9話 地球要塞(9)
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オルガ姫の解読はつづく。
「――故に、わが日本は、急ぎ金星に対して、防禦手段を講ずるの必要に迫られたるものにして、強烈なる磁力と、混迷せる電波とをもって巧みなる空間迷彩を施し、その迷彩下において、極秘の要塞化をなしたるものにして、今やわが日本は、空中より見るも、その所在を明らかにせず、また水中よりうかがうも、その地形を察知すること能わず、もし強いて四次元振動をもって、ベトンに穿孔せんとすれば、侵入者は反って激烈なる反撥をうけ、遂には侵入者の身体は自爆粉砕すべし。かくして、今や日本は、金星超人の襲来を恐れず、日本要塞は完成したるなり」
「ふうん、そうだったか。日本全体が、一つの要塞となったわけだな。オルガ姫、それからどうした?」
「――さりながら、黒馬博士に対して、余、鬼塚元帥は、そぞろ同情を禁じ得ざるものなり。以上述べたるところにより明らかなる如く、日本要塞は、外部より何者といえども、絶対に侵入するを許さざる建前により、戒厳令中は、たとえ黒馬博士なりとも、ベトンを越えて日本要塞内に入ることを許されず。すなわち、黒馬博士は、戒厳令中、日本要塞より締め出されたる状態にあり、乞う諒解せよ」
「なんだ、私は、祖国日本から、締め出しをくったのか。こいつは、けしからん」
オルガ姫は、先を読みつづける。
「――されど黒馬博士よ。貴下の勲功は偉大なり、貴下は、救国の勇士なり」
「えっ、私が救国の勇士だというか」
「――貴下は、或いはクロクロ島を操縦し、或いはまた三角暗礁に赴き、或いは魚雷型潜水艇を駆って東西の大洋を疾駆し、そのあいだ、巧みに金星超人X大使を牽制し、X大使の注意を建設進行中わが日本要塞の方に向けしめざりし殊勲は、けだし測り知るべからざる程大なり。もし貴下がX大使を牽制せざれば、X大使は、必ずわが本土に近づきたるべし。わが本土に近づけば、未完成のベトンを浸透して、国内に侵入し、わが要塞建設を察知すべく、よって直ちに金星へ通信し、金星大軍は、時を移さず、わが本土内に攻め入り、ひいては地球の大敗北を誘致するに到りたるものと想像し得らるるなり。黒馬博士の殊勲に対し、余鬼塚元帥は、深甚なる謝意と敬意とを捧ぐるものなり」
「ああ、そうだったか。あのX大使というのは、金星超人だったか。なるほど、それでこそ、四次元振動を起して、風の如く鉄扉を越えて闖入してきたり、それから、私に四次元振動をかけて、ユーダ号へ連れていったり、魔術のようにふしぎなことを、やってみせたのだな」
四次元振動は、一種の魔術だ。米連艦隊の主力艦オレンジ号が、いきなり宙吊りになったり、それから、艦体の半分が見えなくなったりしたのも、四次元振動を使って、人間を、あっと愕かすのが目的だったのだ。
それを諒解するには、こんなことを考えてみるがいい。
平面の世界――いわゆる二次元世界に住んでいる生物があったとする。つまり、一枚の紙の上が、彼等の世界であったとする。今、彼等より一次元上の生物、たとえば人間の如き三次元生物が、傍へやってきて、その一枚の紙を手にとり、それを、いきなり二つに折り畳んだとしよう。すると、紙の両端だと思っていたところが、一瞬間に、互いに重り合うだろう。両端どころか、同一点となってしまうのだ。
二次元生物には、紙が二つに折られたというような三次元的現象を想像する力がない。だから、人間から見れば、紙を二つに折るなどということは、すこぶる簡単なことなのであるが、二次元生物にとっては、これが魔術としか思われないのだ。
オレンジ号が、いきなり宙吊りになったことや、また艦体の半分が見えなくなったことなども、それと同様の説明がつく。つまり、金星超人の手によって、オレンジ号は、四次元的に扱われたのである。われわれ三次元生物から見れば、魔術としか思われないその現象も、彼等金星超人より見れば、何の苦もなき他愛のない悪戯にすぎないのであろう。
鬼塚元帥の電文によると、わが日本においても、世界に魁けて、すでに、四次元振動現象の研究がすすめられていたということで、たいへん結構なことであるが、金星においては、更にそれよりももっと以前から、その研究が完成しており、四次元振動を自由に使いこなしていたのである。金星超人が、地球人間よりも、はるかに智能においてすぐれていることは、これでよく分った。
鬼塚元帥は、私を日本要塞より締め出しておきながらも、しきりに私の殊勲をほめてくれる。しかしどう考えても、締め出しは、恐れ入るの外ない。
それと同時に、私は、これまで知らないこととはいいながら、よくもまあかの恐るべき金星超人X大使と対等に張り合っていたものである。もし事前に、X大使の正体を知っていたとしたら、私はああまで、彼に対し、強硬なる態度を維持していることができなかったであろう。盲人蛇に怖じずという諺があるが、私のX大使に対する場合も、それに近いものであった。
さて、私は、これからどうすべきであろうか。日本要塞から締め出しをくった私は、一体いずこへ赴くべきであろうか。
オルガ姫は、最後の節を読みあげた。
「――黒馬博士よ。余鬼塚元帥は、貴下が、このベトンの上を去り、クロクロ島に帰還せらるることを薦めるものである。クロクロ島は沈没したるも、貴下の手によって、修理し得られるものと信ず。クロクロ島が、貴下の手によって建造せられたるとき、余は博士に祝意を表するため、磁石砲という機械を贈呈し、島内に据付けしめたることを、博士は記憶せらるるや。その折、博士に対しては、かの磁石砲の一般的使用法のみを伝授し置きたるが、実は、かの磁石砲は、或る特別の使用法によって、更に愕くべき偉力を発揮するものなり。博士よ、クロクロ島に赴きて、磁石砲の操縦器を改めて調べられよ。中央に見ゆる三基のスイッチを、三基とも、停止の位置より逆に百八十度廻転せられよ。かくすることにより、磁石砲は、四次元振動反撥砲に変ぜらるべし。よって、その偉力を試みられよ。今日まで、かかる特殊の使用法あるを伝授せざりしは、わが日本要塞が未完成状態にありしを以て、それを伝授することは、機密漏洩の虞あり、金星超人に乗ぜらるる心配ありしをもって、その伝授を只今まで、控えしものなり。さらば黒馬博士、クロクロ島へ帰れ。而して、余よりの新しき命令を待て。余鬼塚元帥は重ねて博士に対し、深甚なる敬意を表す。――これで、元帥からの電文は、おしまいですわ」
と、オルガ姫は、終りを告げた。
「おお、そうか。なるほど、なるほど。では、オルガ姫、太平洋の海底に沈んだクロクロ島を探し求めて、そこへ帰ることにしよう。出発!」
私は元気よく、そう命令した。
大団円――X大使の敗北
クロクロ島の沈没個所は、大体分っていたので、私たちは、大してまごつきもせず、沈没島のそばへ近づくことが出来た。
私は、艇にのったまま、クロクロ島の周りを、いくども、ぐるぐると廻って、損傷個所をしらべた。
クロクロ島は、大きな岩礁に、その底の一端をもたせかけ、島全体が、斜めになって、沈没していた。
いろいろ観察したが、結局、米連艦隊のために、浮沈用の水槽を破壊されていることが分った。
私は、それを見定めると、三角暗礁へ急行した。
三角暗礁には、こんなときの用意にもと、鋼板もあれば修理機械や喞筒をもった工作潜水艇も、ちゃんと収めてある。
私は、オルガ姫の力を借りて、その工作潜水艇に、いろいろの材料を積みこみ、再びクロクロ島へ引返した。
私は、司令塔の総配電盤の前にすわりこんだ。オルガ姫は、艇を出て、水中に下りた。彼女は機械でできた人間だから、別に潜水服を着なくてよろしい。
工作潜水艦から、持って来た鋼鈑を取り下ろした。オルガ姫は、それをクロクロ島の水槽の破損個所へ引いていった。
工作潜水艇の横腹からは、長い二本の熔接具が伸びていった。オルガ姫は、それを手につかんで、器用に熔接をしていった。
熔接が終ると、次は、水槽内の水を、艇内の喞筒でもって、吸い出しにかかった。これは、大して面倒なことではなかった。
煌々たる水中灯の光を浴びて、クロクロ島の巨体は、やがてしずかに浮き上りはじめた。
すっかり浮き上ったのは、作業を始めてから、わずか十時間のちのことであった。洋上は、二十三時で、真暗であった。洋上は浪しずかで、空には、星がきらきらと瞬いていた。
私は、オルガ姫を伴って、水上に浮かびあがった工作潜水艇から、クロクロ島へと、乗りうつった。
まずクロクロ島の内部へ、いろいろな方法で信号をしてみた。だが、私の予期したように、何等の応答もなかった。
そこで、やむなく、私は、入口の鉄扉を明けにかかった。いろいろの道具をもってきて、試みてみたが、扉はぴたりと閉ったままで、なかなか開きそうになかった。
そこで私は、オルガ姫を、再び水中にもぐらせて、クロクロ島の底に、外に向って開いている排出孔から、逆に入りこませることにした。もちろん、そこにも三重の鉄扉があるが、開けることは、それほどむずかしくないのであった。
私が、クロクロ島の背中で待っていると、それから十分ほどして、足許で、ぎいぎいと音がしはじめた。
「おお、オルガ姫が、入口の扉を開けているな」
そう思っているうちに、果して鉄扉が開いた。内には、明るい電灯の光が見える。
「ほう、とうとう、クロクロ島へ戻ってこられたわけだ。どれ、中はどんなことになっているか」
私は、久慈たちのことを思い出した。久慈たちにクロクロ島をあずけておいたが、その後、彼からの通信は来ず、そのうえ、クロクロ島は、洋上を漂流しているなどと、非常に憂慮すべき事態の下にあったのである。私は、島内において、どんな光景が見られるかと胸を躍らせながら、階段を下っていった。
「おお!」
私は、階段の途中で、思わず呻いて、そこに立ち竦んだ。
見よ。島内には、久慈たちの姿はなく、その代りに、X大使が、厳然と立って、こっちを見ているではないか。
「おお、黒馬博士、待っていたぞ」
X大使の声は、いつもとはちがって、やや上ずっている。私は、もう観念した。そして階段を下りきると、X大使の前へ、つかつかと歩みよった。
「X大使。まだ私に、用があるのかね」
「おお、用事というのは、外でもない、わしは、これから自分の国へ帰ろうと思うのだ。君には世話になったから、一言挨拶をしていきたかったのだ」
「挨拶だって?」
「そうだ。鬼塚元帥から君へあてた電文の内容は、わしも知っているよ」
「そんな筈はない」
「なあに、わしは、オルガ姫が読んでいるのを、潜水艇の外から聞いていたのだ。だが、そんなことは、どっちだっていい。とにかく、地球へ派遣せられたわしの任務も、一段落となったから、これから帰途につくのだ。米連艦隊と欧弗同盟空軍とを闘わせたのは、地球に内乱を起させ、自壊作用を生じさせ、大いに消耗させたつもりだったが、日本が、その誇るべき科学力をもって、四次元振動の反撥装置をもったベトンの中に隠れてしまったことには、さすがのわしも、すこしも気がつかなかったのだ。わしたちは、少々自惚れていたと思う。四次元振動という新兵器をもっていけば、地球を圧迫することなどは訳なしだと思っていたのだ。ところが、それが誤りだったことが、はっきり分った。わしは、出直してくるよ。それから、わしの国の首脳部の者共へも、地球を再認識するよう、極力説いてまわるつもりだ。やあ、黒馬博士、それでは君の友情を感謝して、さよならを告げるぞ」
「もう、帰るのか」
X大使に、下から出られると、私もまた、彼に対し、ふしぎに惜別の念を禁じ得なくなった。
「うん、今は帰るが、いずれそのうち、実力をもって、また君たちとまみえる折があろう。そのとき、また火花を散らそうぞ」
そういったかと思うと、X大使の姿は、ふっと空間から消え去った。あとには、硬い床だけが残った。
(久慈たちは、何処へいった)
私は、さわぎ立つ胸をおさえて、島内を、探しまわった。
「いない。久慈たちは、どこにもいない」
私は、元の広間へ戻ってきた。そこには、オルガ姫がにんまり微笑んで待っていた。
「オルガ姫。お前は、久慈たちを知らないか」
「ああ、久慈さんたちは、今そこに現われかけています」
と、オルガ姫は、私のうしろを指した。
「なに、現われかけている」
私は、うしろをふりむいた。そして、あっと愕きのこえをあげた。広間の隅に、久慈たちが朦朧と立っているのであった。しばらくすると、その姿は、はっきりとして、常人と同じになった。とたんに久慈たちは、非常な驚愕の色をあらわし、折り重なって、私の前に倒れた。
私は、久慈たちが、どこにいっていたかを、悟るところがあった。彼等もまた、X大使のために、四次元世界に放りこまれていたのにちがいない。そして大使はこのクロクロ島を去ると共に、久慈たちをもとの場所にかえしてよこしたのに相違ない。
私は、久慈たちが、落着を取戻して、仔細を物語ってくれるのを待つことにした。
今クロクロ島は、森閑としずまりかえり、只久慈たちの吐息だけが、大きく聞えている。このとき私は、わが地球が、近き将来、金星に向って喰うか喰われるかの大宇宙戦争を開始すべく運命づけられていることを、はっきり胸にきざみつけられた次第である。
日本要塞の武装が、やがて更に発展して全世界に拡がり、「地球要塞」となる日も、決して遠い将来ではないであろう。いや、金星のブブ博士は、今より三十年後には、地球が一大要塞化することを見極めて報告していたではないか。地球上の戦争は果てても、戦争は更に宇宙へ向って延長し、戦争の果てる時は遂に永遠に来ないであろう!