紫陽花

1話

998字 約2分 2002年5月20日 公開

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 色青く光ある蛇、おびたゞしく棲めればとて、里人は近よらず。(その)野社(のやしろ)は、片眼の盲ひたる翁ありて、昔より斉眉(かしず)けり。

 (その)片眼を失ひし時一たび見たりと言ふ、几帳の蔭に黒髪のたけなりし、それぞ神なるべき。

 ちかきころ水無月中旬、二十日余り照り続きたる、けふ日ざかりの、鼓子花(ひるがお)さへ草いきれに色褪せて、砂も、石も、きら/\と光を帯びて、松の老木(おいき)の梢より、糸を乱せる如き薄き煙の立ちのぼるは、木精(こだま)とか言ふものならむ。おぼろ/\と霞むまで、暑き日の静さは夜半にも増して、眼もあてられざる野の細道を、十歳(とお)ばかりの美少年の、尻を端折(はしよ)り、竹の子笠被りたるが、跣足(はだし)にて、

「氷や、氷や。」

 と呼びもて来つ。其より市に行かんとするなり。氷は筵包(むしろづつみ)にして天秤に釣したる、其片端には、手ごろの石を藁縄(わらなわ)もて結びかけしが、重きもの荷ひたる、力なき身体のよろめく毎に、石は、ふらゝこの如くはずみて揺れつ。

 とかうして、此の社の前に来りし時、太き息つきて立停りぬ。

 笠は目深(まぶか)に被りたれど、日の光は遮らで、白き(うなじ)も赤らみたる、(かれ)はいかに暑かりけむ。

 蚯蚓(みみず)(むくろ)の干乾びて、色黒く成りたるが、なかばなま/\しく、心ばかり(うごめ)くに、赤き蟻の群りて湧くが如く働くのみ、葉末の揺るゝ風もあらで、平たき焼石の上に何とか言ふ、尾の(さき)の少し黒き蜻蛉(とんぼ)の、ひたと居て動きもせざりき。

 かゝる時、社の裏の木蔭より婦人(おんな)二人出で来れり。一人は涼傘(ひがさ)畳み持ちて、細き手に杖としたる、いま一人は、それよりも年(わか)きが、伸上るやうにして、背後より傘さしかけつ。腰元なるべし。

 丈高き貴女のつむりは、傘のうらに支ふるばかり、青き絹の裏、眉のあたりに影をこめて、くらく光るものあり、黒髪にきらめきぬ。

 怪しと美少年の見返る時、()の貴女、腰元を顧みしが、やがて此方(こなた)に向ひて、

「あの、少しばかり。」

 暑さと疲労(つかれ)とに、少年はものも言ひあへず、(わずか)に頷きて、筵を解きて、笹の葉の濡れたるをざわ/\と掻分けつ。

 雫落ちて、雪の塊は氷室より切出したるまゝ、未だ角も失せざりき。其一角をば、鋸もて切取りて、いざとて振向く。(まつげ)に額の汗つたひたるに、手の(ふさ)がりたれば、拭ひもあへで眼を塞ぎつ。貴女の手に捧げたる雪の色は真黒なりき。

「この雪は、()うしたの。」

 美少年はものをも言はで、直ちに鋸の刃を返して、さら/\と削り落すに、粉はばら/\とあたりに散り、ぢ、ぢ、と蝉の鳴きやむ音して、焼砂に煮え込みたり。

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