比島投降記 ある新聞記者の見た敗戦

23話 AB

1,320字 約3分 2017年3月17日 公開

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 頭文字をAとする兵隊三人と知合になった。AB――が陸軍、AS――とAR――とが海軍である。

 ラロの仮収容所から、病院の一部がアパリの海岸に移転し、僕は病院の通訳をすることを命じられた。はじめは、新聞社の同人H君が行くというので、僕は安心していたが、どういう訳か、突然「別のインタープレター出て来い」という声がかかり、あわてて装具をまとめて、入口へ走って行ったのである。

 中型の幌トラックは、もうエンジンをかけていた。両側のベンチには、衛生兵と一般使役兵とが、ぎっしり腰をかけている。装具を中央に投げ込み、すこし席を譲って貰って一番端っこに腰を下すと、あまり若くない兵隊がやって来て、僕の真向に窮屈そうに腰をかけた。二枚目ばりではないが、しっかりした、いい顔をしている。そればかりか態度がとても真面目なのである。自動小銃を膝によこたえ、端然として腰をかけている。トラックは国道五号線を北へ走った。概ね良好な道路だが、所々に穴があいている。ある場所でトラックは猛烈にバウンドし、僕は天井に頭をぶつけた。警乗兵は「おい、ドライバー、気をつけてくれよ。そっちはよくっても後の方にはひどく来るからな」といい、僕の顔を見てニコリと笑った。

 ABとはこんな風にして知合になったが、その後ほとんど毎日彼に会った。本当は、会わないで済めば、それに越したことはなかったのである。というのが、彼はいつからか、病死者の遺骸を運搬する役を引受けていたからである。

 病院での僕の仕事の一つは、毎朝八時現在の報告書を出すことだった。それまでの二十四時間に、何人が入院し、退院し、死亡したかが、報告書の主要点であり、死亡者は氏名、階級、病名をも書きこむ。この報告書を持って、事務所テントへ行くと、本部へ電話で申告し、死亡者のある場合には、その日の中にトラックが迎えに来る。死骸は古い担架にのせ、毛布をかぶせて、トラックに積みこむのだが、十中八九素足が毛布からはみ出し、これまた十中八九マラリアか、あるいはマラリアを併発しての病気なので、黄色い皮膚が南国の太陽に照らされ、いたましい光景を呈するのを常とした。親しい戦友か、あるいは常備使役の兵隊が四人、スコップと十字鍬を持って乗りこむ。埋葬地はどこか、とにかく、病院や収容所からは見えぬ所にあった。

 アパリの収容所事務を扱ったのは、独立水陸両用戦車大隊の一中隊であった。ABは戦車の運転手だったそうで、いわば歴戦の勇士なのだが、実に物静かで、黙々と死体の運搬をやった。いやな仕事に違いないのに、いやな顔をするでもなし、文句をいうでもなかった。

 ある時、死亡した患者の遺骸を、埋葬するまで、日陰に安置しておいたのではあるが、暑気が激しいので、早くも臭いがして来て、埋葬に行く日本の兵隊が「くさいくさい」という程だったが、ABは何ともいわず、僕の前を通る時右手をハンドルから外して、鼻のさきの空気を払いのける手つきをして見せただけである。表情たっぷりな米国人としては、珍しいといわねばならぬ。すぐ愛人の写真を見せたり、家庭の事情を話したりする兵隊が多いのに、ABは最後までそんなことをしなかった。いかにも大人という感じだった。

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