軽井沢で

1話 軽井沢で

567字 約1分 1999年2月15日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 黒馬に風景が(うつ)つてゐる。

     ×

 朝のパンを石竹(せきちく)の花と一しよに食はう。

     ×

 この一群(ひとむれ)の天使たちは蓄音機(ちくおんき)のレコオドを翼にしてゐる。

     ×

 町はづれに栗の木が一本。その下にインクがこぼれてゐる。

     ×

 青い山をひつ()いて見給へ。石鹸(せつけん)が幾つもころげ出すだらう。

     ×

 英字新聞には黄瓜(かぼちや)を包め。

     ×

 誰かあのホテルに蜂蜜を塗つてゐる。

     ×

 M夫人――舌の上に(てふ)が眠つてゐる。

     ×

 Fさん――(ひたひ)の毛が乞食(こじき)をしてゐる。

     ×

 Oさん――あの口髭(くちひげ)駝鳥(だてう)の羽根だらう。

     ×

 詩人S・Mの言葉――(すすき)の穂は毛皮だね。

     ×

 或牧師の顔――(へそ)

     ×

 レエスやナプキンの中へずり落ちる道。

     ×

 碓氷(うすひ)山上の月、――月にもかすかに(こけ)が生えてゐる。

     ×

 H老夫人の死、――霧は仏蘭西(フランス)の幽霊に似てゐる。

     ×

 馬蝿(うまばへ)は水星にも(むらが)つて行つた。

     ×

 ハムモツクを額に感じるうるささ。

     ×

 (かみなり)胡椒(こせう)よりも(から)い。

     ×

巨人(きよじん)椅子(いす)」と云う岩のある山、――(またた)かない顔が一つ見える。

     ×

 あの家は桃色の歯齦(はぐき)をしてゐる。

     ×

 羊の肉には羊歯(しだ)の葉を添へ給へ。

     ×

 さやうなら。手風琴(てふうきん)の町、さようなら、僕の抒情詩(ぢよじやうし)時代。

(大正十四年稿)

目次に戻る

感想を書く

目次