46話 四十六
読み方を変える
「だから私がいつでも言うんじゃございませんか、荒いことは軍鶏と私とで引受ますッて。ですから私におっしゃるまで、我慢をしていなさらなけりゃ不可ません、まったくですよ。御新造様がどんなに心配をなさるか知れません、可うがすかい。」
「それでも打棄って置くと殺されるじゃあないか、鶏を寄越せって謂うんだもの。」
「そりゃもう。いえ、済んだ事は仕方がありませんが、これからもあることです、これからの事ですよ。だって先刻も私が来合せましたから宜かったようなものの、どうして立至った場合なら、貴女一人で叶いっこがありますか。どうせ叶わねえので見りゃ、怪我なんぞなさらない方が割方でございましょう、威張ったって婦人だ、何をし得るもんですか。ねえ、」
「はい、さようでございますよ。」
「そら、御覧なさい。」と愛吉は説破し得たりという顔であった。
「愛吉、」
「へい。」
「私が来たから可いようなもののと、お言いだがね。」
「ええ、さようさ。」
「私はそうとは思いません、」と莞爾々々する。
怪訝な顔色で、
「はてね。」
「私は巡査さんが見えたからそれで助かったと思いますよ。」
「や、成程。」
「どうだい。」
「へへへへへへ、一言もござなく、……」
続けさまに天窓を掻き、
「ですがね、お嬢さん。」
「ああ。」
「私も深川のお宅へ泣込んで参りました時のように、いつも弱くばかしはございませんぜ。あの頃は何でもこう二三人とは謂いませんや、一人でも向うへ廻して、わッというと、」
愛吉はぎょッとする仕方をして、
「もう目がくらみました。何、どんな目に合おうかと危険だから塞ぐんで、卑怯に生命が惜いと思うんじゃありませんけれども、さぞ痛かろうと、あらづもりをするんでさ。」
「まあ、」
「もっとも、何ですか、一寸さきは分らないといった工合で、からだらしがありませんでしたが、段々馴れて来てお前さん、この頃じゃあ、立身になりましょうと、喧嘩の虫が声を懸ると、それから明るくなりますぜ。そら拳固だ、どッこい足蹴だ、おっとその手を食うものか、その内に一人つんのめるね、ざまあ見やがれと、一々合点が出来ますだろう。どうです、強くなった証拠ですぜ。親方も言いましたっけ、撲りあいに目を塞がないようになりゃ、喧嘩流の折紙だって、もうちっと年紀を取って功を積んで来ると、極意皆伝奥許と相成ります。へ、」
「おやおやそうすると。」
「喧嘩をしませんとさ。」
「何、」
「極意皆伝奥許というのは喧嘩をしない事ですとさ、何のこッた詰らない。」
と愛吉は何か詰らなそう。
「ほんとうに詰らない、」
「いえ、ところが私にゃあ不可ません、お嬢さんなんざ何でも分っていなさるんだから、はじめから幾らも皆伝になられます、荒っぽい気をお出しなすっちゃあ不可ませんぜ。」
「ああ、だからお前も喧嘩の話はおよし、お前の話というときっと喧嘩の事だよ。」
と淡泊したことを謂いながら、物足りなそうな、済まぬらしい、愛吉の様子を眺めて、もの優しく、
「おもしろい話をお聞かせな、私も淋いからゆっくりおし。そして、煙草がなくば上げようか。」