可愛い山

1話 平の二夜 第一夜

4,153字 約8分 2016年3月17日 公開

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 大沢小屋から平までは、楽な一日行程であるが、朝出発するのが遅かったのと、途中で――殊に針ノ木谷を下りる途中――気持のいい所がある度ごとに長いこと休んで駄弁ったのと、只でさえ歩きにくい路の所々に残雪がかかって径を閉鎖していた為に、つまらぬ迂回を屡々行ったのとで、黒部の本流に出たのはもう七時に近かった。今迄歩いて来た渓谷に比べると、ここはさすがにあかるい。すばらしい水量で激しく流れて行く川の向う岸には、消えかけた雪の中に板づくりの家が二軒見える。上手の小さいのは毎日新聞が県に寄贈した小舎で、下手の大きいのは日本電力の出張所である。あすこには人がいる筈なので、こちら側にある東信電気の小舎の前を素通りして、急な絶壁へ取りかかった。

 平で黒部川を越す方法は従来二つ。一つは有名な籠渡しによるので、もう一つは籠渡しの少し上流を徒渉するのである。籠渡しは太い針金に滑車をかけ、滑車から縄でぶら下げた板に乗って、ブランブランと向う岸へ渡るのである。徒渉とはいう迄もなく、ザブザブと水の中を歩いて渡ることである。夏向きでよかろうなどと思う人はやって見るがいい。深い所は腰の上まで、川底はゴロゴロな石で、流れは疾い。ともすれば足をすくわれる。すくわれたら最後、手足がそろって日本海へ出られれば幸福である。もう十何年か前になるが、私は朝九時頃にここを徒渉した。盛夏で、水の量はすくなかったが、それでも一行八人、向う岸へ着いた時は唇を紫色にしていた。今は水の多い最中で、おまけに水温も気温も低い。とうてい徒渉は出来ぬ。籠渡しもこわれている。だが幸い、昨年の秋、二町ばかりの下流に吊り橋がかけられた。我々はこの吊り橋を渡るべく、細い路に足を踏み入れたのであった。

 二町下流といい、川添の路というと、黒部を知らぬ人は五、六分にして吊り橋に達し得ると思うであろう。だが黒部川は「その水源地より愛本(あいもと)に至り、山地を離るるまで蜒々約二十里の間は、本邦稀に見る絶壑(ぜつえい)を成し、滔々として奔流の両崕に激越せるを見る。其の立山・白馬両山脈の間は、地域狭隘にして支流の発育極めて短く、直ちに本流に注ぐを以て、至る処に懸谷(けんこく)がある。」――(吉沢庄作氏著「立山」)――ので、この路も絶壑をからみ、懸谷を横切っている。而も幅は僅か一尺か二尺、ある場所は露出した岩石に、足跡をつけた程度である。我々は先ず小さな残雪を越して、木の生い茂った崖にとっついた。北沢、百瀬、私の順序で行く。もう薄暗くなって来て足もとがあぶない。疲れてもいる。朝から午後四時頃まで、絶えず雪の上を歩いていたので、軽度の日射病にでもかかったらしく、頭が痛む。唇がカサカサになる。黙々として一歩一歩、注意しながら進むと、小さな谷にでくわした。吉沢氏の所謂懸谷で、いずれ路はついているのであろうが、雪が残っているので判らぬ。慎太郎さんが先に立って、ステップを切りながら越した。雪を渡り切ると一間ばかり砂土が露出している、足がかかると共にザザラ! と音がして、砂ごと身体が下へ落ちる。その身体に落ちるだけの時間を与えず、ヒョイと二の足を踏み出して、続いてヒョイヒョイと下へ引っぱる力に敢て抵抗するでもなく、なかば落ちながら身体は前に進めて、無事に土砂の斜面を渡り切る。

 渓のこちら側に立って、バットに火につけてこれを見ていた私はいやな路だなと思わざるを得なかった。雪のグラディエントは、素人の目には六十度近くに見える。とても上り下りは出来ぬくらい急である。然しステップが切ってある以上、又夕暮と共に雪が幾分固くなっている以上横切ることは大して苦にならぬ。よしんば辷っても、ピッケルの使用法をあやまらなければ、自分一人の身体くらいはとめることが出来る。雪は平気だが、あんな風に露出した土砂は、実にいやである。一度すべったら手も足もピッケルも用をなさぬ。下を見ると、水が狼の牙のような白い泡を、噴き上げている。落ちた日には、助かりっこない……と考えはしたものの、そこがやはり山を知る者の強味で、別に恐怖を感じるでもなく、雪渓にさしかかる。グン、グンと靴さきをステップに打ち込んで渡り切る。片足を砂にかける。ザラッ! と落ちる。ザザザザと通過して了う。しっかりした路についた時には、やれやれと思った。

 路は崖のかたちそのままに、急に右へ入っている。ここにも谷が切れ込んでいるのである。Vの字を水平に置いたようなきれ込みである。こちらには路があるが、向う側は一面の砂土で――一体が風化しやすい岩石なのであろう。それが雪をかぶって更にもろくなった所へ、上から雪崩が落ちて来たので、ザラザラになっている――その灰色の断崖には、いくら見ても、どう考えても、路らしいものが見えぬ。

 Vの字の底には固い雪が残っている。北沢は荷を下して、雪の所まで様子を見に行った。私と慎太郎さんとは、立ったまま、ルックサックを唐檜(とうひ)の根にもたせかけて、休んだ。非常に傾斜の急なところに路をつくったので、こんなことが出来るのであろう。

「おい。その辺に下へおりてる路はねえかい。」

 北沢がこう声をかけたので、私は二、三間引きかえして見た。

「ないよ。」

「上へ行ってる路もあるめえな。」

「ない。」

「向うにゃ路がねえだな。」

「雪崩で崩れちまったんだろう。」

「どうするかね。」「どうしましょうね?」――これは慎太郎さんが私に聞いたのである。

「さあ。」

 北沢が帰って来た。日電の小舎には、人がいないのじゃあるまいかという。なるほど燈火(あかり)が見えない。一度呶鳴って見ようというので北沢がオーイ、オーイと大きな声を出したが、返事もなければ燈火を出して見せるでもない。

 再び、どうしようという相談が起った時に私は言った――「帰りましょう。こんな所でウロウロしていても仕方がない。大分つかれて来たし、足もとが悪いから、若し辷りでもしようものなら莫迦(ばか)げている。今晩は東信の小舎で泊って、あしたゆっくり路をさがしましょう。日電の小舎が面白かったら、あした一日遊んでもいいし、若しいよいよ路が分らなければ大町へ引きかえしてもいいんだから……」

 籠渡しの二、三丁下に、吊り橋の出来ていることは知っている。路があるにせよ無いにせよ、とにかく右岸を伝って、吊り橋に出られることは知っている。現に五日の日、富山から大町にぬけて来た法政と商大との学生は、日電の小舎から吊り橋を渡って、針ノ木谷、針ノ木峠、大沢と、我等の路を逆に来たのである。対山館で泊り合わしたのだから、あの二人、ことに芦峅から案内して来た光次郎に、もっとよく聞けばよかったのだが、こちら三人、殊に慎太郎さんと北沢とは、平の附近をよく知っているので、行けば判るだろう、で出て来たのであった。もちろん行けば判るのだが、こう暗くなって来ては、如何な山男でも猫か梟でない限り、視力が利かなくなる。

「そうですか。それじゃ帰りましょう。別に急ぐんでもなし……」と慎太郎さんは私の提議に同意した。三人は引きかえした。

 東信の小舎は東西に長く、十何畳ぐらいは敷けるであろう。西、即ち黒部の本流に面した方が入口になっていて、さし出した屋根の下には四角な風呂桶、燃料等が置いてある。ガタビシャな戸を明けると、中は鼻をつままれても判らぬ程のくらやみで、キキキと鼠が鳴く。とりあえずルックサックを投げ出した私は、日と雪でピリピリする顔の筋肉を収縮させて、ニヤリとした。私の知人で鼠を非常に嫌う人が二人いる。往来を歩いていて鼠の死骸でも落ちていると、横丁へ曲って了うくらい嫌いなのである。私がニヤリとしたのは、この二人を思い出したからである。「慎太郎さんと俺でなくて、MさんとBちゃんとがここに立ったら、二人はどうするだろう。入らないで、熊笹の上に寝るかしら」と、詰らぬことを考えたからである。

 とりあえず蝋燭に火をつけて、まっくらな小舎の内に入ると、中央が土間兼囲炉裏で、左右がアンペラ敷きになっている。その土間に足を置いたまま、アーンとアンペラの上にねころがる。今宵の宿もきまったという安心に、急につかれが出て、靴をぬぐのも億劫になる。

「御免よ!」と北沢が焚木をかかえて入って来た。火をつける、勢よく燃える。「ゆんべとちがって乾いているので、よく燃えるだ」と言ったのは、前晩泊った大沢小屋が雪に埋れていた為にしめっぽく、火を燃しつけるのに三十分ばかりかかったからである。

 燃え上る焔に照らされて、小舎の内部がハッキリする。奥の方には夜具やら米俵やらが屋根に届くまで積み上げられ、上から大きなキャンヴァスがかけてある。

 ふと天井からつるしたランプに気がつく。どうやら石油が入っているらしい。急いで靴をぬぎ、しめった靴下三足をむしり取って、ランプを見に行く。果して石油が入っているので、こいつは豪遊! と、学生みたいなことを言いながら、火をつけた。

 小舎の隅から鍋をさがし出して、それを洗いに行った北沢が帰って来た。山独活(うど)と、ウト蕗と袮するすこぶる香の高い草とを手に持っている。このくらやみで、どうしてこんなものを発見して来たのか、我々には見当もつかぬ。

 前夜泊った大沢の小舎は、雪のために水に不自由したが、ここはすぐ前を雪解の水が流れているので、至って便利である。慎太郎さんのと私のと、二人の飯盒に半分以上も入っている昼飯の残りを鍋で煮て、ミンチビーフの鑵詰をあけ、うまいのだかまずいのだか、ちょっと判断に苦しむようなオジヤをこしらえた。これと、独活及びウト蕗の味噌汁と、干鱈の焼いた奴とで晩飯にする。北沢はどこからか目覚時計をみつけて来て、しきりにいじくり廻していたが、「四時半に鳴るようにしてくれねえか」と言うから、焚火ごしに手をのばして、アラームを調節する。あしたは四時半に起きて路をさがしに行くとのことであった。

 飯が済むとすることが無い。濡れた靴下を炉の上につるし、長々とアンペラに横たわって寝る。

 焚火が消えかけると足が寒い。新しい薪をくべると、やけどしそうになる。夜中に何度も目が覚めた。鼠が騒ぐ。柱の釘にかけた私の上衣の、襟の裏についているひつかけが切れてドサンと顔の上に落ちて来た。風の音、黒部の瀬の音。

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