三枚続

46話 四十六

1,259字 約3分 2012年4月8日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

「だから(わっし)がいつでも言うんじゃございませんか、荒いことは軍鶏と私とで引受(ひきうけ)ますッて。ですから私におっしゃるまで、我慢をしていなさらなけりゃ不可(いけ)ません、まったくですよ。御新造様(ごしんさん)がどんなに心配をなさるか知れません、()うがすかい。」

「それでも打棄(うっちゃ)って置くと殺されるじゃあないか、(とり)を寄越せって()うんだもの。」

「そりゃもう。いえ、済んだ事は仕方がありませんが、これからもあることです、これからの事ですよ。だって先刻(さっき)も私が来合せましたから()かったようなものの、どうして立至った場合なら、貴女一人で叶いっこがありますか。どうせ叶わねえので見りゃ、怪我なんぞなさらない方が割方(わりかた)でございましょう、威張ったって婦人(おんな)だ、何をし得るもんですか。ねえ、」

「はい、さようでございますよ。」

「そら、御覧なさい。」と愛吉は説破し得たりという顔であった。

「愛吉、」

「へい。」

「私が来たから可いようなもののと、お言いだがね。」

「ええ、さようさ。」

「私はそうとは思いません、」と莞爾々々(にこにこ)する。

 怪訝(けげん)顔色(かおつき)で、

「はてね。」

「私は巡査(おまわり)さんが見えたからそれで助かったと思いますよ。」

「や、成程。」

「どうだい。」

「へへへへへへ、一言(ひとこと)もござなく、……」

 続けさまに天窓(あたま)を掻き、

「ですがね、お嬢さん。」

「ああ。」

(わっし)も深川のお宅へ泣込んで参りました時のように、いつも弱くばかしはございませんぜ。あの頃は何でもこう二三人とは謂いませんや、一人でも向うへ廻して、わッというと、」

 愛吉はぎょッとする仕方をして、

「もう目がくらみました。何、どんな目に合おうかと危険(けんのん)だから(ふさ)ぐんで、卑怯(ひきょう)生命(いのち)(おし)いと思うんじゃありませんけれども、さぞ痛かろうと、あらづもりをするんでさ。」

「まあ、」

「もっとも、何ですか、一寸さきは分らないといった工合で、からだらしがありませんでしたが、段々()れて来てお前さん、この頃じゃあ、立身(たちみ)になりましょうと、喧嘩の虫が声を(かけ)ると、それから明るくなりますぜ。そら拳固だ、どッこい足蹴(あしげ)だ、おっとその手を食うものか、その内に一人つんのめるね、ざまあ見やがれと、一々合点(がってん)が出来ますだろう。どうです、強くなった証拠ですぜ。親方も言いましたっけ、(なぐ)りあいに目を塞がないようになりゃ、喧嘩流の折紙だって、もうちっと年紀(とし)を取って功を積んで来ると、極意皆伝奥許(おくゆるし)と相成ります。へ、」

「おやおやそうすると。」

「喧嘩をしませんとさ。」

「何、」

「極意皆伝奥許というのは喧嘩をしない事ですとさ、何のこッた詰らない。」

 と愛吉は何か詰らなそう。

「ほんとうに詰らない、」

「いえ、ところが(わっし)にゃあ不可(いけ)ません、お嬢さんなんざ何でも分っていなさるんだから、はじめから幾らも皆伝になられます、荒っぽい気をお出しなすっちゃあ不可(いけ)ませんぜ。」

「ああ、だからお前も喧嘩の話はおよし、お前の話というときっと喧嘩の事だよ。」

 と淡泊(あっさり)したことを謂いながら、物足りなそうな、済まぬらしい、愛吉の様子を眺めて、もの優しく、

「おもしろい話をお聞かせな、私も(さみし)いからゆっくりおし。そして、煙草(たばこ)がなくば上げようか。」

目次に戻る

目次