O君の新秋

1話 O君の新秋

1,687字 約3分 2007年7月13日 公開

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 僕は(ひざ)(かか)へながら、洋画家のO君と話してゐた。赤シヤツを着たO君は(たたみ)の上に腹這(はらば)ひになり、のべつにバツトをふかしてゐた。その又O君の(かたは)らには妙にものものしい義足が一つ、白足袋(たび)の足を仰向(あふむ)かせてゐた。

「まだ残暑と云ふ感じだね。」

 O君は返事をする前にちよつと(まゆ)をひそめるやうにし、縁先(えんさき)紫苑(しをん)へ目をやつた。何本かの紫苑はいつの()にか(こま)かい花を(むらが)らせたまま、そよりともせずに日を受けてゐた。

「おや、こいつはもう咲いてゐらあ。この………(なん)と云つたつけ、団扇(うちは)の画の中にゐる花の野郎(やらう)は。」

     ×

 海の音の聞えない、空気の澄んだ日の暮だつた。僕はやはりO君と一しよに広い砂の道を散歩してゐた。すると向うからお嬢さんが一人(ひとり)()(がき)に沿うて歩いて来た。白地の(かすり)に赤い帯をしめた、可也(かなり)(せい)の高いお嬢さんだつた。

「あ、あのお嬢さんは気の毒だなあ。長い脚を持て(あつか)つてゐる。」

 実際その又お嬢さんの態度はO君の言葉にそつくりだつた。

     ×

 O君は(つゑ)小脇(こわき)にしたまま、或大きい別荘の裏のコンクリイトの塀に立ち小便をしてゐた。そこへ近眼鏡(きんがんきやう)か何かかけた巡査(じゆんさ)一人(ひとり)通りかかつた。巡査は勿論(とが)めたかつたと見え、白扇(はくせん)でO君を指さすやうにした。

「これです。これです。」

 O君は多少(ども)りながら、杖で二三度右の脚を打つた。右の脚は義足だつたから、かんかん云つたのに違ひなかつた。

「僕の(うち)はそこなんですが、……」

 巡査はにやにや笑つたぎり、何も言はずに通りすぎてしまつた。

     ×

 家々の屋根や松の(こずゑ)に西日の残つてゐる夕がただつた。僕はキヤンデイイ・ストアアの前に偶然O君と顔を合せた。O君は久しぶりに和服に着換へ、松葉杖をついて来たのだつた。

「けふは松葉杖だね。」

 O君は白い歯を見せて笑つた。

「ああ、けふはオオル((かい))にしたよ。」

     ×

 僕はO君の(うち)へ遊びに()き、四畳半の電燈の下にいろいろのことを話し合つた。が、大抵(たいてい)は神経とかテレパシイとかの話だつた。Uと云ふ僕の友だちの一人(ひとり)はコツプに水を入れて枕もとへ置き、(しばら)くたつてそのコツプを見ると、いつか水が半分になつてゐる、或晩などはうとうとしてゐると、いきなり顔へ水がかかつた。しかし驚いて飛び起きて見ると、コツプだけは倒れずにちやんとしてゐる、――そんな話も出たものだつた。

 それから僕等は散歩かたがた、町まで買ひものに出かけることにした。するとO君はいつもに似合(にあ)はず、肘掛(ひぢか)け窓の戸などをしめはじめた。のみならず僕にかう言つて笑つた。

「この窓に(あか)りがさしてゐるとね、どうもそとから帰つて来た時に誰か一人(ひとり)ここに坐つて、湯でものんでゐさうな気がするからね。」

 O君は勿論(もちろん)この家に自炊生活(じすゐせいくわつ)をしてゐるのである。

     ×

 O君はけふも不相変(あひかはらず)赤シヤツに黒いチヨツキを着たまま、午前十一時の裏庇(うらびさし)の下に七輪(しちりん)の火を起してゐた。焚きつけは枯れ松葉や松蓋(まつかさ)だつた。僕は裏木戸(うらきど)へ顔を出しながら、「どうだね? (めし)()けるかね?」と言つた。が、O君はふり返ると、僕の問には答へずにあたりの松の木へ(あご)をやつた。

「かうやつて飯を()いてゐるとね、松は皆焚きつけの木――だよ。」

     ×

 パナマ帽をかぶつたO君は小高い砂丘に腰をおろし、せつせとブラツシユを動かしてゐた。柱だけの白いバンガロオが一軒、若い松の群立(むらだ)つた中にひつそりと鎧戸(よろひど)(おろ)してゐる。――それを写生してゐるのだつた。松は僕等の居まはりにも二三尺の高さに伸びたまま、さすがに秋らしい風の中に青い松かさを実のらせてゐた。

「松ぼつくりと云ふものはこんな松にもなるものなんだね。」

 O君はブラツシユを動かしながら、僕の方へ向かずに返事をした。

「女の子が妊娠(にんしん)したと云ふ感じだなあ。」

     ×

 O君は本職の仕事の(あひだ)にせつせと発句(ほつく)を作つてゐる。ちよつとO君を写生した次手(ついで)にそれ等の発句もつけ加へるとすれば――

らん(ちく)(はさみ)入れたる曇り(かな)

夜具綿(やぐわた)糸瓜(へちま)の棚に()しもせよ

わくら葉は(てふ)となりけり糸すすき

うすら日を糸瓜(へちま)かはむけ井戸端に

ひときはにあをきは草の松林

大つぶもまじへて栗のはしり(かな)

鳳仙花(ほうせんくわ)(たね)をわりてぞもずのこゑ

(十五・十・十一鵠沼(くげぬま)

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