20話 山へ 八
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山の麓のパルテンキルヘン――
「バヴァリアとビヤ」と私は考えながらいった。「これ以上美しい言葉の組合せを見つけることは困難だろう。バヴァリア――山岳――刺繍したシャツ――波をうつ羽根――太った、陽気な娘たち――ゲミュートリッヒカイト――。ビヤ――ああそうだよ。」
私はグーッと麦酒を飲んで、絶対的幸福を感じた。人間が絶対的幸福を感じることは極めて稀だと思う。人間は時々幸福を感じなければならぬのだと考え、そしてどうやらこうやら幸福だということにして了うが、全人間か否抵抗的に完全に、素晴らしく光り輝く幸福に照り映えるように思われることが、如何に稀であるか。私は山から離れていては、殆どこんな経験は持たぬ。山以外では、これほど豊富な感情がコンセントレートすることは出来ない。山では完全な肉体的健全、つまり我々の骨と血と肉との力と驚異の意識があり、我々を昂然たらしめる所の継続的努力があり、激流やそそり立つ峰々が構成する荘厳との親交があり、足がかりの正確な形や構造、我々がすがりつく草の一群の正確な性質、岩と氷とガレとの正確な触感……それらを鋭敏に理解する点に、自然との親交があり、また誇るべき孤独(中略)山巓と、暑い太陽と、冷たい風との狂喜、空気の天蓋を支持する冷静な峰々の驚異がある。
だが、こんなことをいっていても役に立たぬ……
ある男が、あるドイツの娘について苦情をいった事がある。山巓に着くと彼女は、「ああこれは美しい、これは驚くべき景色だ。私はソーセージを喰わねばならぬ」と叫んだというのだ。
だが、如何にも彼女は正しい。立ち上ってツベコベやるのは、索条鉄道で登って来た者達だけだ。本当に登攀し、本当に勝った者は、まったく腰を下してソーセージを食う……