木曽道中記

4話 木曽道中記(4)

2,486字 約5分 2019年6月20日 公開

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中津川の宿(しゆく)(たゝ)んとするに左の足痛みて一歩も引きがたしコハ口惜(くちをし)と我手に(もみ)(さす)りつして漸やく五六町は我慢したれど(つひ)(こら)へきれずして車乘詰(のりづめ)の貴族旅となりぬ雨は上りたれど昨日(きのふ)一昨日(をとゝひ)も降り續きたる泥濘(ぬかるみ)に車の輪を沒する程の所あり何卒(なにとぞ)小山の上を少しの間歩き玉ひてと車夫の乞ふに心得たりと下りては見たれどなまじ車に足を(すく)めたる爲め痛み強くわづかに蝙蝠傘(かうもりがさ)を力に右の足のみにて飛び/\に歩く苦しさ(いは)ん方なし小松交りの躑躅(つゝぢ)の花の美しきも目には()らず十間歩くを一里とも二里とも思ひなせど痛き顏をしては梅花道人の案じ玉ふが氣の毒なればわざと顏の皺を伸ばし洒落など(いは)んとすれど滿足に出るは稀なれば今日は大層洒落が苦しいネと云るゝ辛さ笑ふさへ足に響く心地す大井を過ぎて新街道大釜戸(おほかまど)といふより御嶽(みたけ)へ出づ元は大井より大久手(おほくて)細久手(ほそくて)を經て御嶽(みたけ)(いで)しなれど高からねど山阪多きゆゑ釜戸(かまど)(かた)を街道となせしなりと如何(いか)ばかりの事かあらん見渡すかぎり木曾に馴れし眼には丘といふぐらゐの山のみ道をかゆる程の必要あらんやと口には云しが此足に山阪は恐れる運よく此街道をる事よと腹には思ひたりうとふ阪の下り口を例の通り(おろ)されて澁々歩くと跡先になりて二十六七の羽織着たる男(しき)りに二人の姿を眺めしが(やが)て道人の前へ一揖(いついふ)して失禮ながら其の革提(かばん)は東京で何程ぐらゐ致しますと問かけしが其の樣子アヽ欲しやこれを()げなば定めて村人の驚き羨まんにと思ふ氣色(けしき)なりまた(やが)て我に近づき先ほど見上げましたが珍しい蝙蝠傘(かうもりがさ)(はぢ)きがなしでよく左樣に開閉(ひろげすぼめ)が出來ます(さぞ)高い品でござりませうと是も亦片手に握りて見たき顏の色に我はヱヘンとして斯樣(かやう)な物は東京に住む者が流行(はやり)に逐はれて馬鹿の看板に致すなり地方の人は鰐皮の革提(かばん)の代りに布袋を提げパテンの蝙蝠(かうもり)を《かざ》さずして竹の子笠を()る誠に清くして安樂の生涯羨ましき限りなり衣服調度の美を競ふは必竟(ひつきやう)自分の心を慰むる爲ならず人に羨まれん感服されんといふ爲なり其爲に心を苦ますること幾許(いくばく)か知れず惡事も此念より芽を(いだ)し壽命も是より縮まるなり此の江戸風が地方に流れ込むは昨年の洪水より怖しきものと思ひ玉へと云へば(きも)の潰れた顏をして足早に行過しも可笑(をか)御嶽(みたけ)宿(しゆく)にて晝食(ちうじき)す此に可兒寺(かにでら)また鬼の首塚などありと聞けど足痛ければ素通りと(きめ)て車を走らす是より山の頂の大岩道を行く下されること數度なり左右の松山にヂイ/\と濁りし聲に啼く虫あり何ぞと聞ば松虫と答ふ山に掛れば數万本の松皆赤枯れて火に燒けたる如し又問へば松虫が皆な喰ひ枯せしなりといふ松に此虫が()けば滿山枯し盡さねば(やま)ず其形は毛虫の如くにて憎むべきものなりと云ふ嗚呼(あゝ)松に生じ松によりて育ちながら新芽を喰ひ盡して其松をあはれに枯し却つて其身はヂイ/\と濁聲(だみごゑ)を放つて得意を鳴らす其名を聞けばおとなしやかに松虫といふ汝に似たる人間もまた世になきには非ざりけり數百万本の松の芽を(いたづ)らに喰ひ盡しむしり取り名は美しく毛だらけにてヂイ/\と濁聲(だみごゑ)に得意を鳴らすもの嗚呼なきにはあらざりけり枯るゝ松こそ哀なれ

第二十囘

中納言行平卿(ゆきひらきやう)の墓ありといふ少し縁續きなれど參らず伏見を經て太田川にかゝる大河なり木曾の棧橋(かけはし)太田の渡りと古く謠ひて中山道中やかましき所なり河を越して太田に泊る宿狹けれど給仕の娘摺足(すりあし)にて(ちや)つた待遇(もてなし)なり翌日雨降れど昨日(きのふ)の車夫を雇ひ置きたれば車爭ひなくして無事に出立す母衣(ほろ)を掛くれば四方の景色見えず掛けねば濡れるといふ難あり着物や荷物は濡てもまた乾かすべし景色は再び會ひがたからんと决着していかに濡るゝも母衣(ほろ)をかけず道は平坦(たひら)繩手(なわて)にてしかも下り目ゆゑ雨に拘はらずよく走る此邊は官林の松林あり()の松虫に喰枯されて何百万本か新たに小松を植付け虫取役を付け置かるゝとぞ同じ虫でも(かひこ)の如く人に益し國を(とま)すあれば()く樹を枯して損を與たふるものあり()に世はさま/″\なりと獨り歎じて前面(むかふ)を見れば徃來は道惡き爲めに避けてか車の行くを先に()けてか林の(わき)草原(くさはら)を濡れつゝ(きた)母子(おやこ)あり(をや)は三十四五ならんが貧苦に(やつ)れて四十餘にも見ゆるが脊に三歳(みつ)ばかりの子を負ひたり(うしろ)に歩むは六歳(むつ)ばかりの女の子にて下駄を履きたり母は(ふち)のほつれし竹の子笠を(かぶ)りたるが何故にや(おとがひ)の濡るゝまで仰向きたり思へばこれ(せな)の子を濡らさじと小さき笠を(うしろ)(おほ)ふ爲なりしまだ其下にも(あと)の子を入れんとにや(うしろ)さまに右の手を(いだ)して娘子(むすめ)の手を引かんとすれど子供はスネてか又は脊に負はれし(おとゝ)を羨みてや兩手を胸に縮めて寒げにかぢけ行くのみ(なく)(こゑ)はなし涙は雨に洗はれしなるべし此の母の心は如何ならん夫は死せしか(やみ)て破屋の中に臥すか(いづれ)に行かんとし又何をなさんとするや胸に飮む熱き涙に雨を冷たしとは思ふまじしかも此日は風寒く重ね着しても身の震ふに(つゞれ)單衣(ひとへ)(すそ)短かく濡れたるまゝを絞りもせず其身はまだも(こら)ゆべし二人の子供を何とせん憐れにも亦いぢらしき有樣よと思ふうち母子(おやこ)の歩みは遲けれど驅ける車の早ければ見顧(みかへり)ても見えずなりぬ此母子(このおやこ)境界(きやうがい)はいかならん影の如く是に伴ひて見たしまた成し(とげ)らるゝものならば力をも添へてやりたし嗚呼此の脊に負はるゝ子(あと)より歩む娘今より十年の後はいかになりて在るや二十年の後は何となるべきや人生れて貧賤なればとて生涯それにて(はつ)るにあらず《まは》り合せさへよくば富貴(ふうき)の者となりて雨に戀しきみのゝ國に昔し苦みし事を笑ふて語る時あらんも知れずよし貧賤に終るとて此の母子(おやこ)の慈愛ありなまじ富貴にして却つて財物(ざいもつ)を爭ひ兄弟親子(しんし)疎遠になり(かたき)同士と摺れ合ふよりは幸福なりなど思ひつゞくるうち鵜沼(うぬま)も過ぎて加納(かなふ)に着きしが此間(このあひだ)の景色川あり山あり觀音坂といふ邊など誠に面白き所なりし岐阜の停車塲(ステーシヨン)の手前の料理店に()りて晝を(したゝ)め是より我は足の痛み強ければ一人東京へ歸らんと云ひ梅花道人は太華氏露伴氏の跡を追ふて西京に赴むくといふ(つひ)(こゝ)にて別杯を酌みかはし

左らばとて分つ袂に桐の雨

幸ひに西も東も午後一時何分とか時間に(たが)ひ少なきゆゑ共に停車塲(ステーシヨン)に入り道人は西我は東煙は同じ空に(なび)けど車は走る道を異にして我は其夜靜岡に泊り待つと告來し大坂の友には今年の秋と(ちぎ)り翌日また車にて根岸の古巣へ飛び歸りぬ

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