1話

649字 約1分 2007年7月10日 公開

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 (ゑんじゆ)と云ふ樹の名前を覚えたのは「石の枕」と云ふ一中節(いつちうぶし)浄瑠璃(じやうるり)を聞いた時だつたであらう。僕は勿論一中節などを稽古するほど通人(つうじん)ではない。唯親父(おやぢ)だのお袋だのの稽古してゐるのを聞き覚えたのである。その文句(もんく)(なん)でも観世音菩薩(くわんぜおんぼさつ)の「庭に(とし)()(ゑんじゆ)(こずゑ)」に現れるとか(なん)とか云ふのだつた。

「石の枕」は(ひと)()(ばあ)さんが石の枕に旅人を寝かせ、路用(ろよう)の金を奪ふ為に上から綱に()つた大石(おほいし)を落して旅人の命を奪つてゐる、そこへ美しい稚児(ちご)一人(ひとり)一夜(いちや)の宿りを求めに来る。婆さんはこの稚児(ちご)も石の枕に寝かせ、やはり殺して金をとらうとする。すると婆さんの真名娘(まなむすめ)(ひそ)かにこの稚児に想ひを寄せ、稚児の身代りになつて死んでしまふ、それから稚児は観世音菩薩(くわんぜおんぼさつ)と現れ、婆さんに因果応報(いんぐわおうはう)を教へる、この婆さんの身を投げて死んだ池は(いま)だに浅草寺(せんさうじ)境内(けいだい)に「(うば)の池」となつて残つてゐる、――大体かう云ふ浄瑠璃(じやうるり)である。僕は少時(せうじ)国芳(くによし)浮世絵(うきよゑ)にこの話の書いたのを見てゐたから、「吉原八景(よしはらはつけい)」だの「黒髪」だのよりも「石の枕」に興味を感じてゐた。それからその又国芳の浮世絵は観世音菩薩の衣紋(えもん)などに西洋画風の描法(べうほふ)を応用してゐたのも覚えてゐる。

 僕はその()(ゑんじゆ)の若木を見、そのどこか図案的な枝葉(えだは)如何(いか)にも観世音菩薩(くわんぜおんぼさつ)の出現などにふさはしいと思つたものである。が、四五年(まへ)北京(ペキン)に遊び、のべつに(ゑんじゆ)ばかり見ることになつたら、いつか詩趣とも云ふべきものを感じないやうになつてしまつた。唯青い槐の実の(さや)だけは(いま)だに風流だと思つてゐる。

     北京(ペキン)

灰捨つる路は(ゑんじゆ)(さや)ばかり

(大正十五年十月)

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