9話 爆薬の花籠(9)
読み方を変える
バラオバラコ?
これを、房枝は、こじつけかもしれないが、次のように、あたまの中で書きなおしてみた。
バラ雄バラ子!
そしてこのニーナの邸には、すばらしいバラの花園があるのだった。しかもニーナは、そこを通るとき、いやな顔をした。すると何だか、バラ雄バラ子というのが、わけがありそうにもおもわれないこともない。
(でも、まさか、あたしたちは、あの脅迫状を書いた人のとこへ来ているのではないでしょうに。あのとき、ネオン・ビルで、あたしたちを待ちかまえていたのは、トラ十だったんですもの。だとすると、バラオバラコというのは、トラ十の変名だということになるけれども……)
妙なことから、房枝はきゅうに里ごころがついた。
「あのう、ニーナさん。しばらく黒川さんのことを、おねがいしますわ」
「ええ、いいです。しかし、どうかしましたか」
「いいえ、べつにどうもしませんけれど、あたし、ちょっと曲馬団へかえってきますわ。ゆうべから、団長とあたしが団の方へかえってこないので、皆が心配しているでしょうから」
「ああ、そうですか。あのう、それ、もっとあとになさいませ。食事の用意できたころです。一しょに食事して、それからになさい」
「でも、皆が心配しているといけませんから」
「まあ、待ってください。とにかく、食堂へいってみましょう。あたくし、十分ごちそう、用意させました。メキシコから来たよいバタあります。チーズ、おいしいです」
ニーナは、しきりに房枝をとめるのだった。
房枝は、それまで黒川の重傷を心配するあまり、曲馬団の仲間のことを、すっかり忘れていたが、さぞ今ごろは、彼らはさわぎだして、警察へいったりしていることだろう。警察へいっても、房枝たちのいどころがわかるわけがない。房枝は、すぐにかえる決心をした。
ニーナは、屋内へいそぐ房枝の腕をかかえて、しきりに朝食をとっていけとすすめる。
広間へ房枝が上ったとき、彼女は、
「あらっ」
といった。それは、師父ターネフが、彼女を見ると、あわてて奥へ姿を消したからであった。そのときのターネフは、一向牧師らしからぬ服装をしていたからであるかもしれない。ニッカーをはいていて、まるでゴルフにでもいくような姿だった。靴は、泥にまみれていたようにも思われる。それにしても、まさかあわてて奥へ逃げこむこともなかろうものを。
ニーナは、房枝をむりやりに食堂へひっぱっていった。その食堂には、映画でよく見るのと同じく、華麗ですがすがしい広間で、芝居の舞台に使うような椅子や卓子がならんでいた。
房枝は、むりやりに、一つの椅子に腰をかけさせられてしまった。
ニーナは、ちょっとといって、いったんかけた席を立って奥へひっこんだが、間もなく急ぎ足で現れた。手には、日本の新聞を手にしている。
「おお房枝さん。あたくし、あなたの帰るのをとめて、いいことをしました」
「え。まあ、どうして」
房枝は、ニーナにそういわれてひどく胸さわぎがした。
「この新聞、ごらんください。たいへんです」
「えっ、たいへんとは、どうしたんでしょう」
房枝は、ニーナの手にした新聞を、おそるおそるのぞきこんだ。
「この記事、ごらんなさい。けさミマツ曲馬団、火災をおこして焼けてしまいました」
「まあ」
房枝は、夢を見ているのではないかと、あやしんだ。
だが、手にとった新聞には、まちがいなくミマツ曲馬団が今暁二時、一大音響とともに火を出して、すっかり焼けてしまったことと、そして団員と思われる二十数名の犠牲者が、その焼跡から発見されたことが、写真まではいって報道されているのであった。
「な、なんということでしょう」
その写真には、炎々たる焔に包まれた、ミマツ曲馬団の天幕がうつっていた。夢ではないのだ。なんという不運なミマツ曲馬団であろうか。一体、この火事の原因は何であろうか。
新聞記事には“原因は目下取調中であるが、ガソリン樽が引火爆発したのではないかとの説もある”
(ガソリンの樽――そんなものはない。ガソリン樽の引火なんて、そんなことはうそだ!)
と、房枝は、はやくも、記事のあてにならないことを見やぶった。
では、一体どうしたのであろうか。
爆発するものなんか、おいてなかったはずである。しかも団員が、それがために二十数名も死んでしまうなんて、そんなひどい爆発力をもったものはないはず。
(だが、ひょっとしたら、あれではないかしら)
房枝の胸は、それを考えついたとき、まるで早鐘のように鳴りだした。
ああ、あの花籠だ! あれこそ爆薬入りの花籠ではなかったか? おそろしかった雷洋丸事件の当時のことが、今更にありありと思いだされた。房枝は、そばにニーナ嬢が立っていることも忘れて、
「ああ、きっとあれだ!」と、こぶしを握って叫んだ。
ああ、惨事の後
房枝は、ニーナたちのとめるのをふりきって邸を出た。それは一刻もはやく、城南の惨事のあとへいって、団員たちの様子を見たいためだった。
房枝が、停留場の方へかけだしていくあとから、ニーナが追ってきた。
「もしもし房枝さん。あたくし、あなたを自動車で送ってさしあげます。自動車で、スピードを出すのが一等早く、向こうへつきます」
それから、二十数分後に、城南の曲馬団の惨事のある附近まできた。
「ニーナ嬢、すぐかえりますか」
と、自動車を運転してきたワイコフ医師がいった。
「いいえ、もうすこし、ここにいます。あたくし、房枝さんのこと、心配です」
「では、ここに自動車をおいておくのはまずいから、例のホテルへ車をまわしておきますよ」
ワイコフ医師は、そういって、急いで、車をまわして立ち去った。
房枝は、惨事の小屋跡へかけよった。
「こらこら、はいっちゃいかん」
警官が、房枝の前に、立ちふさがった。
ニーナが、房枝をかばうようにうしろから抱きとめた。
しかし警官の肩越しに、惨事の跡がよく見えた。一夜のうちに、こうもかわるものであろうか。目をおおいたい惨状であった。天幕の柱が燃えおちて、ひどく傾いている。天幕の燃えのこりが、泥にそまって、地上に散らばっている。火事は全焼とまではいかず、八割ぐらいの火災で、二割がたは焼けのこっていた。だが焼けのこっているものも、どれ一つ満足なものはなかったのである。
「だって、あたし、ミマツ曲馬団のものなんですのよ。ゆうべ、団長の黒川さんが、丸ノ内で負傷したので、それを介抱して、ここにはいなかったんですの。新聞をよんで、いそいで様子を見に戻ってきたんですわ」
房枝は、けんめいになって、事情を説明した。
「なんだって、ミマツの団員で、ゆうべ、ここにいなかったというのか。おお、それは逃がさんぞ」
警官は、房枝の手を、しっかりつかまえた。
「お前の名は、なんというのか」
「房枝ですわ」
「房枝? そしてこっちの西洋人は?」
「あたくし、ミマツ曲馬団に関係ありません。房枝さんを車にのせて、ここまでとどけたのです」
ニーナが、こたえた。
「いいわけはあとにして下さい。だれであっても、一応しらべなければ、ゆるせません」
警官が手をあげたので、附近にいた警官たちが、応援のため、ばらばらとかけつけてきた。そして房枝とニーナとは、いやおうなしに、捕りおさえられてしまった。
「こっちへきなさい」
ニーナは、怒るかと思いのほか、あんがい平気であった。そして、惨事の現場を、めずらしげにしきりに眺めていた。
房枝の方は、そんなに落ちついていられなかった。散らばった幟の破片、まだぷすぷすといぶっている木材、なにを見ても胸がせまる。生きのこった団員は、どこにいるのであろうか。その姿が見えない。そしてこの惨事のほんとうの原因は何であったのか。
二人は、警官のため、前後をまもられて、その場を引立てられていったが、そのとき、ばたばたと駈けてきた男があった。
「おお、房枝さんですね。いつ、ここへかえってきたのですか」
そういった男は、外ならぬ帆村であった。
「ああ帆村さん。あたし、今ここについたところよ。皆さんのことが心配になって、焼跡へいってみようと思ったら、この警官の方におしもどされたのよ」
警官は、帆村の顔と房枝の顔とを見くらべて、
「おや、帆村さん。この女を知っているのですか」
「知っていますとも、これはこのミマツ曲馬団の花形で、房枝さんという模範少女ですよ」
「ほ、やっぱりほんとうでしたか。私は、こいつはあやしい奴だと思いましてね。しかし、団員とあれば、他の団員も全部、警察におさえてあるのですから、やっぱりこの女、房枝といいましたかな、この房枝嬢も、連れていかなければなりません」
帆村は、うなずき、房枝の方を向いて、
「房枝さん、このミマツ曲馬団の火事には、いろいろうたがいがあるのです。火事を出したということよりも、火事のまえに起った爆発のことが、問題になっているのです。あなたも知っていることを、みんな警官に話してくださいよ」
と、注意を与えた。
「そうだ、帆村君のいうとおりだ」
部長の服をきた警官は、大きくうなずいて、
「房枝さん、あなたは、きっと知っているだろう。新聞には、ガソリンの樽がどうとかしたと書いてあるが、われわれは、そんなことを信じていない。どんな爆発物があったか、それを話してください」
帆村が来てくれたので、房枝に対する警官の態度は、にわかにていねいとなった。
房枝は、あの花籠のことを、いおうかどうしようかと思い、何の気なしに、ニーナの方をふりかえった。すると、さっきから房枝を見つめていたニーナは、なぜかあわてて目をそらした。
ひどい逆ねじ
「さあ、よくは存じませんが、あたしたちの曲馬団を爆破するかもしれないぞ、という脅迫状がきていたのです」
房枝は、ありのままをいった。そしてバラオバラコという名前のあった、その脅迫状のことをいった。
「その手紙を今持っていますか」
「いいえ、持っていません」
「どこにあるのですか。ぜひ見たいものだが。ねえ、部長さん」
と、帆村は、警官をふりかえった。
「そうだ、手紙を見れば、また手がかりもあるはずだ。その手紙はどうしたのですか」
「黒川団長が持っているはずです。団長さんは、ゆうべ重傷を負い、いまニーナさんのお邸でやすませていただいているのですわ」
「えっ、ニーナさんの邸?」
帆村は、そういって、ニーナの顔を仰いだ。
「そうです。あたくし、房枝さんと黒川さんとを助けました。ゆうべからけさまで、あたくし、いろいろ介抱しました。黒川さん、だいぶん元気づきましたが、まだうごかすことなりません」
「ほう、すると、ニーナさんは、ゆうべ黒川氏を助けてからのちは、一歩も外に出なかったのですか」
「そのとおりです。なぜ、そんなことを、たずねますか」
「いや、ちょっとうかがってみたのです。では、師父のターネフさんは、やはり邸にずっといられましたか。もちろん、ゆうべ、あなたがたが、房枝さんたちを助けて、邸に戻られてからのちのことをいっているのですが」
「ああ、師父ターネフですか。ターネフは、どこへも出ません。ゆうべは、ずっと邸にいました」
「あらっ、そうかしら」
房枝は、ニーナのことばに誤りがあるように思った。けさがたターネフを見かけたが、ターネフは疲れたような顔をしており、どこを歩いたのか、靴は泥だらけであったようにおぼえている。
「房枝さんは、師父ターネフが邸にいなかったことを知っているようだな」
「いえ、そんなこと絶対にありません。ターネフは、ずっと邸にいました」
ニーナは房枝に代って、ターネフが邸にいたといいはった。
部長が、なにかいおうとしたが、そのとき帆村が、それと目くばせをしたので、部長はなにもいわなかった。
「じゃあ房枝さんも、ニーナさんもとにかく一度向こうへいって、捜査本部の方の質問に、こたえられたらいいでしょう」
帆村は、別れのあいさつのかわりにそういった。
「あら、帆村さん。あたしを助けてはくださらないのですか」
房枝は、不服そうにいった。
「いや助ける助けないも、警官のいうところに従われたがいいでしょう。なにしろ、東京のまん中に原因不明の爆破事件が起るなんて、物騒なことですからね。当局はこういう方面のことについては、たいへん警戒をしているのです。知っていることはなんでも正直に話されたがいいでしょう」
帆村探偵のことばは、房枝にとって、なんだか冷やかに聞こえた。
「房枝さん、元気をお出しなさい」
とニーナが、かえって房枝をなぐさめた。
「ええ、ありがとう」
ニーナは、房枝の肩に手をかけて、
「房枝さん。警官たちは、あなたを不必要にくるしめています」
「な、なにをいう」
若い警官が、ニーナを叱りつけた。それは、始めに彼女たちをとりおさえた若い警官だった。
「あたくし、いいます」と、ニーナは、胸をはっていった。
「この爆破事件の容疑者は、すでにあなたの手に捕らえられているではありませんか。そのうえに、房枝さんをうたがうのはいけません」
ニーナは、妙なことをいいだした。
「なにッ!」
「あたくし、よく知っています。トラ十というあやしい東洋人が、あなたがたの手に捕らえられたはずです」
「えっ、それを知っているのか。どうして」
「そのあやしい東洋人トラ十は、ミマツ曲馬団の爆破が起って間もなく、三丁目の交番を走りぬけるところを、警官にとらえられましたのです」
おどろいた。全くおどろいた。警官たちも、帆村もニーナのことばには、おどろいてしまった。
「ニーナさん。あなたは、なぜそんなことを御存じなんですか。どこから知ったか、こたえてもらいましょう」
「ほほほほ。あたくし、公使館の人から聞きました。日本中のこと、なんでも、すぐわかります」
「えっ、公使館の人? とにかく、向こうへいって、もっとくわしく聞きましょう。さあニーナさんも、向こうへ歩いてください」
「いやです」
ニーナは、首をつよくふった。
「あたくしは、もうかえります」
「いや、かえることはなりません」
「いいえ、あたくし、あなたのような警官に自由をしばられるような、わるいこと、しません。あなた、たいへん無礼です。そんなことをすると、わが公使館は、だまっていません。むずかしい国際問題になります。それでもよろしいですか」
「うむ」
「ほほほ、あたくし、邸にいます。逃げかくれしません。話あれば、公使館を通じて、お話なさい。ほほほほ」
ニーナは、勝ちほこったように、警官たちの顔を見おろした。ニーナをおさえようとすればおさえられるが、こんな小さいことで、国際問題を起しては申訳ないと、このうえニーナをとめることを断念した。
だが、後日になって、メキシコ公使館へ連絡をしたところ、公使館では、ターネフやニーナはメキシコ人ではないから、公使館では、彼らのことで責任はおわないと明言した。が、そのときはもう、あとの祭だった。
それはさておき、ニーナは、にんまりと嘲笑をうかべたのち、こんどは房枝の手をとって、
「ねえ房枝さん。曲馬団だめになっても、あたくし、あなたを保護します。あたくしの邸へおいでなさい。そのうちお迎えにきます」といった。
「はあ、ありがとうございます」
房枝は、ほんとうに、感謝しているらしい。ゆうべからのニーナの親切が身にしみているからそういったのだろうが、それでいいのか。
そばで、帆村は、唇をかみながら、もくもくとして、ふかい考えにおちている。
仮面を取れば
うつくしいニーナ嬢は、ワイコフ医師の操縦する自動車にのって、邸へもどった。
玄関をはいって、大広間でガウンをぬいでいると、階段の上から師父ターネフが、いそいで下りてきた。
「おおニーナ。いまごろまで、なにをぐずぐずしていたんだ。下手なことをやったんじゃないかと、わしは気が気じゃなかったぞ」
ターネフは、いつになく、落着をうしなっていた。
「だって、あなたから命じられた、偵察任務をおえるまでは、現場を引あげるわけにはいかないではありませんか」
偵察任務と、ニーナはいった。房枝は、ニーナが、親切にも自動車で、現場までおくってくれたのだと思っていたが、そうばかりでもなく、ニーナは、偵察にいったのだという。
「ニーナ、二階へ来い」
ターネフは、そういって、また階段をそそくさと、上へあがっていった。ニーナは、ワイコフ医師にガウンをなげつけるようにして、師父のあとを追った。
二階に、ターネフの占領している広い部屋があった。南向きの窓からは、例の花畠が一目で見おろせる。
ターネフは、安楽椅子に、どっかと身をなげかけた。その前に小さいテーブルがあって、酒の壜と盃とソーダ水の筒とがのっている。ターネフは、およそ師父らしくない態度で、足をくみ、そして、酒のはいったコップをとりあげると、ぐーっとあおった。
「おい、ニーナ。お前は、もっと、用心ぶかく、そしてもっと、すばしこくやってくれないと困るよ。こっちの正体を、相手にかぎつかせるようでは、役に立たない」
ターネフは、きゅうくつな師父ターネフの仮面をかなぐりすてて、ターネフ首領をむきだしにしている。前にトラ十がずばりと指したように、ターネフは世界骸骨化本部から特派された極東首領であり、ニーナは、その姪でもなんでもなく、彼の部下の一人であったのである。
「バラオバラコの名で、房枝と黒川とを、うまく丸ノ内へつれだす計画だって、お前の不注意のため、トラ十にかぎつけられたんだ。そして、あべこべに、われら二人が、トラ十のために逆襲され、ぐるぐるまきにされて、自動車の中へとじこめられたときには、わしは腹が立って、気が変になりそうだった」
ターネフは、さかんにこぼすのだった。この話によってみると、バラオバラコは、ターネフとニーナのことであることがわかる。そして又、トラ十がとつぜん房枝たちを襲ったわけもわかる。
ニーナは唇をかんでいたが、このとき急に顔をあげ、
「あたくしばかりお責めになっては、不服ですわ。あなただって、ずいぶんまずいことをなさいましたわ」
「そうでもない」
「だって、そうですわ。けさ、現場からこの邸へおかえりになったところを、房枝に見つけられたことに気がついていらっしゃいませんの。現場で房枝を訊問した帆村探偵は、それをちゃんと悟ってしまったようですわ」
「えっ、そんなことがあるものか。探偵は、わしが、爆発事件の犯人だといったのかね」
「そこまで、はっきりいいませんが、部長の警官が『ターネフはあやしい、よくしらべなければ』といおうとするのを、あの探偵は、すばやくとめたんです。あなたにゆだんをさせておいたところを、ぴったりとおさえるつもりだと、あたしにらんだのですけれど。あなたは現場で、なにかまずいことをおやりになったのではないのですか」
「うむ」
と、ターネフは、眉を八字によせ、
「じつは、ちょっとまずいことをやってきたんだ」
「ああ、やっぱり、そうなのね」
「それを、ごまかそうと、いろいろやっているうちに、時間をとってしまったんだ。だが、まず警官たちに気づかれることはないと思うが」
「思うが、どうしたんですか」
「うむ、万一、気がつかれたら、わしは日本の警察官に対し、あらためて敬意を表するよ。とにかく、トラ十をあそこへひっぱり出したところまでは、実にうまく筋書どおりにいったんだがなあ」
そういって、ターネフ首領は、いまいましそうに舌打をした。
「万一、ここで分かってしまったら、かんじんの大仕事が出来なくなるではありませんか」
「ああ、そのこと、そのこと。じゃあ仕方がない。もう猶予はできないから、わしは荒療治をやることにしよう。お前はわしとは別に、房枝をうまく丸めて、例の計画をすすめるのだ」
「ええ、あの子のことなら大丈夫、ワイコフさんも、手を貸してくれることになっていますわ」
ターネフ首領、ニーナ嬢との密談は、近くなにか更に大事件をおこそうとしていることがうかがわれる。彼らは、いったい何をねらっているのであろうか。どんな陰謀を考えているのであろうか。しかもその日は遠くないようだ。気にかかる!
いまわしい疑い