三枚続

32話 三十二

1,184字 約2分 2012年4月8日 公開

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「そこでお夏さんだ、どうなすったろう。(わっし)がこの慌て方じゃあ二階に残った女(れん)気絶(ひきつけ)たかも分らない。お夏さんはお夏さんで、雛を大切に取出しそうな権幕だったが、火急にも何にも内裏様一個(ひとつ)抱く時分にゃあ、火の粉を(かぶ)んなすったに違いがないと、さあ、心配になって(たま)りません。

 矢でも鉄砲でも火事場へ飛んで帰って、お夏さんの様子を見ようと、引返そうとすると、抱えている(とり)なんです。

 先刻(さっき)のあの場合にも、愛吉鶏をッてお()いなすった、どうしよう、これをまあ。

 葛籠(つづら)長持と違って、人の(うち)(ほうり)ッ放しに預けて来られるんじゃあなし、(かば)って持っていた日にゃあ、人混(ひとごみ)の中だってうっかり歩行(ある)かれるんじゃあねえ。火の中から助け出したばかりで、跡をお去らばにして可い位なら、お夏さんがお頼みはなさるまいし、(わっし)だって頼まれる程の事じゃあなし、困りましたね、どうも、(なん)しろ活物(いきもの)だから始末が悪かったろうじゃアありませんか。

 人通のない土手だって、軍鶏ばかり置いて行きゃ、どこへ()っちまうも知れたもんじゃアありませずね。見りゃ溜池の中に舟もあったし、材木もありましたが、水死人(どざえもん)を捜すように鶏を(うか)しとく(すう)じゃありませず、持扱いましたね、全く気が気じゃあなかったんで、一羽抱え込んで跣足(はだし)で池の縁をまごまごしてる風ッてのはありません、我ながら薄ぼんやり、どうしてるのかと思いました。

 火事はまだ(さかん)です。

 すると灰のように薄赤い向うの路へ影がさして、四五人一列(ひとならび)になって来るのがあります。土手を横に切って、あれから埋地にかかった橋の、欄干が真中(まんなか)で切れて水へ折れ込んでいようという、ぺんぺん草の生えてる(たもと)へ寄って、渡ろうとする時分にゃあ私が居る間近になったから見えました。

 真先(まっさき)が女で、二番目がまた女、あとの二人がやっぱり女、みんな顔の色が変ってまさ、島田か銀杏返(いちょうがえし)か、がッくり根が抜けて、帯を引摺(ひさず)ってるのがありますね、八口の切れてるのがありますね、どれもどれも小刻みに、歩行(ある)くと(から)むのは燃立つでしょう。

 一人々々(てんでてんで)に人形だの、雛の道県だのを持ってる、三人目の、内裏様を一対、両手に持って、袖で掻合して胸に押着(おッつ)けていたのがお夏さん、夜目にも確か、深川中探したって、およそその位なのはないのですからね、……助かった。

 つかつかと()け寄って、背後(うしろ)から、ちょうど橋の真中へその一組のかかったのを、やあ、と私あ嬉し紛れに頓興(とんきょう)な声を懸けました。

 (きっ)と立留って、黙って私を見なすった、その時のようにお夏さんの、あんな気高い(すご)い顔を見たことはありませんでしたよ。(びん)の毛も乱れています、それに、場所がそんなでしょう、天を焦す(あかり)でしょう。つい目の前にあの、愛吉、鶏をッて謂いなすった二階の景色が見えるのに、急に変ってそれなんでしょう、こりゃ死んだ魂が(すぐ)とここへ映るのか、そうでなけりゃお夏さんの守護をして、緋の袴の連中が火の中から化けて来たのだ。」

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