39話 三十九
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溝石で路を劃って、二間ばかりの間の軒下の土間に下りた、蔵人は踏留まるがごとくにして、勇ましく衝と立ったが、秋風は静々と町の一方から家毎の廂を渡って来て、ちょうどこの小さな散際の柳を的に、柳屋へ音信れたので、葉が一斉に靡くと思うと、やがて軍鶏の威毛を戦き揺いで、それから鶏を手から落した咄嗟の、お夏の水髪を二筋三筋はらはらと頬に乱して、颯と吹いてそのまま寂寞。
この名残であろう、枝に結えた賽ころは一ツくるりと廻って、三が出て、柳の葉がほろりと落ちた、途端に高く脚をあげて、軍鶏は店前をとッとッと歩行き出した。
お夏は片手をついて腰をかけて、土間なる駒下駄の上へ一片の雪かとばかり爪先をかけて、うっかりとなった。フトその飼鶏を念頭から奪い去られたのであろう、もの思をする人の常として、こうは思いがけずしばしば心を失うのである。
その間に軍鶏の健脚は、猫の額のごとき店頭を往復することをもって満足が出来なくなった。
かつて黒旋風愛吉をして、お夏の一諾を重ぜしめ、火事のあかりの水のほとりで、夢現の境に誘った希代の逸物は、制する者の無きに乗じて、何と思ったか細溝を一跨ぎに脊伸びをして高々と跨ぎ越して、小路の真中へずっと出て、あたかも西側を離れて、これから東側へ廻ろうとして、狭い町の屋根と屋根との中空へ来た、月の下にすっくとこそ。
土蔵の前に集った一団の人の驚きは推するに余りある次第であろう。
渠等が額を集め、鼻を合せ、呼吸をはずませて、あたかも魔界から最後の戦を宣告されたように呶々している、忌むべき宵啼の本体が、十間とは間を措かず忽然として顕れたのであったから。
あまつさえ這個の怪禽は、月ある町中へつッ立つと斉しく、一振りふって首を伸して、高く蒼空を望んでまた一声、けい引おう! と叫んだ。
これをしも忌み且つ恐れたる面々は、鳴声があとを引いて、前町裏町すべて界隈の路地の奥、土蔵の隅、井戸の底、屋根裏、階子の下、三階、額の裏、敷居、鴨居の中までも遠く響いて押拡がって行くに連れて、次第に霧が起り、月がかくれて、ほとんど名状すべからざるありさまに変ずるがごとく見て取った。
鶏鳴暁を報ずる時、夜のさまが東雲にうつり行く状は、いつもこれに変らぬのであるけれども、月さえやや照し初めたほどの宵の内に何事ぞ。
宵啼をもって、火の神の町を焼く前駆とする者の心には、その声の至る処、路地の奥、土蔵の隅、井戸の底、屋根裏、階子の下、三階、額の裏、敷居、鴨居の中までも、燃えんとして火気の蔓り伝わる心地がして、あわれ人形町は柳屋の店を中心として真黒な地図に変ずるのであろうと戦慄した。
「ワッ!」
古浴衣を蹴返して転がるように駆出したのは、町内無事の日参をするという、嘉吉が家の婆様じゃ。