130話 おばけの正体 第一三〇項 妖怪研究の結果(1)
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余は今より二十三、四年前、妖怪研究の結果を編纂して、『妖怪学講義』の題目にて世間に発表したるも、その書はあまり大部にして容易に通読し難きを知り、数年前に自らごくごく簡単に結論の大要を書きつづったものがある。ここにその全文を掲げておくから、願わくはこれを一読して、余の研究の結果と本意のあるところとを了察せられんことを。これ、余が世間に向かって懇望するところである。
諸君よ、余が最初妖怪研究に着手しましたは、明治十七年のことにして、爾来、材料を拾集するに十年の星霜を重ね、二十六年に至って、はじめてその研究の結果を世に公にするようになりました。すなわち『妖怪学講義』と題するものが、まさしくその結果であります。この「講義録」は元来四十八号二十四冊より成りたるも、昨年これを合綴して六大冊にいたしました。その中には四百余種の妖怪事項を集めて、これにいちいち学術上の説明を与え、古今民間に伝われる妖怪は、たいてい網羅し尽くしたつもりであります。しかるに、その全部の紙数二千六百ページに余るほどのすこぶる浩瀚の大書籍なれば、世間よくこれを通読するものいたって少ない。よって余は、ここにその研究結果の一端を摘み出だして、世人に紹介することに定めました。
世人多く、余が妖怪研究をもって、ものずきか慰みか道楽のように申すものがありますが、決してかかる次第ではありませぬ。畢竟、この一事に貴き光陰を十年以上費やせしは、深く思うところありてのことであります。かくいうと、なにやら御釈迦様を気取るようでおかしく感ずる人がありましょうけれども、余は幼少のころより、死はなにものぞ、生はなにものぞ、天災はなんのために起こり、病患はなんのために生ずるや等の問題が常に心にかかり、早晩これを研究してみたいとの念より、妖怪研究の志を起こすようになりました。人間は生きているに衣食住が一番大切であると申すけれども、衣食住よりモット大切のものは、安心するということであります。犬や猫は動物であるから、飲んだり食ったりすれば、そのほかになんらの望みもありませぬけれども、人間は動物より一段階級が進んでおりますから、飲み食いばかりでは満足いたしませぬ。必ず衣食住のほかに安心したいとの一念が、常に動き出して止めることがむずかしい。いかに貧困にして毎日の糊口に追わるるような身分でも、一日として安心を願わざる者はありませぬ。されば、犬や猫は飲食的動物、人間は安心的動物と異名を付けてもよろしからんか。とにかく人間と獣類との別は、安心を願うことを知ると知らざるとによりて定むることができます。
諸君は、かの道に太鼓をたたきて題目を唱え、手に御幣を握りてトオカミを叫び、観音参詣の老婆が一文ずつためたる金子を中店の売卜に費やし、天理信仰の病人が祖先伝来の財産を天輪王の御水に傾け、あるいは成田の不動に断食の願をかけ、あるいは川崎の大師に日参の誓いを立て、あるいは炎天をおかして高山を攀じ、あるいは厳冬に際して冷水に浴し、あるいは伊勢参宮、四国巡礼、あるいは京参り、大和めぐり等はなんのためであると考えますか。みな安心したいためではありませぬか。人間に安心する道を求むる念の切なること、このとおりであります。今、余が妖怪研究はかかる切要なる安心の道を講ずるものなれば、全く無用と申すことはできますまい。
民間にて一般に用いきたれる御水や御札やあるいは禁厭の類までも、みな人をして安心せしむるを目的とするに相違なけれども、訳も道理も分からずに盲目的にこれを用うるからして、一時の後はたちまち心が動き出して、さらに大いに迷うようになります。ゆえに、かくのごときは真の安心とは申しかねます。しかして真の安心は、必ず訳や道理の分かった方法によるよりほかはありませぬ。ことに今より後は、民間の教育、学問が一体に進んできますから、訳、道理の分からぬことを聞かしても、だれも信ずるものがありますまい。それゆえに、今後の安心は必ず道理に基づき、学問に考えて説明したるものでなければ、役に立たぬと思います。これが、余が妖怪事項を集めてその説明に着手したる次第でありますから、あらかじめ御承知おきを願います。
だんだんたくさんなる妖怪の種類を集めて研究してみると、いろいろおもしろいことが出て参ります。社会の内幕や人情の秘密が、みな分かるようになりてきます。言葉を換えて申せば、人の心を解剖して見ることができます。表には玉のごとく月のごとく、立派に紳士然たる顔を装っている人が、その心の中を探り見るに、土のごとく芥のごとく、いたって不潔なる魂情が隠れていることが分かります。実におかしくもあり、気の毒でもあり、憎らしくもあり、かわいそうでもあります。されば、妖怪研究はいかにも不思議なものであると考えます。これは、人心の秘蔵を開く唯一の鍵と申してよろしい。局外の者にとっては、妖怪などは社会現象中の一小事のように見ゆれども、間口は狭くても奥は千畳万畳敷きでありて、実に広大無辺の研究であります。なんと申しても、人間の心全体が、妖怪の幻灯仕掛けにできておりますから、ちょっと心の灯を点じても、ただちにいろいろの妖怪があらわれてきます。ゆえに、社会万般の現象は、大抵みな妖怪の現象と申しても差し支えありますまい。諸君よ、ナント妖怪の学問は滅法界もない広大の研究でありて、実に驚くばかりではありませぬか。
さて、妖怪の種類を挙げて申さば、四百、五百ないし千以上もありて、おびただしきことでありますが、余はこれを実怪と虚怪との二大類に分けました。さらにこれを細別すれば、実怪の方には真怪と仮怪との二種あり、虚怪の方には偽怪と誤怪との二種ありて、偽怪は一名人為的妖怪といい、誤怪は一名偶然的妖怪といい、仮怪は一名自然的妖怪といい、真怪は一名超理的妖怪といいます。もし超理的妖怪より論ずれば、ひとり人間社会のみならず、宇宙間の事々物々、一として妖怪ならざるなきほどに至ります。天地すでに一大妖怪なれば、その間に現ずる森羅の諸象はもとより妖怪の現象にして、一滴の水も一片の雲も、みな妖怪なりと申してよろしい。なぜなれば、超理的妖怪とは不可思議、不可知的の異名でありて、事々物々もしその根元を窮むれば、みな不可知的に帰するようになります。諸君は、かの笑うがごとき春山の景中に不可思議の霊光を浮かべ、歌うがごとき秋水の声裏に不可知的の妙味を含むを知りませぬか。たれびともその心中にひとたび哲眼を開ききたらば、見るもの聞くもの、みな超理的真怪となりて現るるようになります。妖怪研究もこの点まで窮め尽くさなければ、真のおもしろ味は知れませぬ。しかし、世間の者にこのような話をして聞かせても、いわゆる馬耳東風の類にて、サッパリ感じませぬは実に困ったものであります。もし強いて聞かすれば、ビックリ仰天して逃げ出すばかりであります。それはそのわけでありて、世間の者の妖怪と思っている事柄は、余がいわゆる偽怪、誤怪もしくは仮怪に過ぎませぬから、仰天するのはあながち無理とは申されませぬ。よって、しばらく真怪の話はさしおき、もっぱら世間普通の偽怪、誤怪に関する話をいたしましょう。
偽怪、誤怪の話をする前に、一応その説明を与えなければなりますまい。まず偽怪とは、人の工夫よりいろいろ作り出したる妖怪にして、あるいは利欲のため、あるいは政略のため、あるいは虚名のために、なき妖怪をあるように言い触らし、針小の妖怪を棒大に述べ立て、「一犬虚を吠えて万犬実を伝うる」などの類は、みな偽怪と申すものであります。世の中にはこの種類最も多けれども、あまり巧みにできたる分は、偽怪の化けの皮を現さずに、真物となりて伝わりております。つぎに誤怪とは、妖怪にあらざるものを誤り認めて妖怪となせるの類にして、暗夜に木骨を鬼と認め、路上に縄を蛇と誤るも、その一例であります。つぎに仮怪とは、これに物理的妖怪と心理的妖怪の二種ありて、物理的妖怪とは狐火、鬼火の類をいい、心理的妖怪とは幽霊、狐憑きの類を申します。つぎに真怪のことはすでに説明したから、再び述ぶるに及びませぬ。以上四種のうち、偽怪、仮怪、真怪をもって世界の三大怪といたします。そのときは、誤怪は偽怪のうちに合して別に立てませぬ。学問上より世界を見るときは、人間界、自然界、絶対界の三種に分けますが、この三種はまさしく余がいわゆる三大怪と合する分類であります。すなわち、偽怪は人間界の妖怪、仮怪は自然界の妖怪、真怪は絶対界の妖怪であります。ゆえに、偽怪を研究するときは、社会、人情の秘密を知ることを得、仮怪を研究するときは、万有自然の秘密を解くことを得、真怪を研究するときは、宇宙絶対の秘密を悟ることを得るわけであります。諸君がもし政治家にならんと欲せば、必ずまず偽怪を研究し、教育家にならんと欲せば、必ずまず仮怪を研究し、宗教家にならんと欲せば、必ずまず真怪を研究せられよ。これ、余が諸君に忠告するところであります。
余は先年来、日本国内を巡視して、いたるところ民間の妖怪を聞くがままに集め記し、ここにその起源を考うるに、総体の七分はシナ伝来、二分はインド伝来、残りの一分は日本固有の妖怪のように見えます。また、その種類を考うるに、十中の五は偽怪、十中の三は誤怪、残りの二分だけは仮怪の割合となります。ただし、世間には仮怪最も多きようでありますけれども、その中には偽怪、誤怪の混入せる例がたくさんでありますから、ウッカリ信ずることはできませぬ。要するに数種の妖怪中、偽怪、誤怪の類が最も多いに相違ありませぬ。果たしてしからば、世間の者は妖怪の贋物ばかりをかつぎ出し、真物はかえって知らずにおります。諺に「盲者千人に明者一人」とは、もっともの格言ではありませぬか。
かように、世の中には妖怪に贋物ばかり流行している原因をたずぬるに、全く人の奇情と迷心との二つが製造場となりて、不断種々の妖怪を造り出す故であります。奇情とはたれびとも有する好奇心のことにして、なににても見慣れず聞き慣れぬ珍しきことあれば、これを大層らしくいい立てて、人を驚かそうとする一種の癖心のことであります。迷心とは安心の反対にして、物事の道理に暗く、自分の思うようにゆかないときに、いろいろの妄想を起こして迷い出すことであります。人にこの迷心があるから、安心することができず、安心ができぬから、ますます迷うようになります。奇情の方はやや狂気じみているけれども、さほど害にはならず、かつ、おもに偽怪のみに関係しているから、やかましく論ずるにも及びませぬが、迷心の方は偽怪にも誤怪にも仮怪にも関係し、一人の利害はもちろん、国家の盛衰にも関係していることなれば、こればかりはそのままに見捨て置くわけには参りませぬ。むしろ、重箱のすみを楊子でほじくるように、隅から隅まで迷心の大掃除をいたし、もって人をして安心させてやりたいものであります。余はこれを迷信退治と名づけます。
諸君よ、今日は文明日新とか教育普及とか唱えながら、迷信の雲が依然として愚民の心天をとざしているのは、なんと申してよろしかろうか。世の天狗を気取っている学者や教育者に、おたずね申してみたいではありませぬか。麻疹の流行に際し、入り口に「鎮西八郎為朝宿」と題して、わが家には病気入ることできぬものと信じおるがごとき、隣家の失火に際し、主人自ら鎮火の祈祷を行い、ついにその家とともに焼け死ぬに至りたるがごとき、学校建築に際し、村会の第一問題は、鬼門方位の吉凶を議するがごとき、実にあきれ果てたる次第ではありませぬか。故なくして医師を取り換え、故なくして奉公を見合わせ、故なくして結婚を断り、故なくして親戚と絶交し、故なくして妻と離縁し、故なくして住居を転じ、故なくして家屋をこぼち、故なくして旅行をやめ、故なくして約束を破る等、多くはこれ迷信より起こりております。諸君よ、ナント迷信の害はここに至りて極まれりといわなければなりますまい。これを黙々に付しおきて、学者や教育者の本分が立つでありましょうか。人はとにあれかくにあれ、余はあくまで迷信退治を一身に任じて、人心の妄雲をはらい去り、真怪の明月を開きあらわし、もって光明の新天地を作り出さんことを日ごろ熱望のあまり、はからずも妖怪研究に着手することになりました。
かくして多年研究の結果、迷信は一片の迷心より起こるは申すまでもなく、迷心は畢竟するに、吉凶禍福の道理に暗きと、世態人情の意のごとくならざるとの二者より起こると考えます。言葉を換えて申さば、知識に乏しきと、意力の弱きとに起因すということであります。すでに迷心は知と意との二者の、不具もしくは病体より起こると知る以上は、これに相応の薬を与えて治療を施さば、たちまち知徳健全の人となりて、安楽の心地に至ることができるに相違ありませぬ。およそ人、ひとたび迷えば必ずその心を苦しめ、いよいよ迷えばますます苦しむは人情の常則なれば、安心の要道はその迷いを去るよりほかにはありませぬ。もし、ひとたびその迷いを去れば、苦境は一変して至楽の天国となり、百難は四散して無憂の世界となる。仏教のいわゆる娑婆即寂光とは、このことならんと思わるるほどであります。もし、さらに進んでその心地に真怪の別天地を開ききたらば、上は日月星辰より下は山川草木に至るまで、みな不可思議の光明を放ち、春花秋月はもちろん、雨夕風晨なおよく最妙極楽の光景を現し、一望たちまち快哉を叫び、手の舞い足の踏むを知らざるの妙境に達することを得るは、実に不思議中の不思議ではありませぬか。世にかかる不思議のあるを知らずして、いたずらに生死の門に迷い禍福の道に惑うは、これを評して愚中の愚と申さなければなりませぬ。あに、かなしき次第ではありませぬか。
今日、愚民の知と意との不具を療する方法は、宗教と教育との二道ありて、教育は知識を進むるを目的とし、宗教は惑情を定むるを本意とするゆえ、この二道並び行わるれば、自然に迷信を一掃することができる道理でありますけれども、その方法は内科の治療のごとく、漸々徐々にその結果を示すものなれば、あたかも靴を隔てて足を掻くがごとくに思われ、なんとなくまわり遠きように感じられます。今、迷信の弊害は旦夕に迫るありさまなれば、外科の治療のごとく、即時直接にかゆきところに手を届かするような方法がありそうに考えます。世間の学者はとかく高きを見てひくきを忘れ、近きを捨てて遠きを取るの風ありて、迷信、妖怪のごときは大いに実際上の利害あるにもかかわらず、かかる卑近のことに心を用うるは、学者の体面を汚すように思っております。また、一般の教育者は読本、算術の日課を授くるに汲々として、他を顧みるのいとまなきがごとく、たまたま閑隙ありて講学に志すものは、さほど実際に急切の関係もなきヘルバルト氏の学理を探求するをもって、教育家の能事終われりと信じ、愚民迷信の熱度四十度以上に超過せるも、さらに知らざるもののごとくに気楽を構えております。また、普通の宗教家は木魚を鳴らして伽藍を守り、死人を迎えて引導を渡すをもって、僧家の本分を尽くせりと思い、はなはだしきに至りては、檀家の機嫌を取りて、受納をふやさんことのみに心を用うるがごとき、あさましきものもあります。たまたま学事に篤志のものあれば、三界唯心とか一心三観とか、高尚の理屈ばかりを唱え、「唯識三年倶舎八年」などと気長のことばかりをいい立てて、さらに時弊に応じて教義を調合する匙加減を知らざる風情であります。ゆえに近年、教学ともに振起勃興せるにもかかわらず、民間に下りて見れば、積年の迷信依然としてその勢力をたくましくし、もって教育の進路を遮り、宗教の改良を妨ぐること、日一日よりはなはだしくなるように感じます。これ、ひとり国家のためのみならず、教学のために残念至極のことであります。余はかつて古人の詩を思い出し、
尽日尋春不見春、芒鞋蹈遍隴頭雲、帰来笑撚梅花嗅、春在枝頭已十分。
(尽日、春をたずねて春を見ず、芒鞋踏みあまねし隴頭の雲、帰り来たりて笑って梅花をひねりてかげば、春は枝頭にありてすでに十分)