三枚続

33話 三十三

1,246字 約2分 2012年4月8日 公開

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「ちょうどその時分下火になったと見えまして、雲が(さっ)とかかったように、一面赤かった中へ黒味がさしましたわ、女連の姿は消えたよう、お夏さんばかりが判然(はっきり)と、ぱっちりとした目の色も見えて、私が手の鶏を御覧なすったが、何、あとのは張詰めた気が(ゆる)んだか、足取が乱れて、あっちへふらり、こっちへひょろり、一人は危険(けんのん)な欄干に(もた)れかかりましたし、もう一人は何の事はない、そこへ打坐(ぶっすわ)ってしまったんです。手を取って起して見りゃ、松ッていう女中なんで、怪しいも怪しくないも、場所だって不思議はありません。

 全体この橋も、池を渡った向うも、(もと)はやっぱりその時分の勝山さんぐらいな御大家の庭だったんで、橋がまた庭の景色の一ツだったそうですが、馬、車なんざ思いも寄らず、人ッ子だって通りやしません。ただね、材木を組んで(いかだ)(こせ)えて流して来るのが、この下を抜ける時、どこでも勝手次第に長鍵(ながかぎ)打込(ぶちこ)んで、突張(つっぱ)って、(くぐ)るくらいなもので、旦那が買置(かっとき)なすった。その(うち)綺麗にして、藤棚の池へ倒れ込んでるのなんぞ直したら、お夏さんの祈祷所(きがんじょ)みたようのもの、勝山さんだけの弁天様の堂を建立しようなんてね、いっていなすった、その埋地へ()げて来たんでさ。考えて見るとそれなんですが、不意に()つかった時はこの世のことじゃあないように思いましたよ。」

大分(だいぶん)涼しくなって来た。」と金之助は袖を合せて、想い出したように言いつつも、(うなず)き頷き聞くのである。

「へい、凄いような雨でございましたね、(わっし)あどうなるんだ知らんと、お話をいたします内に気が変になりましたっけ、()塩梅(あんばい)でございます。

 いいえ、私ばかりじゃあなかったんで、火事場では、官女が前後(あとさき)を取巻いて、お夏さんが東の方に、通ったと謂う評判で、また勝山が焼けるちっとばかり前、緋の袴を穿()いた素白(まっしろ)な姿の者が、ちょうどその屋根の上あたりを走るのを、汐見橋(しおみばし)の上で見た者がある、前兆だなんて種々(いろん)なことを謂ったもんです。

 ようよう夜が夜の色になって、湿っぽい風が吹いて来ると、御新造様、それから旦那が、あとさきになって、女中が三人、私とお夏さんと、お雛様と軍鶏の居るそこの埋地へお見えなさいましたが、どなたも(はし)一本持っちゃあいらっしゃらないんで、追々集った、番頭小僧、どれも不残(のこらず)着のみ着のまま。

 もっとも私が二階を飛下りると、入違いに旦那と御新造様(ごしんさん)がお夏さんの処へ駆け上んなすったッけ、(はた)に居た女中は助けてくれというんでしょう。手を合せてただ拝む程とちってるのに、(たもと)のさきを口に(くわ)えてお夏さんは悠々とお雛様を片附けていらしったってね、(みんな)来い、お夏が死ぬ、お雛様だけ出しておくれと、お二人が一生懸命。

 それですもの。

 こういいますと、お夏さんが我儘三昧(わがままさんまい)、親御は甘いばっかりに聞えましょう、けれども因縁事なんですよ、だって勝山のものといったら、池に浮してあった材木まで焼けッちまいましたから。(ごう)の火とかいうんですな、恐しいじゃアありませんか。

 それでね、一度その埋地で家中(うちじゅう)が寄ったが最後で、あとはもうちりちりばらばら。」

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