おばけの正体

40話 おばけの正体 第四〇項 鹿児島の怪談

1,196字 約2分 2016年6月5日 公開

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 近く大正年間になって鹿児島に起こった一怪事も、ややこれに類似している。ここに『鹿児島朝日新聞』を抜粋しようと思う。

 市内永田町、山下虎之助氏宅に過般来怪奇の出来事あり。春の日の吹く風生温(なまぬる)く、人の気も変になろうとする真っ昼間、机の上の絵の具がスーッと消えて、井戸の中に血のごとく溶けていたり、化粧瓶がひとりでに走り出したり、ハッと思うと大きな石が音もなくコロコロと座敷に転がり込んでくるという、誠に物騒千万な話。家族はとうとういたたまらず、去る八日、冷水町へ移転してヤレヤレと安心の胸なでおろし、その日ばかりは事もなく過ぎた。近隣の人も、さては家屋敷に因縁があったのだろうと(うわさ)していたが、中には行くさきざきまで気遣って、人の疝気(せんき)に気をもむ連中も少なくなかった。

 果然果然、やはり魔がさしていたのであろう。九日になると、金魚が一匹姿を消してしまった。その翌日は、下駄(げた)が一足どこへか消えた。そのまた翌十一日には、朝から茶盆大の石が縁側にコロコロッ、砂がバラバラ、障子がスー、雨戸がガタリと開く。また、石が飛び込むという物騒さ。細君が念のため記しておいたところによると、石が十一回、砂の舞い込んだことは数知れなかったという。

 この風説が伝わるや、当警察署では、いかにも奇怪千万のことなるが、とにかくなにものかの悪戯に相違なしと見当をつけ、十一日午前九時より、巡査部長ほか一名の署員、私服にて現場へ出張し、同家の内外を警戒したるが、その間も例のとおり盆大の石がコロコロ、砂がバラバラ、障子がスーッという始末に、業を煮やすこと一方ならず。種々苦心の結果、下女西桜島村武、当時市内池之上町講道学舎付近居住、新助長女坂上ツルの挙動いかにも不審の点あるを発見し、細君に計り下女に命じて台所にて湯を沸かさせ、台所口の六畳の障子をしめて、部長は畳に体をすりつけて障子の穴よりうかがい、巡査は屋外に潜みて厳重に監視しいたり。時まさに三時四十分、下女のツルはイソイソとしてやかんをさげ、戸外に出でたり。見張りの巡査いずれも目を皿のごとくにして見つむれば、こはそもいかに、ツルは赤黒きチヂレ毛を逆立て、目は異様に輝き、あたかも一寸ばかりも飛び出したごとく、口をキリリと結んで庭の片隅に赴き、飛鳥のごとく砂をつかむやいなや、屋内目掛けてバラバラッと投げ込んだ。アトはケロリとしてニヤリと破顔一笑、やかんをさげて台所に入り来たり、そこにそろえてあった巡査の表付きの下駄ヒョッとつかんだ形相のものすごさ、さすがの巡査も、ゾッと身の毛が立ったという。

 かくして、ツル女をきびしく取り調べの結果、ついに化け物の正体を現し、手品の種が分かったということだ。前に掲げた方は、恨みを晴らすとか悪戯の心から出た所業であるが、この鹿児島の出来事は、一種の発狂的に属するものである。余はこれを投石狂と名づけておいた。すなわち病的作用である。

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