三枚続

39話 三十九

1,139字 約2分 2012年4月8日 公開

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 溝石で路を(くぎ)って、二間ばかりの間の軒下の土間に下りた、蔵人は踏留まるがごとくにして、勇ましく()と立ったが、秋風は静々と町の一方から家毎(やごと)(ひさし)を渡って来て、ちょうどこの小さな散際(ちりぎわ)の柳を(あて)に、柳屋へ音信(おとず)れたので、葉が一斉に(なび)くと思うと、やがて軍鶏の威毛(おどしげ)(おのの)(ゆら)いで、それから鶏を手から落した咄嗟(とっさ)の、お夏の水髪を二筋三筋はらはらと頬に乱して、(さっ)と吹いてそのまま寂寞(ひっそり)

 この名残(なごり)であろう、枝に結えた(さい)ころは一ツくるりと廻って、三が出て、柳の葉がほろりと落ちた、途端に高く脚をあげて、軍鶏は店前(みせさき)をとッとッと歩行(ある)き出した。

 お夏は片手をついて腰をかけて、土間なる駒下駄の上へ一片(ひとひら)の雪かとばかり爪先をかけて、うっかりとなった。フトその飼鶏を念頭から奪い去られたのであろう、もの(おもひ)をする人の常として、こうは思いがけずしばしば心を失うのである。

 その間に軍鶏の健脚は、猫の額のごとき店頭(みせさき)を往復することをもって満足が出来なくなった。

 かつて黒旋風愛吉をして、お夏の一諾(いちだく)(おもん)ぜしめ、火事のあかりの水のほとりで、夢現(ゆめうつつ)の境に(いざな)った希代の逸物(いちもつ)は、制する者の無きに乗じて、何と思ったか細溝を一跨(ひとまた)ぎに脊伸びをして高々と跨ぎ越して、小路の真中へずっと出て、あたかも西側を離れて、これから東側へ廻ろうとして、狭い町の屋根と屋根との中空へ来た、月の下にすっくとこそ。

 土蔵の前に集った一団の人の驚きは推するに余りある次第であろう。

 渠等(かれら)が額を集め、鼻を合せ、呼吸(いき)をはずませて、あたかも魔界から最後の(たたかい)を宣告されたように呶々(どど)している、忌むべき宵啼の本体が、十間とは間を措かず忽然(こつぜん)として(あらわ)れたのであったから。

 あまつさえ這個(しゃこ)の怪禽は、月ある町中へつッ立つと(ひと)しく、一振りふって首を(のば)して、高く蒼空(あおぞら)を望んでまた一声、けい引おう! と叫んだ。

 これをしも忌み且つ恐れたる面々は、鳴声があとを引いて、前町裏町すべて界隈(かいわい)の路地の奥、土蔵の隅、井戸の底、屋根裏、階子(はしご)の下、三階、額の裏、敷居、鴨居(かもい)の中までも遠く響いて押拡がって()くに連れて、次第に霧が起り、月がかくれて、ほとんど名状すべからざるありさまに変ずるがごとく見て取った。

 鶏鳴(けいめい)暁を報ずる時、夜のさまが東雲(しののめ)にうつり行く(さま)は、いつもこれに変らぬのであるけれども、月さえやや(てら)()めたほどの宵の内に何事ぞ。

 宵啼をもって、火の神の町を焼く前駆とする者の心には、その声の至る処、路地の奥、土蔵の隅、井戸の底、屋根裏、階子の下、三階、額の裏、敷居、鴨居の中までも、燃えんとして火気の(はびこ)り伝わる心地がして、あわれ人形町は柳屋の店を中心として真黒(まっくろ)な地図に変ずるのであろうと戦慄(せんりつ)した。

「ワッ!」

 古浴衣を蹴返して転がるように駆出したのは、町内無事の日参をするという、嘉吉が(とこ)の婆様じゃ。

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