33話 三十三
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「ちょうどその時分下火になったと見えまして、雲が颯とかかったように、一面赤かった中へ黒味がさしましたわ、女連の姿は消えたよう、お夏さんばかりが判然と、ぱっちりとした目の色も見えて、私が手の鶏を御覧なすったが、何、あとのは張詰めた気が弛んだか、足取が乱れて、あっちへふらり、こっちへひょろり、一人は危険な欄干に凭れかかりましたし、もう一人は何の事はない、そこへ打坐ってしまったんです。手を取って起して見りゃ、松ッていう女中なんで、怪しいも怪しくないも、場所だって不思議はありません。
全体この橋も、池を渡った向うも、旧はやっぱりその時分の勝山さんぐらいな御大家の庭だったんで、橋がまた庭の景色の一ツだったそうですが、馬、車なんざ思いも寄らず、人ッ子だって通りやしません。ただね、材木を組んで筏を拵えて流して来るのが、この下を抜ける時、どこでも勝手次第に長鍵を打込んで、突張って、潜るくらいなもので、旦那が買置なすった。その中綺麗にして、藤棚の池へ倒れ込んでるのなんぞ直したら、お夏さんの祈祷所みたようのもの、勝山さんだけの弁天様の堂を建立しようなんてね、いっていなすった、その埋地へ遁げて来たんでさ。考えて見るとそれなんですが、不意に打つかった時はこの世のことじゃあないように思いましたよ。」
「大分涼しくなって来た。」と金之助は袖を合せて、想い出したように言いつつも、頷き頷き聞くのである。
「へい、凄いような雨でございましたね、私あどうなるんだ知らんと、お話をいたします内に気が変になりましたっけ、可い塩梅でございます。
いいえ、私ばかりじゃあなかったんで、火事場では、官女が前後を取巻いて、お夏さんが東の方に、通ったと謂う評判で、また勝山が焼けるちっとばかり前、緋の袴を穿いた素白な姿の者が、ちょうどその屋根の上あたりを走るのを、汐見橋の上で見た者がある、前兆だなんて種々なことを謂ったもんです。
ようよう夜が夜の色になって、湿っぽい風が吹いて来ると、御新造様、それから旦那が、あとさきになって、女中が三人、私とお夏さんと、お雛様と軍鶏の居るそこの埋地へお見えなさいましたが、どなたも箸一本持っちゃあいらっしゃらないんで、追々集った、番頭小僧、どれも不残着のみ着のまま。
もっとも私が二階を飛下りると、入違いに旦那と御新造様がお夏さんの処へ駆け上んなすったッけ、傍に居た女中は助けてくれというんでしょう。手を合せてただ拝む程とちってるのに、袂のさきを口に啣えてお夏さんは悠々とお雛様を片附けていらしったってね、皆来い、お夏が死ぬ、お雛様だけ出しておくれと、お二人が一生懸命。
それですもの。
こういいますと、お夏さんが我儘三昧、親御は甘いばっかりに聞えましょう、けれども因縁事なんですよ、だって勝山のものといったら、池に浮してあった材木まで焼けッちまいましたから。業の火とかいうんですな、恐しいじゃアありませんか。
それでね、一度その埋地で家中が寄ったが最後で、あとはもうちりちりばらばら。」