2話 二
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「ははははは、旨くやりましたね、(ほんとうに中洲からお運び遊ばすんじゃあ間に橋一個、お大抵ではございません。)ッさ、え、旦那、先刻親方が帰りました時に内のお婆さんがその通りいいました。ねえ、親方、どうですお婆さん、寸分違わねえ、同一こッたい、こいつあ面白えや。」と少しかすれた声、顔をしかめながら嬉しそうに笑ったのは、愛吉といって、頬に角のある、鼻の隆い、目の鋭い、眉の迫った、額の狭い、色の浅黒い、さながら悪党の面だけれども、口許ばかりはその仇気なさ、乳首を含ましたら今でもすやすやと寐そうに見えて、これがために不思議に愛々しい、年の頃二十三四の小造で瘠ぎすなのが、中形の浴衣の汗になった、垢染みた、左の腕あたりに大きな焼穴のあるのを一枚引掛けて、三尺の帯を尻下りに結び、前のめりの下駄の、板のようになったのに拇指で蝮を拵えたが、三下という風なり。実は渡り者の下職人、左の手を懐に、右を頤にあてて傾きながら、ばりかんを使う紋床の手をその鋭い眼で睨むようにして見ているのであった。
客は向うへ足を伸して、
「そうだろう、人情は誰も同一だから言うことも違わないんだよ。」
「じゃあ何だ、内の母親もやっぱり同一ようなことを言ってましょう、ふふん、」と頤を支えたまま、頷くがごとくに言って笑を洩らす。
紋床は顔を斜に、ばりかんに頬をつけて、ちょいと撓めて、
「馬鹿をいいねえ、お前と同一にされて耐るもんか、人情は異らないでも遣り方が違ってらあな、おい、こう見えても母親にゃまだ米の値を知らせねえんだが、どうだ。」
「あれ、あんなことをいうよ、のうお槙。」と母親は傍なる女房に言葉を渡したらしい。
「ほほほほほ。」と、気の無さそうに若い女が笑った、と思うと嬰児がおぎゃあと泣く。
紋床はばりかんの歯を透して、フッと吹き、
「おっとまず黙ってあとを聞くことさ。さよう米の値は知らせねえが、そのかわり〆高で言訳をさせますか。」
「違えねえね。」
「黙れ! 手前が何だ、まあお聞きなさいまし、先生。」
客はこの近辺の場所には余り似合わぬ学生風、何でも中洲に住んでるとより外悉しくは知らないが、久しい間の花主で紋床はただ背後の私立学校で一科目預っている人物と心得て、先生、先生と謂うが、さにあらず、府下銀座通なる某新聞の記者で、遠山金之助というのである。
「どうでございます、この私に意見をしてくれろッて、涙を流して頼みましたぜ、この愛的の母親が、およそ江戸市中広しといえども、私が口から小可愧くもなく意見が出来ようというなあ、その役介者ばかりでさ、昔だと賭場の上へ裸でひッくり返ろうという奴なんで、」
「何を、詰らねえ、」
「いいえ賭博は遣りません、賭博は感心に遣りませんが、それも何幾干かありゃきっとはじめるんでさ。それに女にかからずね、もっともまあ、かかり合をつけようたッて、先様が取合わねえんですからその方も心配はありませんが、飲むんです。この年紀で何と三升酒を被りますぜ、可恐しい。そうしちゃあ管を巻いて往来でひッくり返りまさ、病だね。愛、手前その病気だけは治さないと不可えぜと、私あこれでも偶にゃあ親身になっていうんです、すると何と、殺されても恨まないから五合買っとくんなさい、とこうでしょう、言種が癪に障るじゃありませんか。」