3話 三
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愛吉は何にもいわず、腕を拱いて目を外して、苦言一針するごとに、内々恐縮の頸を窘める。
紋床は構わず棚下、
「活きるか死ぬかというこれが情婦だったって、それじゃ愛想を尽しましょう、おまけにこれが行く先は、どこだって目上の親方ばかりでさ、大概神妙にしていたって、得て難癖が附こうてえ処でその身持じゃあ、三日と置く気遣はありやしません。もっとも三日なんて置こうものなら、はじめの日は朝寝をして、次の夜は内をあけて、三晩目には持遁をしようというもんだ。」
「まさか、」といって客の金之助は仰向けに目を瞑る。
愛は小指のさきで耳朶をちょいと掻いて、
「酷いなあ、親方。」
「まあそういった形よ、人情は同一だから、」
「何が人情、」
「そうじゃないか、だってお前真似をするにも好いことはしたがらねえだろう、この間もね、先生、お聞きなさいまし。そういう風だから山手も下町も、千住の床屋でまで追出されやあがって、王子へ行きますとね、一体さきさき渡がついてるだけにこちとらの稼業はつきあいが難かしゅうがす、それだのにしばらく仕事をさしてもらおうというその初対面の許で、宿の中ほどの硝子戸をあけると、突然、私あ忙しい身体でござえして……とこうさ。
どうです言種は、前かど博徒の人殺兇状持の挨拶というもんです。それでなくッてさいこの風体なんですもの、懐手でぬッと入りゃ、真昼中でもねえ先生、気の弱い田舎なんざ、一人勝手から抜出して総鎮守の角の交番へ届けに行こうというんでしょう。
この頃は閑だからと、早速がりを食って奴さん行処なし、飲んだ揚句なり、その晩はとうとうお宮の縁の下に寝ましたッさ。この真似もまた宜しくねえてね。
仕方がねえんで舞戻って例のごとく親方済みません、が呆れたもんです。そうして私が忙しい体でござえして、とこういう塩梅に遣ッつけました。目を円くして驚きゃあがって、可笑しゅうがしたぜ、飛んだ面白えやと、それを嬉しがっていやあがる、始末におえねえじゃアありませんか。それがまた似合うんです、ちょいとこんな風、」と紋床も好事なり、ばりかんを持ったままで仕事の最中。
「成程、」といって金之助も故とらしく振返った。
愛は極悪げに、
「親方沢山だ、何も身振までするこたアありません。」と愛くるしい件の口許で、べそを掻くような(へ)の字形。
「私にゃ素直だから可愛いんですがね。どうだこう改って言われちゃあ余り見ッとも好いこッちゃあるめえ、ちっと気をつけるが可いぜ、え、愛的。」
「可いやさ、罷違えばという覚があるから世の中を何とも思わんだろう、中々可い腕があるんだっていうじゃあないか。片腕ッていう処だが、紋床の役介者は親方の両腕だ、身に染みて遣りゃ余所行の天窓を頼まれるッて言っていたものがあるよ、どうだい。」
「へ、……どういたして、こうなると私あ極が悪い、」と面を背けて、たじたじになった罪の無さ。
「ここらで発起をするこッた、また三晩ばかしあけたというじゃあないか。あのここな、」というのがちと仮声になりかけたので、この場合吃驚し、紋床は声を呑んでくすりと笑う。
「ですがね親方、今度ばかりゃ、」と愛吉は屹と真面目。