32話 おばけの正体 第三二項 経をよむ古木
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今より十年前発行の『電報新聞』に、欅の怪音を発覚せし実験談を報告してあったから、これも参考のために一節だけを転載しておこう。
神奈川県中郡秦野地方の習慣として、盆の十三日の晩より三日間、毎夜祖先のお墓へ参詣し、碑前にて麦からを燃やす例あり。今を去る五年前、例の墓参をなし、碑前にて麦藁を燃やし始めしに、不思議や、墓所の後ろなる大きさ二抱えに余る古木の欅、高らかに経をよみ始めたり。されば、あまたの墓参人にわかに騒ぎ立ちて、世には不思議なこともあるものかな、欅が経をよむとはいかにも不審なることぞと寄り集まり、さらに耳をそばだてて聞きしに、なるほど経をよむ声聞こゆ。しかして、麦藁のますます盛んに燃え、パチパチとはぜるに従い、いよいよ大音を発してよみけるに、たちまち人の噂ひろまり、欅が経を唱うるぞと、われもわれもと来たり聴くもの、あたかも縁日のごとし。また、小店を張るものもあるに至れり。ようやく盆も過ぎければ、早速世話人ら集会をなし、相談のうえ欅をきることに決議ととのいたり。さて、杣をしてきらしめしに、その切り口より血潮は滴々と流れ出でたり。ますます不思議に不思議を重ねて、しきりに樹のきれるを待ちおりしに、やがて倒れたるを急ぎ見れば、欅のうしろに縞蛇の腹部より切断したると、熊蜂の大いなる巣とありたり。
つまりその原因は、欅の空洞に熊蜂が巣を作りし所へ、蛇が蜂の子を取らんとてその巣にさわり、無数の蜂が一時に鳴り出だしたる出来事である。ふくろう、みみずくのほかに、かかる樹鳴の正体もあることを注意せねばならぬ。