んで、参拝した。

 その尊さに、その晩ばかりはちっとの酒で宵寝をした、叔父の夜具の裾を叩いて、枕許(まくらもと)へ水を置き、

(女中、そこいらへ見物に、)

 と言った心は、穴を(おさ)えて、宗山を退治る料簡(りょうけん)

 と出た、風が荒い。荒いがこの風、五十鈴川(いすずがわ)(かぎ)られて、宇治橋の向うまでは吹くまいが、相の山の長坂を下から(どっ)と吹上げる……これが悪く生温(なまぬる)くって、(あかり)の前じゃ砂が黄色い。月は雲の底に(どんよ)りしている。神路山(かみじやま)の樹は(あお)くても、二見の波は白かろう。(ひど)(いきおい)、ぱっと吹くので、たじたじとなる。帽子が飛ぶから、そのまま、藤屋が店へ投返した……と脊筋へ(はら)んで、坊さんが忍ぶように羽織の袖が飜々(ひらひら)する。着換えるのも面倒で、昼間のなりで、神詣(かみもう)での紋付さ。――袖畳みに懐中(ふところ)捻込(ねじこ)んで、何の洒落(しゃれ)にか、手拭で頬被りをしたもんです。

 門附になる前兆さ、(ざま)を見やがれ。」と片手を袖へ、二の腕深く突込(つッこ)んだ。片手で(ねら)うように茶碗を(おさ)えて、

「ね、古市へ行くと、まだ宵だのに寂然(ひっそり)している。……軒が、がたぴしと鳴って、軒行燈(のきあんどん)がばッばッ揺れる。三味線(さみせん)の音もしたけれど、(ふき)さらわれて大屋根へ猫の姿でけし飛ぶようさ。何の事はない、今夜のこの寂しい新地へ、風を持って来て、打着(ぶッつ)けたと思えば可い。

 一軒、(つち)のちと(くぼ)んだ処に、溝板(どぶいた)から直ぐに竹の欄干(てすり)になって、毛氈(もうせん)の端は刎上(はねあが)り、畳に赤い島が出来て、洋燈(ランプ)は油煙に(くすぶ)ったが、真白(まっしろ)に塗った姉さんが一人居る、空気銃、吹矢の店へ、ひょろりとして引掛(ひっかか)ったね。

 取着(とッつ)きに、(ひじ)()いて、怪しく正面に(まなこ)の光る、悟った顔の達磨様(だるまさま)と、女の顔とを、七分三分に狙いながら、

(この辺に宗山ッて按摩は居るかい。)とここで実は様子を聞く気さ。押懸けて()こうたってちっとも勝手が知れないから。

(先生様かね、いらっしゃります。)と何と、(的等。)の一人に、先生を、しかも、様づけに呼ぶだろう。

(実は、その人の何を、一つ、聞きたくって来たんだが、誰が行っても頼まれてくれるだろうか。)と尋ねると、大熨斗(おおのし)を書いた幕の影から、色の(あお)い、(びん)の乱れた、()せた中年増(ちゅうどしま)が顔を出して、(知己(ちかづき)のない、旅の方にはどうか知らぬ、お(のぞみ)なら、内から案内して上げましょうか。)と言う。

 茶代を奮発(はず)んで、頼むと言った。

(案内して上げなはれ、()い旦那や、気を付けて、)と目配(めくばせ)をする、……と雑作はない、その塗ったのが、いきなり、欄干を(また)いで出る奴さ。」

       十四

「両袖で口を(ふさ)いで、風の中を俯向(うつむ)いて()く。……その女の案内で、つい向う路地を入ると、どこも吹附けるから、戸を()したが、怪しげな行燈(あんどん)(あお)って見える、ごたごたした両側の長屋の中に、溝板(どぶいた)の広い、格子戸造りで、この一軒だけ二階屋。

 軒に、御手軽御料理(おんりょうり)としたのが、宗山先生の住居(すまい)だった。

(お客様。)と云う女の送りで、ずッと入る。直ぐそこの長火鉢を取巻いて、三人ばかり、変な女が、立膝やら、横坐りやら、猫板に頬杖やら、料理の方は(ひま)らしい。……上框(あがりかまち)の正面が、取着(とッつ)きの狭い階子段(はしごだん)です。

(座敷は二階かい、)と突然(いきなり)頬被(ほおかむり)を取って上ろうとすると、風立つので(あかり)を置かない。真暗(まっくら)だからちょっと待って、と色めいてざわつき出す。とその拍子に風のなぐれで、奴等の上の釣洋燈(つりランプ)がぱっと消えた。

 そこへ、中仕切(なかじきり)の障子が、次の()(あかり)にほのめいて、二枚見えた。真中(まんなか)へ、ぱっと映ったのが、大坊主の額の出た、唇の(おおき)い影法師。む、宗山め、居るな、と思うと、憎い事には……影法師の、その背中に(つか)まって、坊主を()んでるのが華奢(きゃしゃ)らしい島田(まげ)で、この影は、濃く映った。

 火燧(マッチ)々々、と女どもが云う内に、

(えへん)と(せきばらい)を太くして、(おおき)な手で、灰吹を持上げたのが見えて、離れて煙管(きせる)が映る。――もう一倍、その時図体が拡がったのは、袖を開いたらしい。此奴(こいつ)()寝子(ねこ)広袖(どてら)を着ている。

 やっと台洋燈を()けて、

(お待遠でした、さあ、)

 って二階へ。吹矢の店から送って来た女はと、中段からちょっと見ると、両膝をずしりと、そこに居た奴の背後(うしろ)へ火鉢を離れて、俯向(うつむ)いて坐った。

(あの()()いのかな、(ほか)にもござりますよって。)

 と六畳の表座敷で低声で言うんだ。――ははあ、商売も大略(あらまし)分った、と思うと、其奴(そいつ)

(お(あつらえ)は。)

 と(おおき)な声。

(あっさりしたものでちょっと一口。そこで……)

 実は……御主人の按摩さんの、咽喉(のど)が一つ聞きたいのだ、と話した。

(咽喉?)……と其奴がね、(おつ)(さげす)んだ笑い方をしたものです。

(先生様の……でござりますか、早速そう申しましょう。)

 で、地獄の手曳(てびき)め、急に衣紋繕(えもんづくろ)いをして下りる。しばらくして上って来た年紀(とし)(わか)い十六七が、……こりゃどうした、よく言う口だが芥溜(はきだめ)に水仙です、鶴です。帯も襟も唐縮緬(とうちりめん)じゃあるが、もみじのように美しい。結綿(いいわた)のふっくりしたのに、浅葱(あさぎ)鹿()の子の絞高(しぼだか)な手柄を掛けた。やあ、三人あると云う、妾の一人か。おおん神の、お膝許(ひざもと)で沙汰の限りな! 宗山坊主の背中を揉んでた島田髷の影らしい。惜しや、五十鈴川の星と澄んだその目許も、(なまず)(ひれ)で濁ろう、と可哀(あわれ)に思う。この娘が紫の袱紗(ふくさ)()せて、薄茶を持って来たんです。

 いや、御本山の御見識、その咽喉(のど)を聞きに来たとなると……客にまず(はかま)穿()かせる仕向(しむけ)をするな、真剣勝負面白い。で、こっちも(いきおい)懐中(ふところ)から羽織を出して着直したんだね。

 やがて、また持出した、(さかずき)というのが、朱塗に二見ヶ浦を金蒔絵(きんまきえ)した、杯台に構えたのは(すご)かろう。

(まず一ツ上って、こっちへ。)

 と按摩の方から、この杯の指図をする。その工合が、謹んで聞け、といった、(すこぶ)る権高なものさ。どかりとそこへ構え込んだ。その容子(ようす)が膝も腹もずんぐりして、胴中(どうなか)ほど咽喉(のど)が太い。耳の(わき)から眉間(みけん)へ掛けて、小蛇のように筋が(うね)くる。眉が薄く、鼻がひしゃげて、ソレその唇の厚い事、おまけに頬骨がギシと出て、歯を()むとガチガチと鳴りそう。左の一眼べとりと()い、右が白眼(しろまなこ)で、ぐるりと(かえ)った、しかも一面、念入の黒痘瘡(くろあばた)だ。

 が、争われないのは、不具者(かたわ)相格(そうごう)、肩つきばかりは、みじめらしくしょんぼりして、()の熊入道もがっくり投首の抜衣紋(ぬきえもん)で居たんだよ。」

       十五

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