歌行灯

4話 歌行灯(4)

8,085字 約16分 2002年1月9日 公開

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「いえな、何も私が意地悪を言うわけではないえ。」

 と湊屋の女中、前垂の膝を堅くして――(かたわら)に柔かな髪の(ふっさ)りした島田の(びん)を重そうに差俯向(さしうつむ)く……襟足白く冷たそうに、水紅色(ときいろ)羽二重(はぶたえ)の、無地の長襦袢(ながじゅばん)の肩が(すべ)って、寒げに脊筋の抜けるまで、(なよ)やかに、打悄(うちしお)れた、残んの嫁菜花(よめな)の薄紫、浅葱(あさぎ)のように目に淡い、藤色縮緬(ちりめん)の二枚着で、姿の寂しい、二十(はたち)ばかりの若い芸者を流盻(しりめ)に掛けつつ、

「このお座敷は(もろ)うて上げるから、なあ和女(あんた)、もうちゃっと内へお()にや。……島家の、あの三重(みえ)さんやな、和女、お三重さん、お帰り!」

 と(きっ)と言う。

「お前さんがおいでやで、ようお客さんの御機嫌を取ってくれるであろうと、小女(こおんな)ばかり附けておいて、私が勝手へ立違うている(うち)や、……勿体ない、お客たちの、お年寄なが気に入らぬか、近頃山田から来た言うて、こちの私の(とこ)を見くびったか、酌をせい、と仰有(おっしゃ)っても、浮々(うきうき)とした顔はせず……三味線(さみせん)聞こうとおっしゃれば、鼻の(さき)で笑うたげな。(そば)に居た喜野が見かねて、私の袖を引きに来た。

 先刻(さっき)から、ああ、こうと、口の酸くなるまで、機嫌を取るようにして、私が和女の調子を取って、よしこの一つ上方唄でも、どうぞ三味線の()をさしておくれ。お客様がお寂しげな、座敷が浮かぬ、お見やんせ、蝋燭(ろうそく)の灯も白けると、頼むようにして聞かいても、知らぬ、知らぬ、と言通す。三味線は和女、禁物か。下手や言うて、知らぬ云うて、(まがり)なりにもお座つき一つ弾けぬ芸妓(げいこ)がどこにある。

 よう、思うてもお見。平の座敷か、そでないか。貴客(あなた)がたのお人柄を見りゃ分るに、何で和女、勤める気や。私が済まぬ。さ、お立ち。ええ、私が箱を下げてやるから。」

 と優しいのがツンと立って、襖際(ふすまぎわ)に横にした三味線を邪険に取って、()縦様(たてざま)に引立てる。

「ああれ。」

 はっと(もすそ)()らして、取縋(とりすが)るように、女中の膝を(そっ)と抱き、袖を引き、三味線を引留めた。お三重の姿は崩るるごとく、芍薬(しゃくやく)の花の散るに似て、

「堪忍して下さいまし、堪忍して、堪忍して、」と、呼吸(いき)の切れる声が湿(うる)んで、

「お客様にも、このお内へも、な、何で私が失礼しましょう。ほんとに、あの、ほんとに三味線は出来ませんもの、姉さん、」

 と(ことば)が途絶えた。……

「今しがたも、な、他家(よそ)のお座敷、隅の方に坐っていました。不断ではない、兵隊さんの送別会、大陽気に騒ぐのに、芸のないものは置かん、衣服(きもの)を脱いで踊るんなら(よし)可厭(いや)なら下げると……私一人帰されて、主人の(うち)へ戻りますと、直ぐに(ひど)いめに逢いました、え。

 三味線も弾けず、踊りも出来ぬ、座敷で衣物(きもの)が脱げないなら、内で脱げ、引剥(ひっぱ)ぐと、な、帯も何も取られた上、台所で突伏(つッぷ)せられて、引窓をわざと開けた、寒いお月様のさす影で、恥かしいなあ、柄杓(ひしゃく)で水を立続けて乳へも胸へもかけられましたの。

 こちらから、あの、お座敷を掛けて下さいますと、どうでしょう、炬燵(こたつ)(あたた)めた襦袢(じゅばん)を着せて、東京のお客じゃそうなと、な、取って置きの着物を出して、よう勤めて帰れや言うて、御主人が手で、駒下駄まで出すんです。

 勤めるたって、どうしましょう……踊は立って歩行(ある)くことも出来ませんし、三味線は、それが姉さん、手を当てれば誰にだって、音のせぬ事はないけれど、弾いて聞かせとおっしゃるもの、どうして私唄えます。……

 不具(かたわ)でもないに(なさけ)ない。調子が自分で出来ません。何をどうして、お座敷へ置いて頂けようと思いますと、気が()けて気が怯けて、口も満足利けませんから、何が気に入らないで、失礼な顔をすると、お思い遊ばすのも無理はない、なあ。……

 このお家へは、お台所で、洗い物のお手伝をいたします。姉さん、え、姉さん。」

 と袖を(さす)って、一生懸命、うるんだ目許(めもと)を見得もなく、仰向(あおむ)けになって女中の顔。……色が見る見る(やわら)いで、突いて立った三味線の(さお)(たわ)みそうになった、と見ると、二人の客へ、向直った、ふっくりとある(あや)の帯の結目(むすびめ)で、なおその女中の(たもと)(おさ)えて。……

       十六

 お三重は、そして、(あらた)めて二箇(ふたり)の老人に手を()いた。

「芸者でお呼び遊ばした、と思いますと……お役に立たず、(きま)りが悪うございまして、お銚子(ちょうし)を持ちますにも手が震えてなりません。下婢(おさん)をお(そば)へお置き遊ばしたとお思いなさいまして、お休みになりますまでお使いなすって下さいまし。お背中を(たた)きましょう、な、どうぞな、お肩を()まして下さいまし。それなら一生懸命にきっと精を出します。」

 と惜気(おしげ)もなく、前髪を畳につくまで平伏(ひれふ)した。三指づきの折かがみが、こんな中でも、打上る。

 本を開いて、道中の絵をじろじろと黙って見ていた捻平が、重くるしい口を開けて、

「子孫末代よい意見じゃ、旅で芸者を呼ぶなぞは、のう、お互に以後謹もう……」と火箸に手を置く。

 所在なさそうに半眼で、正面(まとも)臨風榜可小楼(りんぷうぼうかしょうろう)を仰ぎながら、程を忘れた巻莨(まきたばこ)、この時、口許へ火を吸って、慌てて灰へ(ほう)って、弥次郎兵衛は一つ()せた。

「ええ、いや、女中、……追って祝儀はする。ここでと思うが、その()が気が(つま)ろうから、どこか小座敷へ休まして(みんな)で饂飩でも食べてくれ。私が(おご)る。で、何か面白い話をして遊ばして、やがて()い時分に帰すが可い。」と冷くなった猪口(ちょこ)を取って、寂しそうに()と飲んだ。

 女中は、これよりさき、()いて突立(つッた)ったその三味線を、次の()の暗い方へ(そっ)押遣(おしや)って、がっくりと筋が()えた風に、折重なるまで摺寄(すりよ)りながら、黙然(だんま)りで、(ともしび)の影に水のごとく打揺(うちゆら)ぐ、お三重の背中を(さす)っていた。

「島屋の亭が、そんな(ひど)い事をしおるかえ。可いわ、内の御隠居にそう言うて、沙汰をして上げよう。心安う思うておいで、ほんにまあ、よう和女(あんた)、顔へ(きず)もつけんの。」

 と、かよわい(かいな)撫下(なでお)ろす。

「ああ、それも売物じゃいうだけの斟酌(しんしゃく)に違いないな。……お客様に礼言いや。さ、そして、何かを話しがてら、御隠居の炬燵(こたつ)へおいで。切下髪(きりさげがみ)頭巾(ずきん)(かぶ)って、ちょうどな、羊羹(ようかん)切って、茶を食べてや。

 けども、」

 とお三重の、その清らかな襟許(えりもと)から、優しい鬢毛(びんのけ)差覗(さしのぞ)くように、右瞻左瞻(とみこうみ)て、

和女(あんた)、因果やな、ほんとに、三味線は弾けぬかい。ペンともシャンとも。」

 で、わざと慰めるように吻々(ほほ)と笑った。

 人の(なさけ)に溶けたと見える……氷る涙の玉を散らして、はっと泣いた声の下で、

「はい、願掛けをしましても、塩断ちまでしましたけれど、どうしても分りません、調子が一つ出来ません。性来(うまれつき)でござんしょう。」

 師走の闇夜(やみよ)白梅(しらうめ)の、(おもて)(ろう)に照らされる。

「踊もかい。」

「は……い、」

「泣くな、弱虫、さあ一つ飲まんか! 元気をつけて。向後どこへか呼ばれた時は、(おび)えるなよ。気の持ちようでどうにもなる。ジャカジャカと引鳴らせ、糸瓜(へちま)の皮で掻廻すだ。(こと)胡弓(こきゅう)も用はない。銅鑼鐃(どらにょうはち)を叩けさ。(しょう)の笛をピイと遣れ、上手下手は誰にも分らぬ。それなら芸なしとは言われまい。踊が出来ずば体操だ。一、」

 と左右へ、羽織の紐の()れるばかり大手を拡げ、寛濶(かんかつ)な胸を反らすと、

「二よ。」と、庄屋殿が鉄砲二つ、ぬいと前へ突出いて、励ますごとく呵々(からから)と弥次郎兵衛、

「これ、その位な事は出来よう。いや、それも度胸だな。見た処、そのように気が弱くては、いかな事も(やっ)つけられまい、可哀相に。」と声が(かす)れる。

「あの……私が、自分から、言います事は出来ません、お(はずか)しいのでございますが、舞の真似(まね)が少しばかり立てますの、それもただ一ツだけ。」

 と云う顔を俯向(うつむ)いて、恥かしそうにまた手を()く。

「舞えるかえ、舞えるのかえ。」

 と女中は嬉しそうな声をして、

「おお、踊や言うで明かんのじゃ。舞えるのなら立っておくれ。このお座敷、遠慮は()らん。待ちなはれ、地が要ろう。これ喜野、あすこの広間へ行ってな、内の千がそう言うたて、誰でも弾けるのを借りて来やよ。」

 とぽんとしていた小女の喜野が立とうとする、と、名告(なの)ったお千が、打傾いて、優しく口許をちょいと曲げて傾いて、

「待って、待って、」

       十七

「いつもと違う。……一度軍隊へ行きなさると、日曜でのうては出られぬ、……お国のためやで、()れぬ苦労もしなさんす。新兵さんの送別会や。女衆が大勢居ても、一人抜けてもお座敷が寂しくなるもの。

 可いわ、旅の恥は掻棄てを反対(あべこべ)なが、一泊りのお客さんの前、私が三味線を掻廻そう。お三重さん、立つのは何? 有るものか、無いものか言うも行過ぎた……有るものとて無いけれど、どうにか間に合わせたいものではある。」

「あら、姉さん。」

 と、三味線取りに立とうとした、お千の膝を、袖で(おさ)えて、ちとはなじろんだ、お三重の愛嬌(あいきょう)

「糸に合うなら踊ります。あのな、私のはな、お能の舞の真似なんです。」と、言いも果てず、お千の膝に顔を隠して、小父者(おじご)と捻平に背向(そがい)になった初々しさ。包ましやかな姿ながら、身を()む姿の着崩れして、袖を離れて畳に長い、襦袢の袖は(なまめ)かしい。

「何、その舞を舞うのかい。」と弥次郎兵衛は一言云う。

 捻平膝の本をばったり伏せて、

「さて、飲もう。手酌でよし。ここで舞なぞは願い下げじゃ。せめてお題目の太鼓にさっしゃい。ふあはははは、」となぜか皺枯(しわが)れた高笑い、この時ばかり天井に(どっ)と響いた。

「捻平さん、捻さん。」

「おお。」

 と不性(ぶしょう)げにやっと(こた)える。

「何も道中の話の種じゃ、ちょっと見物をしようと思うね。」

「まず、ご免じゃ。」

「さらば、其許(そのもと)は目を(ねむ)るだ。」

「ええ、縁起の悪い事を言わさる。……明日にも江戸へ帰って、可愛い孫娘の顔を見るまでは、死んでもなかなか目は(ねむ)らぬ。」

「さてさて(ねじ)るわ、ソレそこが捻平さね。勝手になされ。さあ、あの()立ったり、この爺様(じいさま)に遠慮は入らぬぞ。それ、何にも芸がないと云うて肩腰をさすろうと卑下をする。どんな真似でも一つ遣れば、立派な芸者の面目(めんぼく)が立つ。祝儀取るにも心持が()かろうから、是非見たい。が、しかし心のままにしなよ、決して(つとめ)を強いるじゃないぞ。」

「あんなに仰有(おっしゃ)って下さるもの。さあ、どんな事するのや知らんが、まずうても大事ない、大事ない、それ、支度は入らぬかい。」

「あい、」

 とわずかに身を起すと、紫の襟を()むように――ふっくりしたのが、あわれに(やつ)れた――(おとがい)深く、恥かしそうに、内懐(うちぶところ)(のぞ)いたが、膚身(はだみ)に着けたと思わるる、……胸やや白き衣紋(えもん)を透かして、濃い紫の細い包、袱紗(ふくさ)縮緬(ちりめん)飜然(ひらり)(かえ)ると、燭台に照って、(さっ)と輝く、銀の地の、ああ、白魚(しらうお)の指に重そうな、一本の舞扇。

 晃然(きらり)とあるのを押頂くよう、前髪を掛けて、扇をその、玉簪(ぎょくさん)のごとく額に当てたを、そのまま折目高にきりきりと、月の出汐(でしお)の波の影、(しずか)照々(てらてら)と開くとともに、顔を隠して、反らした指のみ、両方親骨にちらりと白い。

 また川口の汐加減(しおかげん)、隣の広間の人動揺(ひとどよ)めきが颯と退()く。

 と見れば皎然(こうぜん)たる銀の地に、黄金の雲を散らして、紺青(こんじょう)の月、ただ一輪を描いたる、扇の影に声澄みて、

「――その時あま人申様(もうすよう)、もしこのたまを取得たらば、この御子(みこ)を世継の御位(みくらい)になしたまえと(もうし)しかば、子細(しさい)あらじと領承したもう、さて我子ゆえに捨ん命、露ほども(おし)からじと、千尋(ちひろ)のなわを腰につけ、もしこの玉をとり得たらば、このなわを動かすべし、その時人々ちからをそえ――」

 と調子が(しま)って、

「……ひきあげたまえと約束し、(ひとつ)の利剣を抜持って、」

 と扇をきりりと袖を直す、と手練(てだれ)ぞ見ゆる、(おのず)から、衣紋の位に年()けて、瞳を定めたその(かんばせ)硝子(がらす)戸越に月さして、霜の川浪照添(てりそ)(おもかげ)。膝立据(たてす)えた畳にも、燭台(しょくだい)の花颯と流るる。

「ああ、待てい。」

 と捻平、力の(こも)った声を掛けた。

       十八

 で、火鉢をずっと(そば)へ引いて、

「女中、もちっとこれへ火をおくれ。いや、立つに及ばん。その、鉄瓶をはずせば()し。」と捻平がいいつける。

 この場合なり、何となく、お千も起居(たちい)身体(からだ)(しま)った。

 (しずか)に炭火を移させながら、捻平は膝をずらすと、革鞄(かばん)などは次の()へ……それだけ床の間に差置いた……車の上でも(うなじ)に掛けた風呂敷包を、重いもののように両手で(やわら)かに取って、膝の上へ据えながら、お千の顔を()けて、火鉢の上へ片手を裏表かざしつつ、

「ああ、これ、お三重さんとか言うの、そのお()、手を上げられい。さ、手を上げて、」

 と言う。……お三重は利剣で立とうとしたのを、(あわただ)しく捻平に留められたので、この時まで、差開いたその舞扇が、唇の花に霞むまで、俯向(うつむ)いた顔をひたと額につけて、片手を畳に()いていた。こう捻平に声懸けられて、わずかに顔を振上げながら、きりきりと一まず閉じると、その扇を畳むに連れて、今まで、(かっ)と瞳を張って見据えていた(まなこ)を、次第に(ふさ)いだ弥次郎兵衛は、ものも言わず、火鉢のふちに、ぶるぶると震う指を、と支えた(なり)の、巻莨(まきたばこ)から、音もしないで、ほろほろと灰がこぼれる。

 捻平座蒲団(さぶとん)一膝(ひとひざ)出て、

「いや、(あらた)めて、(とく)と、見せてもらおうじゃが、まずこっちへ寄らしゃれ。ええ、今の(うたい)の、気組みと、その(かた)。教えも教えた、さて、習いも習うたの。

 こうまでこれを教うるものは、四国の(はて)にも(ほか)にはあるまい。あらかた人は分ったが、それとなく音信(たより)も聞きたい。の、其許(そこ)も黙って聞かっしゃい。」

 と弥次が(かた)に、捻平目遣(めづか)いを一つして、

「まず、どうして、誰から、御身(おみ)は習うたの。」

「はい、」

 と弱々と返事した。お三重はもう、他愛(たわい)なく娘になって、ほろりとして、

「あの、前刻(さっき)も申しましたように、不器用も通越した、調子はずれ、その上覚えが悪うござんして、長唄の宵や待ちの三味線(さみせん)のテンもツンも分りません。この間まで()りました、山田の新町の姉さんが、朝と昼と、手隙(てすき)な時は晩方も、日に三度ずつも、あの()んで含めて、胸を割って刻込むように教えて下すったんでございますけれど、自分でも悲しい。……暁の、とだけ十日かかって、やっと真似だけ弾けますと、夢になってもう手が違い、心では思いながら、三の手が一へ(すべ)って、とぼけたような()がします。

 (ばち)咽喉(のど)を引裂かれ、煙管(きせる)で胸を打たれたのも、糸を切った数より多い。

 それも何も、邪険でするのではないのです。……私が、な、まだその前に、鳥羽(とば)(くるわ)に居ました時、……」

「ああ、お前さんは、鳥羽のものかい、志摩だな。」

 と弥次郎兵衛がフト聞入れた。

「いえ、私はな、やっぱりお伊勢なんですけれど、(おとっ)さんが()くなりましてから、継母(ままはは)に売られて行きましたの。はじめに聞いた奉公とは嘘のように違います。――お客の言うことを聞かぬ言うて、(おか)で悪くば海で稼げって、(がけ)の下の船着(ふなつき)から、夜になると、男衆に(つかま)えられて、小船に積まれて海へ出て、月があっても、島の蔭の暗い処を、危いなあ、ひやひやする、木の葉のように浮いて歩行(ある)いて、(しん)とした海の上で……悲しい唄を唄います。そしてお客の取れぬ時は、船頭衆の胸に響いて、女が恋しゅうなる禁厭(まじない)じゃ、お茶挽(ちゃひ)いた罰、と云って、船から海へ、びしゃびしゃと追下ろして、(しお)の干た(いわ)へ上げて、巌の裂目へ俯向(うつむ)けに口をつけさして、(こいし、こいし。)と呼ばせます。若い衆は(へさき)に待ってて、声が切れると、栄螺(さざえ)の殻をぴしぴしと打着(ぶッつ)けますの。汐風が濡れて吹く、夏の夜でも寒いもの。……私のそれは、師走から、寒の(うち)で、八百八島(やしま)あると言う、どの島も皆白い。霜風が凍りついた、巌の角は針のような、あの、その上で、(こいし、こいし。)って、唇の、しびれるばかり泣いている。咽喉(のど)は裂け、舌は凍って、(しお)を浴びた(すそ)から冷え通って、正体がなくなる処を、貝殻で引掻(ひっか)かれて、やっと船で正気が付くのは、(あかり)もない、何の船やら、あの、まあ、鬼の()いた棒見るような帆柱の下から、皮の(こわ)(おおき)な手が出て、引掴(ひッつか)んで抱込みます。

 空には(あお)い星ばかり、海の水は皆黒い。(やみ)の夜の血の池に落ちたようで、ああ、生きているか……千鳥も鳴く、私も泣く。……お恥かしゅうござんす。」

 と(かざ)す扇の利剣に添えて、水のような袖をあて、顔を隠したその風情。人は声なくして、ただ、ちりちりと、蝋燭(ろうそく)(なんだ)白く散る。

 この物語を聞く人々、いかに日和山の頂より、志摩の島々、海の(なぎ)、霞の池に鶴の舞う、あの、麗朗(うららか)なる景色を見たるか。

       十九

「泣いてばかりいますから、気の荒いお船頭が、こんな泣虫を買うほどなら、伊良子崎の海鼠(なまこ)蒲団(ふとん)で、弥島(やしま)烏賊(いか)を遊ぶって、どの船からも投出される。

 また、あの(いわ)に追上げられて、霜風の間々(あいあい)に、(こいし、こいし。)と泣くのでござんす。

 手足は凍って貝になっても、(こいし)と泣くのが本望な。巌の裂目を沖へ通って、海の(はて)まで響いて欲しい。もう船も()ね、潮も来い。……そのままで石になってしまいたいと思うほど、お客様、私は、あの、」

 と乱れた襦袢の袖を(くわ)えた、水紅色(ときいろ)映る(まぶた)のあたり、ほんのりと薄くして、

「心でばかり長い事、思っておりまする人があって。……芸も容色(きりょう)もないものが、生意気を云うようですが、……たとい殺されても、死んでもと、心願掛けておりました。

 ある晩も、やっぱり(あお)い灯の船に買われて、その船頭衆の言う事を()かなかったので、こっちの船へ突返されると、(とも)の処に行火(あんか)(また)いで、どぶろくを飲んでいた、私を送りの若い(しゅ)がな、玉代(ぎょくだい)だけ損をしやはれ、此方衆(こなたしゅう)の見る前で、この女を、海士(あま)にして慰もうと、月の良い晩でした。

 胴の間で着物を脱がして、(はだ)の紐へなわを付けて、(さかさま)に海の深みへ沈めます。ずんずんずんと沈んでな、もう奈落かと思う時、釣瓶(つるべ)のようにきりきりと、身体(からだ)を車に引上げて、髪の(しずく)も切らせずに、また海へ突込(つッこ)みました。

 この時な、その(かか)り船に、長崎辺の伯父が一人乗込んでいると云うて、お小遣(こづかい)の無心に来て、泊込んでおりました、二見から鳥羽がよいの馬車に、馭者(ぎょしゃ)をします、寒中、襯衣(しゃつ)一枚に袴服(ずぼん)穿()いた若い人が、私のそんなにされるのが、あんまり可哀相な、とそう云うて、伊勢へ帰って、その話をしましたので、今、あの申しました。……

 この間までおりました、古市の新地(しんまち)の姉さんが、随分なお金子(かね)を出して、私を連れ出してくれましたの。

 それでな、鳥羽の鬼へも面当(つらあて)に、芸をよく覚えて、立派な芸子になれやッて、姉さんが、そうやって、目に涙を一杯ためて、ぴしぴし(ばち)()ちながら、三味線を教えてくれるんですが、どうした因果か、ちっとも覚えられません。

 人さしと、中指と、ちょっとの間を、一日に三度ずつ、一週間も鳴らしますから、近所隣も迷惑して、御飯もまずいと言うのですえ。

 また月の良い晩でした。ああ、今の御主人が、親切なだけなお辛い。……何の、身体(からだ)の切ない、苦しいだけは、生命(いのち)が絶えればそれで済む。いっそまた鳥羽へ行って、あの(いわ)(つか)まって、(こいし、こいし、)と泣こうか知らぬ、膚の紐になわつけて、海へ入れられるが気安いような、と島も海も目に見えて、ふらふらと月の中を、千鳥が、冥土(めいど)の使いに来て、連れて行かれそうに思いました。……格子(さき)へ流しが来ました。

 新町の月影に、露の垂りそうな、あの、ちらちら光る撥音(ばちおと)で、

……博多帯しめ、筑前絞り――

 と、何とも言えぬ()い声で。

(へい、不調法、お(やかま)しゅう、)って、そのまま()きそうにしたのです。

(ああ、身震(みぶるい)がするほど上手(うま)い、あやかるように拝んで来な、それ、お賽銭(さいせん)をあげる気で。)

 と滝縞(たきじま)(めし)半纏(はんてん)着て、灰に袖のつくほどに、しんみり聞いてやった姉さんが、長火鉢の抽斗(ひきだし)からお宝を出して、キイと、あの繻子(しゅす)が鳴る、帯へ(はさ)んだ懐紙に(ひね)って、私に持たせなすったのを、盆に乗せて、戸を開けると、もう一二(けん)行きなさいます。二人の間にある月をな、影で(つな)いで、ちゃっと行って、

是喃(こいし)。)と呼んで、出した盆を、振向いてお取りでした。私や、思わずその手に(すが)って、涙がひとりでに出ましたえ。男で居ながら、こんなにも上手な方があるものを、()めてその指一本でも、私の身体(からだ)についたらばと、つい、おろおろと泣いたのです。

 頬被(ほおかむり)をしていなすった。あのその、私の手を取ったまま――黙って、少し脇の方へ退()いた処で、(何を泣く、)って優しい声で、その門附が聞いてくれます。もう恥も何も忘れてな、その、あの、どうしても三味線の覚えられぬ事を話しました。」

       二十

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