おばけの正体

72話 おばけの正体 第七二項 川天狗

427字 約1分 2016年6月5日 公開

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 今一つ、秩父にて聞いたる奇談がある。ある夜、同じ荒川にて網漁に出かけ、ずいぶん多く魚を捕らえたる後に、川上より黒き頭だけ水面に出して流れ来たるものがあったが、非常なる強力にてその網を引き取らんとしている。猟師は思うに、これは川天狗(かわてんぐ)に相違ないと信じ、急に恐ろしくなり、せっかく捕らえたる魚類をそのまま見すてて自宅へ帰って来て、翌朝出でてその場所に至れば、網は残してあれども魚類は一尾もない。これは天狗に取られたのであるとばかり思っていた。他県ならば河童(かっぱ)というであろうが、秩父辺りでは、川の中に天狗が住んでいるということを一般に信じている。かくして、漁者は翌晩再びその場所に至り網漁を始めたるに、前夜同様に黒き頭が流れきたりて網を引き取ろうとするから、今夜は川天狗を捕らえてやれと決心し、身を水中に投じたれば、その天狗が逃げ出した。これを追っかけて捕らえて見れば近辺の者であった。魚を盗み取るために川天狗のまねをしたのである。実に人間は油断のならぬものだ。

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