45話 おばけの正体 第四五項 福島県の妖怪事件
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今一つ、投石事件につき紹介したい件がある。明治四十一年に福島県に起こった一大怪事につき、余の方へ、「出張して取り調べてもらいたい」と申し込んできたが、その詳細のありさまを聞けば、いずれのところに原因があるかを推測することができる。よって、出張せずに注意を与えておいたところが、果たして予想どおり事実が発覚した。その顛末が各県の新聞に掲げてあったが、今、左に『山形日報』の記事を抜粋しておこう。
福島県岩瀬郡白江村の農、西脇荘八方では、昨年春いずこともなく突然、屋敷へバラバラと木の実の降ってきたのをはじめとして、払暁の四時五時、夜の六時ごろから十時ごろまでの間、毎朝毎夜こぶし大の石が降ったり、台所道具が自然と座敷へ転がり出したり、種々の怪異が打ち続いて、いかに研究しても到底、人為の所為とは思われぬで、たちまち界隈の評判となり、隣村からわざわざ見物に出かける者ある始末となったが、土地の故老の語るところによると、同村の山中にはその昔、年経し老猿がすんでおって、村内の農家に種々の悪戯をしたことがあって、その当時も最初はなにものの所業ともわからなかったが、そのうち老猿の姿を発見したものがあって、村民こぞって山狩りをして、ついにこの猿を射殺したことがあるというので、今度も猿の悪戯ではあるまいかと種々研究してみたが、いかに注意しても、怪異のあるときとその前後に、猿らしい姿さえ認め得たものもない。
ところが、怪異は夏を過ぎ秋となっても継続して、ことに人語を鋭敏に聞き分けて、化け物の悪口でもいえば不思議は一層激しくなるので、評判はいよいよ高くなるばかりであるから、所轄の須賀川警察署長もすててはおけず、同家に出張して一夜研究に夜を明かしたが、この夜もやはり署長のおる座敷へバラバラと二回ほど木の実を降らしたが、その正体はついに発見されなんだ。こんな始末で、同家の家人の心痛はひととおりでなく、神の祟であろうかと加持祈祷に手を尽くしたが、それも一向効顕がなく、怪異は相変わらず継続するので、主人の荘八はそれがために、いたく神経を悩まして病臥する仕儀となった。
そこで同村の渡辺某がすこぶる同家に同情を表して、この上は井上円了博士の研究を煩わすより道はあるまいと、旧臘ことの次第を詳細博士のもとへ書き送りて、博士の出張を求めてきたが、博士は、前例によれば家人の内にこの妖怪が潜んでおるのであろうと鑑定して、まず家族一同の年齢とその性質を報道するように返事をした。それに対する先方の返答は、同家は荘八のほか、妻ふぢ、長男捨重、同人妻みな、次女よし、次男寛次郎、三男健次、孫要一、下女の九人暮らしで、病床にある主人の荘八は多く人の言を信ぜず、人が是といえば非という変人である。その他、すべて普通の田舎風の質朴な人たちで、ただ一人下女のおこうだけは、ふとりじしのどこか間の抜けた、いつでも眠っておるような女で、人が呼んでも、とき経ねば返事をせぬという風な女であるということであった。年齢は十五歳とのこと。
そこで博士は、「それでは出張するまでもない。その女の動作に注意を払え」と再びいい送ったところで、それに基づいて渡辺某がその女について研究してみると、それと手もとは見届けられぬが、怪異の起こるごとに真っ先に騒ぎ出すのはこの女で、昼間の戸外でも、この女が連れ立っておるときは、どこともなくバラバラと石の降ってくる不思議がある。そのうえ、同家に一泊した翌暁、前夜釜で煮て食い尽くしたはずの甘藷が押し丸められて、渡辺の座っているわきへゴロゴロと転がって来たときなど、どうやらこの女のいた方面から来たらしいので、いよいよこれはこの女が怪しいと注目して、この女だけを他家へ預けたところが、不思議はそれ限りはたとやんだので、もはや出張を煩わすまでもないと、このほど再応、博士のもとへ通知があった。
これで妖怪の正体も見あらわされたわけであるが、博士の言によると、石が降ったり、突然屋敷に怪火の燃え出すなどは、従来多く類例のあることで、研究した結果、その発頭人は、多く十五、六から二十歳前後の、少し間の抜けたような女であることが例であるが、これをやる当人は、多く利害得失の関係以外に精神上に異状を起こし、そのために生ずる一種の病的作用でかかる所業をするので、たびたびやるうちにその方面に著しく精神が活動して、その手段はいよいよ巧妙になり、その間にはおもしろ半分、妖怪の手伝いする酔狂人もできてくる。こうなるとおおげさになって、平生なればしまいなくしたですむものさえ、妖怪が隠したということになるもので、この病的発作の激しい女になると、不思議に行いをやった後で、自分は全くなにをしたか記憶しておらぬものさえあるが、かかる女でも二、三年、かかる所業を継続した後、全く発作前の普通の女となって一生を暮らすこともあって、畢竟これは、一時性の一種の精神病とも認めることができるのである。
これに類したる怪事が、それより数年前に山形県関山村に起こったことがあって、出張を申し込んできた。そのときも余の指示せしとおり、家族中に十九歳の白痴の者あって、その者の所為なることが発覚された。