三枚続

45話 四十五

1,217字 約2分 2012年4月8日 公開

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「何でございますか、向うの嘉吉さんの(とこ)の婆さんが気が()れて戸外(おもて)へ飛び出したもんですから、(みんな)で取押えるッて騒いだんですよ。」

 とお夏は自若としていって真顔で居る、愛吉は苦笑(にがわらい)、また苦笑。

「そうかい、飛んだこッたね、そしてどうなりました。」

「火事だ火事だといって表町の方へ駆出して行きましたっけ、しばらくすると角の交番のお巡査(まわり)さんが連れて戻りましたよ。」

 自分かかり合のことは丸抜にして言い紛らした。お夏は母親の前を繕ったのであるが、しかし事実で。

 先刻(さっき)ちょうど来合せた愛吉が、常に口にするよう、お夏の癇癪を引受けて、町内の人々と言い争い、すわや、掴合(つかみあい)の始りそうになった時、あたかも可し、婆を捕えて、かの嬰児(あかんぼ)を抱いた女房を従えて、嘉吉の宅へ届けるため、角の交番から出張したのか、見ると騒動、コヤコヤと叱り(とど)めて、所得税を納める者まで入交って、腕力沙汰は、おい、何事じゃい。

 双方聞合せて、仔細(しさい)が分ると、仕手方の先見(あきらか)なり、(ステッキ)差配(おおや)さえ取上げそうもないことを、いかんぞ洋刀(サアベル)(うなず)くべき。

 各々(めいめい)自分勝手な迷信から、他人の持物を侵そうとする、それも方角が悪いといって、掃溜の置場所を変えよとでも謂うことか、(とり)を殺そうとは沙汰の限り。

 なお人一人、それがためにと申立てるが、鶏の宵啼(よいなき)で気が違うほどの者は、犬が吠えると気絶をしよう、理非を論ずる次第でない。火事だ、火事だと駆け廻って、いや火の玉のような奴、かえってその方が物騒じゃ、家内の者注意怠るな、一同の者、きっと叱り置くぞ、早々引取りませい、とお(さば)きあり。

 あっちでもこっちでもぶつぶつがらがら、口小言やら格子の音。靴の(ひびき)が遠ざかって、この横町は(しずか)になったが、嘉吉が家ではなおばたばたするので、うるさいと謂って、お夏が半蔀(はんしとみ)を愛吉に(おろ)さした、その内に蔵人は(もと)(ねや)煙管(きせる)もそっと、母親の枕許へ、それで事済(ことずみ)となったのであるが、()つきなり殊に(やまい)の疲れ、知らぬと思っていた母親に尋ねられて、お夏は落着いても、胸は騒いだのであるけれども、これも案ずるより産むが安かった。

「愛吉、」

「ええ、」

 無言で目を合せていて、やがてのこと。

「あの、母様(おっかさん)。」

 黙って返事がないから、

「寐なすったよ。」

 (まなこ)を《みは》って呼吸(いき)(こら)した、愛吉は(ほっ)とばかり、

()塩梅(あんばい)(たしか)ですか。」とそッという。

「始終すやすやしていらっしゃる、先刻(さっき)もよく寐ていなすった様だっけ。」

「それであの煙管などを持出して、ほんとうにあれを揮舞(ふりまわ)すつもりでございましたか。」

「むむ、」とお夏は打頷(うちうなず)く。

 愛吉驚いた風で、

「途方もねえ。」

「私にだって一人や二人は()てようじゃあないか。」

「飛んでもねえ。」

 お夏は澄したもので、

不可(いけな)いかしら?」

「不可いたって、可いたって、そんな身体(からだ)で、あの中へ揉込まれて、串戯(じょうだん)じゃアありませんぜ。髪の毛でもつかまったらどうします。」

「まあ、」

「ええ?」

「そうね。」とわけもなく合点(がってん)する。

 愛吉は乗出して、

呑気(のんき)じゃあ困りますな。」

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