しるこ

1話 しるこ

804字 約2分 2003年7月24日 公開

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 久保田万太郎君(くぼたまんたらうくん)の「しるこ」のことを()いてゐるのを()(ぼく)(また)「しるこ」のことを()いて()たい欲望(よくぼう)(かん)じた。震災(しんさい)以來(いらい)東京(とうきやう)梅園(うめぞの)松村(まつむら)以外(いぐわい)には「しるこ」()らしい「しるこ」()(あと)()つてしまつた。その(かは)りにどこもカツフエだらけである。僕等(ぼくら)はもう廣小路(ひろこうぢ)の「常盤(ときわ)」にあの(わん)になみなみと()つた「おきな」を(あぢは)ふことは出來(でき)ない。これは僕等(ぼくら)下戸仲間(げこなかま)(ため)には(すくな)からぬ損失(そんしつ)である。のみならず僕等(ぼくら)東京(とうきやう)(ため)にもやはり(すくな)からぬ損失(そんしつ)である。

 それも「常盤(ときわ)」の「しるこ」に匹敵(ひつてき)するほどの珈琲(コーヒー)()ませるカツフエでもあれば、まだ僕等(ぼくら)仕合(しあは)せであらう。が、かう()珈琲(コーヒー)()むことも現在(げんざい)ではちよつと不可能(ふかのう)である。(ぼく)はその(ため)にも「しるこ」()のないことを(なさ)けないことの一つに(かぞ)へざるを()ない。

「しるこ」は西洋料理(せいやうりやうり)支那料理(しなりやうり)と一しよに東京(とうきやう)の「しるこ」を(だい)一としてゐる。((あるひ)は「してゐた」と()はなければならぬ。)しかもまだ紅毛人(こうもうじん)たちは「しるこ」の(あぢ)()つてゐない。()し一()()つたとすれば、「しるこ」も(また)(あるひ)麻雀戲(マージヤン)のやうに世界(せかい)風靡(ふうび)しないとも(かぎ)らないのである。帝國(ていこく)ホテルや精養軒(せいやうけん)のマネエヂヤア諸君(しよくん)(なに)かの機會(きくわい)紅毛人(こうもうじん)たちにも一(わん)の「しるこ」をすすめて()るが()い。彼等(かれら)(てん)ぷらを(あい)するやうに「しるこ」をも(かなら)ず――(あい)するかどうかは多少(たしよう)疑問(ぎもん)はあるにもせよ、()(かく)(おう)はすすめて()價値(かち)のあることだけは(たし)かであらう。

 (ぼく)(いま)もペンを()つたまま、はるかにニユウヨオクの(ある)クラブに紅毛人(こうもうじん)男女(だんぢよ)が七八(にん)、一(わん)の「しるこ」を(すゝ)りながら、チヤアリ、チヤプリンの離婚問題(りこんもんだい)(なん)かを(はな)してゐる光景(くわうけい)想像(さうぞう)してゐる。それから(また)パリの(ある)カツフエにやはり紅毛人(こうもうじん)畫家(ぐわか)一人(ひとり)、一(わん)の「しるこ」を(すゝ)りながら、――こんな想像(さうぞう)をすることは閑人(かんじん)仕事(しごと)相違(さうゐ)ない。しかしあの(たくま)しいムツソリニも一(わん)の「しるこ」を(すゝ)りながら、天下(てんか)大勢(たいせい)(かんが)へてゐるのは()(かく)想像(さうぞう)するだけでも愉快(ゆくわい)であらう。

(二、五、七)

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