三枚続

2話

1,351字 約3分 2012年4月8日 公開

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「ははははは、(うま)くやりましたね、(ほんとうに中洲からお運び遊ばすんじゃあ間に橋一個、お大抵ではございません。)ッさ、え、旦那、先刻(さっき)親方が帰りました時に内のお婆さんがその通りいいました。ねえ、親方、どうですお婆さん、寸分違わねえ、同一(おんなじ)こッたい、こいつあ面白えや。」と少しかすれた声、顔をしかめながら嬉しそうに笑ったのは、愛吉といって、頬に角のある、鼻の(たか)い、目の鋭い、眉の迫った、額の狭い、色の浅黒い、さながら悪党の面だけれども、口許(くちもと)ばかりはその仇気(あどけ)なさ、乳首を含ましたら今でもすやすやと()そうに見えて、これがために不思議に愛々しい、年の頃二十三四の小造(こづくり)(やせ)ぎすなのが、中形の浴衣の汗になった、垢染(あかじ)みた、左の腕あたりに大きな焼穴のあるのを一枚引掛(ひっか)けて、三尺の帯を尻下りに結び、前のめりの下駄の、板のようになったのに拇指(おやゆび)(まむし)(こしら)えたが、三下という風なり。実は渡り者の下職人(したじょくにん)、左の手を懐に、右を(おとがい)にあてて傾きながら、ばりかんを使う紋床の手をその鋭い眼で(にら)むようにして見ているのであった。

 客は向うへ足を(のば)して、

「そうだろう、人情は誰も同一(おんなじ)だから言うことも違わないんだよ。」

「じゃあ何だ、内の母親(おふくろ)もやっぱり同一ようなことを言ってましょう、ふふん、」と頤を支えたまま、(うなず)くがごとくに言って(えみ)()らす。

 紋床は顔を(ななめ)に、ばりかんに頬をつけて、ちょいと()めて、

「馬鹿をいいねえ、お(めえ)と同一にされて(たま)るもんか、人情は(かわ)らないでも()り方が違ってらあな、おい、こう見えても母親にゃまだ米の値を知らせねえんだが、どうだ。」

「あれ、あんなことをいうよ、のうお(まき)。」と母親は(かたわら)なる女房に言葉を渡したらしい。

「ほほほほほ。」と、気の無さそうに若い女が笑った、と思うと嬰児(あかんぼ)がおぎゃあと泣く。

 紋床はばりかんの歯を(すか)して、フッと吹き、

「おっとまず黙ってあとを聞くことさ。さよう米の値は知らせねえが、そのかわり〆高(しめだか)で言訳をさせますか。」

「違えねえね。」

「黙れ! 手前(てめえ)が何だ、まあお聞きなさいまし、先生。」

 客はこの近辺(ちかまわり)の場所には余り似合わぬ学生風、何でも中洲に住んでるとより外(くわ)しくは知らないが、久しい間の花主(とくい)で紋床はただ背後(うしろ)の私立学校で一科目預っている人物と心得て、先生、先生と()うが、さにあらず、府下銀座(どおり)なる(なにがし)新聞の記者で、遠山金之助というのである。

「どうでございます、この(わっし)に意見をしてくれろッて、涙を流して頼みましたぜ、この愛的の母親(おふくろ)が、およそ江戸市中広しといえども、私が口から小可愧(こっぱずかし)くもなく意見が出来ようというなあ、その役介者(やっかいもの)ばかりでさ、昔だと賭場(とば)の上へ裸でひッくり返ろうという(やっこ)なんで、」

「何を、詰らねえ、」

「いいえ賭博(ばくち)は遣りません、賭博は感心に遣りませんが、それも何幾干(いくら)かありゃきっとはじめるんでさ。それに女にかからずね、もっともまあ、かかり合をつけようたッて、先様が取合わねえんですからその方も心配はありませんが、飲むんです。この年紀(とし)で何と三升酒を(かぶ)りますぜ、可恐(おッそろ)しい。そうしちゃあ管を巻いて往来でひッくり返りまさ、(やまい)だね。愛、手前その病気だけは治さないと不可(いけね)えぜと、(わっし)あこれでも(たま)にゃあ親身になっていうんです、すると何と、殺されても恨まないから五合(ごんつく)買っとくんなさい、とこうでしょう、言種(いいぐさ)(しゃく)に障るじゃありませんか。」

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