123話 おばけの正体 第一二三項 箱根の天狗
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天狗談は全国いたるところにあるが、その多くは自然に起こりたる現象を誤り認めたのである。その他は人が故意にこしらえたる話である。余がかつて箱根において聞いた事実談を挙ぐれば、今より三、四十年の昔の出来事なれども、一月の寒中、青年輩十人余り相伴い、鉄砲を携え、獣猟に出かけたことがある。箱根では最も高い峰を駒ヶ岳と申す。この峰へ登りたるに、絶頂に近き所に大盤石がある。その上に大なる男が立ちながらにらんでいる。一行の青年の方では、この寒中、かの山頂に人間のいるべきはずはない、これ必ず天狗であろう。従来、駒ヶ岳には天狗が住んでいると聞いていたが、彼がまさしくその天狗であると衆説一致し、互いに恐怖心を起こし、今日は猟をやめて帰ろうということになった。かく相談している間に、天狗の方では赤き毛布を広げ、これを両手に取って青年らに向かい、しきりに振りつつにらんでいる。これを見て、青年らは天狗が魔術を使うものと信じ、大急ぎで下山し、その日は恐れ入って戸外にも出るものなきほどであった。この話たちまち近郷近在にまで伝わり、尾に尾がついて、駒ヶ岳の天狗にだまされたとの大評判となった。そののち四、五日過ぎて、ようやく事の真相が明瞭になり、山上の大男は天狗にあらずして強盗であったことが知れた。その強盗は前夜小田原の資産家の内に入り、夜中逃げ出して箱根の山間に入り、駒ヶ岳の絶頂にて休息していたのであった。その毛布を振り立てたのは、盗賊の方では、自分が小田原にて強盗せしことが知れて、捕縛に出かけたのとばかり考え、鉄砲をうたれては大変と思い、あわてて敷いていたるケットを取り出だし、砲丸よけをしたのであった。かくと知れてからは一大笑話となったそうだ。