三枚続

8話

1,222字 約2分 2012年4月8日 公開

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「はあ、貴方(あなた)がその勝山さんのお使(つかい)?」と大人(うし)紅革(べにかわ)夏蒲団(なつぶとん)の上に泰悠におわす。此方(こなた)は五ツ紋の肩をすぼめるまで謹んで、

「さようでございます、へい。」

「御親類の方ですかね。」

「いえ、親類と申しますでもございませんが、ちと懇意に致しますもので、ついこの坂下まで手前用事で参りましたに就いて、彼家(あちら)から頼まれまして、先生様の御邸へ伺いますように、かねてお世話に相成ります御礼を申上げますよう、またどうぞ何分お願い申上げまするようにと、ことづかりましたんで、へい、めっきりお暑うございますな、」といいながら、(たもと)を探ると白地の手拭(てぬぐい)を取出して額を拭った。

「はあ、何、それはわざわざ。」

「実は母親が参ります(はず)なんでございますが、一体このとかく病身な上、貧乏暇なし、手もございません処から、相済みませんが失礼をいたしまして、」といいかけてまた額の汗を。見る処人形町居廻りから使に頼まれたというが堅気(かたぎ)商人(あきんど)とも見えず、米屋町辺の手代とも見えず、中小僧という柄にあらず、書生では無論ない。年若には似ない克明な口上振、時々ものいいの渋るといい、何でも口うつしに口上を習って路々暗誦でもして来たものらしい。

 かかる肌違(はだちがい)のものに対しては、鴨川大人口を開いて、あえて(かみ)五文字をも吐くに当らず、

「はあ、」とばかりである。

 葭戸を下の方から(そっ)と開けて、大形の茶碗の底へ、ぽっちり入った結構らしいのを、畳の上へ(すべ)らすようにして客の前に推して据えた、高島田の面長で色の白い、品の()い、高等な中形の浴衣、帯をお太鼓に結んだ十九ばかりの美人。

 五ツ紋の青年(わかもの)は、(ななめ)にちょっと見たばかりで、はッと言って(こうべ)を下げ、

「恐入ります奥様、ええお控え下さいまし、手前から申上げます、日本橋区人形町通、」と俯向(うつむ)いたまま手をついて言った。

 茶を持って出た美人は、敷居の外へ半分ばかり出した膝を揃えて()いたまま、呆気(あっけ)に取られたが、上目づかいで鴨川の(おもて)(うかが)うと、(かれ)は目を(ねむ)って俯向きながら、頤髯(あごひげ)のむしゃとある中へ苦笑を包んで、

()し、」と(うなず)いて見せたので、葭戸を()ててすっと消える。

「小間使でありますよ。」と教えたが、(たま)りかねたか、ふふと笑った。青年(わかもの)茫然(ぼんやり)拍子抜のした顔を上げた時、奥の(かた)で女の笑声。

 此方(こなた)は面を赤うして、手拭を持った手を額にあて、

「これはどうも、手前不束(ふつつか)ものでございます、へい、実は奥様にはお目に(かか)ってよく御礼をと申しつけられましたものでございますから。ええ、何でございましょうか、奥様はお邸でいらっしゃいましょうか。」

「はあ、()りますが。」

「いかがでございましょう、ちょいとお目に、」と御身分(おみぶん)柄、お家柄、総じては日本の国風を心得ないことを言うのである。

 鴨川は眉を(ひそ)めたが、さあらぬ調子で、

「面会日は別にあるです。」

「へい?」

「あれが皆様に別に面会しますのは水曜の午後です。」

「水曜の午後でございますか。」

 鴨川は至極冷淡に、

「はあ、」

 五ツ紋の青年(わかもの)は何か仔細(しさい)ありげに、不心服の色を(あら)わした。

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