光籃

1話 光籃

5,442字 約11分 2009年5月27日 公開

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 田舎(いなか)の娘であらう。縞柄(しまがら)も分らない筒袖(つつっぽ)古浴衣(ふるゆかた)に、煮染(にし)めたやうな手拭(てぬぐい)頬被(ほおかぶ)りして、水の中に立つたのは。……それを()のまゝに見えるけれど、如何(いか)に奇を好めばと云つても、女の形に案山子(かかし)(こしら)へるものはない。

 盂蘭盆(うらぼん)すぎの()い月であつた。風はないが、白露(しらつゆ)(あし)に満ちたのが、穂に似て、細流(せせらぎ)に揺れて、(しずく)が、青い葉、青い茎を(つたわ)つて、点滴(したたる)ばかりである。

 町を流るゝ大川(おおかわ)の、(しも)小橋(こばし)を、もつと此処(ここ)は下流に成る。やがて(かた)へ落ちる川口(かわぐち)で、()の田つゞきの小流(こながれ)との(あいだ)には、一寸(ちょっと)高く(きず)いた塘堤(どて)があるが、初夜(しょや)過ぎて町は遠し、村も(しずま)つた。場末の湿地で、藁屋(わらや)(わび)しい(ところ)だから、塘堤一杯の月影も、破窓(やれまど)をさす(まずし)い台所の棚の明るい(おもむき)がある。

 遠近(おちこち)の森に()む、(きつね)(たぬき)か、と見るのが相応(ふさわ)しいまで、ものさびて、のそ/\と歩行(ある)く犬さへ、(はり)を走る古鼠(ふるねずみ)かと疑はるゝのに――

ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――

ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――

 小豆(あずき)あらひと云ふ変化(へんげ)を想はせる。……夜中に洗濯の音を立てるのは、小流(こながれ)に浸つた、案山子(かかし)同様の其の娘だ。……

 (きり)()田川(たがわ)の水を、ほの(じろ)い、(ざる)()き/\、泡沫(あわ)を薄青く(すく)ひ取つては、細帯(ほそおび)につけた(びく)の中へ、ト腰を(ひね)(ざま)に、ざあと、光に照らして移し込む。

ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――

 おなじ事を繰返す。腰の影は(あし)の葉に浮いて、さながら黒く踊るかと見えた。

 町の方から、がや/\と、(おんな)まじりの四五人の声が、浮いた跫音(あしおと)とともに塘堤(どて)をつたつて、風の(とま)つた影燈籠(かげどうろう)のやうに近づいて、

「何だ、何だ。」

「あゝ、()つてるなあ。」

 と、なぞへに蘆の上から、下のその小流(こながれ)を見て、一同に立留(たちどま)つた。

「うまく()るぜ。」

「真似をする(ところ)は、狐か、狸だらうぜ。それ、お前によく似て居らあ。」

可厭(いや)。」

 と甘たれた声を揚げて、男に摺寄(すりよ)つたのは(わか)い女で。

(かわうそ)だんべい、水の中ぢや。」

 と、いまの若いのの声に浮かれた調子で、(つら)渋黒(しぶくろ)くニヤ/\と笑つて、あとに立つたのが、のそ/\と出たのは、一(ちょう)()と、かんてらをぶら下げた年倍(としばい)な船頭である。

 此の(ただ)一つの(ともしび)が、四五人の真中へ入つたら、影燈籠(かげどうろう)は、再び月下に、其のまゝくる/\と廻るであらう。

ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――

 髪を当世にした、濃い白粉(おしろい)の大柄の年増(としま)が、

「おい、(ねえ)さん。」

 と、肩幅広く、塘堤(どて)ぶちへ(あら)はれた。立女形(たておやま)が出たから、心得たのであらう、船頭め、かんてらの()を、其の胸のあたりへ突出(つきだ)した。首抜(くびぬき)浴衣(ゆかた)に、浅葱(あさぎ)(こん)石松(いしまつ)伊達巻(だてまき)ばかり、寝衣(ねまき)のなりで来たらしい。()(てら)されると、眉毛(まゆげ)は濃く、顔は(おおき)い。此処(ここ)から余り遠くない、場末の某座(ぼうざ)に五日間の興行に大当りを取つた、安来節座中(やすぎぶしざちゅう)女太夫(おんなたゆう)である。

 あとも一座で。……今夜、五日目の大入(おおいり)()ねたあとを、(すず)みながら船を八葉潟(やつばがた)へ浮べようとして出て来たのだが、しこみものの(すし)煮染(にしめ)(びん)づめの酒で月を見るより、心太(ところてん)か安いアイスクリイムで、蚊帳(かや)で寝た方がいゝ、あとの女たちや、雑用宿(ぞうようやど)宿場(しゅくば)(うか)()(ほか)の男どもは誰も来ない。また来ない方の人数(にんず)が多かつた。

「おい、お(まい)さん。」

 と、太夫(たゆう)年増(としま)は、つゞけて鷹揚(おうよう)に、娘を呼んだ。

 (ながれ)案山子(かかし)は、……ざぶりと、手を()めた。が、少しは気取りでもする事か、棒杭(ぼうぐい)(ひっ)かゝつた菜葉(なっぱ)の如く、たくしあげた(すそ)の上へ、据腰(すえごし)(ざる)を構へて、頬被(ほおかぶ)りの(おもて)を向けた。目鼻立(めはなだち)は美しい。で、()れ/\として(つや)ある(はぎ)は、蘆間(あしま)に眠る白鷺(しらさぎ)のやうに霧を分けて白く長かつた。

「感心――なか/\うまいがね、少し手が違つてるよ。……さん子さん、一寸(ちょっと)(うた)つてお()り。村方(むらかた)で真似をするのに、いゝ手本だ。……まうけさして(もら)つた礼心(れいごころ)に、ちゃんとした(ところ)を教へてあげよう。置土産(おきみやげ)さ、さん子さん、お唄ひよ。」

可厭(いや)(かわうそ)に。……気味が悪いわ、口うつしに成るぢやないの。」

 と(わか)いのが首とともに肩を振る。

「獺に教へれば、芸の威光さ。ぢやあ、私が唄ひながら。――()いかい、――安来(やすぎ)千軒(せんげん)名の出た(ところ)……」

 もう(もっと)微酔(ほろよい)機嫌で、

「さあ、()つて御覧よ。……(どじょう)すくひさ。」

「ほゝゝ。」

 と娘は(ただ)笑つた。

 月にも、霧にも、(ながれ)の音にも、一座の声は、果敢(はか)なき(ひとりむし)のやうに、ちら/\と乱るゝのに、娘の笑声(わらいごえ)のみ、水に沈んで、月影の森に遠く響いた。

一寸(ちょっと)、お遣りつたら。」

「ほゝゝ。」

「笑つてないでさ、()いかい。――鰌すくひの骨髄と言ふ(ところ)を教へるからよ。」

「あれ、私はな、鰌すくふのでござんせぬ。」

「おや、何をしてるんだね。」

「お月様の影を(すく)ひますの。」

 と空を仰いで言つた。蘆の葉の(つゆ)は輝いたのである。

「月影を……」

「あはゝ、などと言つて、此奴(こいつ)、色男と共稼ぎに汚穢(おわい)()りの稽古(けいこ)で居やがる。」

 と色の黒い小男が笑出(わらいだ)すと、角面(かくづら)の薄化粧した座長、でつぷりした男が、

「月を()んで(なん)にするんだ。」

「はあ、(やみ)()の用心になあ。」

 此奴(こいつ)薄馬鹿(うすばか)だと思つたさうである。(あと)での話だが――(ちょっ)(きつね)()いて居るとも思つたさうで。……そのいづれにせよ、此の容色(きりょう)なら、肉の白さだけでも、客は引ける。金まうけと、座長の角面はさつそくに思慮(ふんべつ)した。()誘拐(いざな)ふに()()らない。

「分つた/\、えらいよお(まい)は――暗夜(やみよ)の用心に月の光を(すく)つて置くと、(ざる)の目から、ざあ/\()ると、(びく)から、ぽた/\流れると、ついでに愛嬌(あいきょう)はこぼれると、な。……此の位世の中に理窟(りくつ)の分つた事はねえ。感心だ。――(ところ)でな、おい、(あね)え。おなじ月影を汲むなら、そんなぢよろ/\水でなしに、(かた)へ出て、そら、ほつと霧のかゝつた、あの、其処(そこ)の山ほど大きく汲みな。一所(いっしょ)に来な、連れて行くぜ。」

 女太夫(おんなたゆう)に目くばせしながら、

「俺たちは、その月を見に潟へ出るんだ。――一所に来なよ、御馳走(ごちそう)も、うんとあらあ。」

「ほう、来るか/\、猫よりもおとなしい。いまのまに出世をするぜ、いゝ()だ、いゝ()だ。」

 と黒い小男が(はや)した。

 娘は、もう(あし)を分けて出たのである。(つゆ)にしつとりと(しな)へた姿も、水には()れて居なかつた。

 すぐ川堤(かわづつみ)を、十歩(とあし)ばかり戻り気味に、下へ、大川(おおかわ)下口(おりくち)があつて、船着(ふなつき)に成つて居る。時に三艘(さんぞう)ばかり(ながれ)に並んで、岸の猫柳に浮いて居た。

三界万霊(さんがいまんりょう)諸行無常(しょぎょうむじょう)。)

 (ねずみ)にぼやけた白い旗が、もやひに(から)んで、ひよろ/\と(ただよ)ふのが見えた。

「おや/\、塔婆(とうば)も一本、流れ灌頂(かんちょう)と云ふ奴だ。……大変なものに乗せるんだな。」

 座長が(まっ)さきにのりかゝつて、ぎよつとした。三艘(さんぞう)のうちの、一番大形(おおがた)に見える真中の船であつた。

 が、(ふな)べりを()めて()ふやうに、船頭がかんてらを入れたのは、端の方の古船(ふるぶね)で。

旦那(だんな)此方(こっち)だよ。……へい、(それ)は流れ灌頂ではござりましねえ。昨日(きのう)盂蘭盆(うらぼん)川施餓鬼(かわせがき)がござりましたでや。」

「流れ灌頂と兄弟分だ。」

可厭(いや)だわねえ。」

一蓮托生(いちれんたくしょう)と、さあ、(みんな)乗つたか。」

 と座長が(さば)く。

小父(おじ)さん、船幽霊(ふなゆうれい)は出ないこと。」

 と若い女が、ぢやぶ/\、ぢやぶ/\と乗出(のりだ)す中に、(おび)えた声する。

 ()げたのだらう。月に青道心(あおどうしん)のやうで、さつきから(だんま)()老人(としより)が、

「船幽霊は大海(だいかい)のものだ。(かた)にはねえなあ。」

「あれば生擒(いけど)つて銭儲(ぜにもう)けだ。」

 ぎい、ちよん、ぎい、ちよんと、(どて)の草に蟋蟀(きりぎりす)の紛れて鳴くのが、やがて分れて、大川に(ただ)()の音のみ、ぎい、と響く。ぎよ、ぎよツと鳴くのは五位鷺(ごいさぎ)だらう。

「なむあみだぶつ。あゝ、いゝ月だ。」

 と(さび)しく()つた、青道心の(じじい)の頭は、ぶくりと白茄子(しろなす)が浮いたやうで、川幅は左右へ(ひら)け、船は霧に包まれた。

「変な、月のほめやうだな、はゝゝ。」

 と座長は笑ひ消しつつ、

「おい、(ねえ)や、()うした。」

 と言ふ。水しやくひの娘は、()いた玉子(たまご)を包みあへぬ、あせた緋金巾(ひがなきん)掻合(かきあわ)せて、()が赤い(うお)(くわ)へたやうに、(みよし)にとぼんと(とま)つて薄黒い。通例だと卑下をしても、あとから乗つて(とも)の方にあるべき(はず)を、勝手を知つた土地のものの所為(せい)だらう。()しなに、川施餓鬼(かわせがき)で迷つた時、船頭が入れたかんてらの火より(さき)に乗つて、舳にちよこなんと控へたのであつた。

 実は、(これ)は心すべき事だつた。……船につくあやかしは、魔の影も、鬼火も、燃ゆる(りん)も、可恐(おそろし)き星の光も、皆、ものの尖端(せんたん)へ来て(かか)るのが例だと言ふから。

 やがて、其の(しるし)がある。

 時に、さすがに、娘気(むすめぎ)慇懃心(いんぎんごころ)か、あらためて呼ばれたので、頬被(ほおかぶ)りした手拭(てぬぐい)を取つて、(うつ)むいた。

「あら、きれい。」

「まあ、光るわねえ。」

 安来(やすぎ)ぶしの(おんな)は、驚駭(おどろき)の声を合せた。

一寸(ちょっと)、何、其の(かんざし)は。」

 銀杏返(いちょうがえし)もぐしや/\に、(つか)んで(たば)ねた黒髪に、琴柱形(ことじがた)して、晃々(きらきら)()ほ月光に照映(てりか)へる。

「お見せ。」……とも言はず、女太夫(おんなたゆう)が、間近(まぢか)から手を(のば)すと、逆らふ(さま)もなく、頬を横に、(びん)柔順(すなお)に、(ひざ)の皿に手を置いて、

「ほゝゝゝゝ。」

 と、薄馬鹿(うすばか)馬鹿笑(ばかわらい)に笑つたのである。

 年増(としま)は思はず、手を引いて、

「えゝ、何だねえ、気味の悪い。」

 生暖(なまぬる)い、(なまぐさ)い、いやに(つめた)く、かび臭い風が、(さっ)と渡ると、()(こぼ)すやうに月前(げつぜん)灰汁(あく)(かか)つた。

 川は(みっ)つの瀬を一つに、どんよりと落合(おちあ)つて、八葉潟(やつばがた)の波は、なだらかながら、(やっ)つに打つ……星の()(うず)んだ銀河が流れて漂渺(ひょうびょう)たる月界に()らんとする、(あたか)(かた)へ出口の(ところ)で、その一陣の風に、曇ると見る()に、(むらが)りかさなる黒雲(くろくも)は、さながら(すそ)のなき滝の虚空(こくう)(みなぎ)るかと(あやし)まれ、暗雲(あんうん)(たちま)ち陰惨として、灰に血を()ぜた雨が飛んだ。

「船頭さん/\。」

「お船頭々々。」

 と青坊主(あおぼうず)は、異変を恐れて、船頭に敬意を表した。

(とま)があるで。」

「や、苫どころかい。」

「あれ、降つて来た、降つて来た。」

 声を聞いて、飛ぶ(さぎ)を想つたやうに、(なみ)(はね)が高く(あお)る。

「着けろ、着けろ、早くつけてくれ。」

 昼は潟魚(かたうお)(いち)も小さく立つ。――村の若い衆の遊び(どこ)へ、艪数(ろかず)三十とはなかつたから、船の難はなかつた。が、堤尻(どてじり)駈上(かけあが)つて、掛茶屋(かけぢゃや)を、やゝ念入りな、間近(まぢか)(いち)ぜんめし屋へ飛込(とびこ)んだ時は、此の十七日の月の気勢(けはい)()めぬ、さながらの闇夜(あんや)と成つて、(しの)つく雨に風が(すさ)んだ。

 (わび)しい電燈さへ、一点燭(いってんしょく)の影もない。

 めし屋の亭主は、行燈(あんどう)とも、蝋燭(ろうそく)とも言はず、真裸(まっぱだか)(あわ)(まど)つて、

「お仏壇へ線香ぢや、線香ぢや。」

 と、ふんどしを絞つて(わめ)いた。

 (かか)田舎(いなか)も、文明に()れて、近頃は……余分には蝋燭の用意もないのである。

「……()うだ、(あね)え。()う言ふ時だ、(しゃく)つた月影は()うしたい。」

 と、座長の角面(かくづら)がつゞけ(ざま)舌打(したうち)をしながら言つた。

真個(ほんとう)だわ。」

「まつたくさ。」

 太夫(たゆう)たちも声を合せた。

 不思議に、蛍火(ほたるび)の消えないやうに、小さな(かんざし)のほのめくのを、雨と風と、人と水の()と、入乱(いりみだ)れた、真暗(まっくら)土間(どま)(かすか)に認めたのである。

「あゝ、うつかりして忘れて居ました。船へ置いて来た、取つて来ませう。」

「ついでに、重詰(じゅうづめ)を願ひてえ。一升罎(いっしょうびん)(さら)つて来た。」

 と黒男(くろおとこ)が、うは(ごと)のやうに言ふ()もあらせず、

「やあ、水が来た、波が来た。……薄馬鹿(うすばか)が水に乗つて来た。」

 と青坊主(あおぼうず)がひよろ/\と爪立(つまだ)つて逃げあるく。

「お仏壇ぢや、お仏壇ぢや、お仏壇へ線香ぢや。」

「はい、取つて来ましたよ。」

 と言ふ、娘の手にした(びく)(あふ)れて、()く影は、青いさゝ(がに)の群れて輝くばかりである。

「光を……月を……影を……今。」

 と(りん)と言ふと、畚を取つて身構へた。向へる壁の(すす)(やれ)めも、はや、ほの明るく映さるゝそのたゞ中へ、(たもと)を払つてパツと投げた。()は一面に白く光つた、古畳(ふるだたみ)の目は(ひと)(びと)つ針を植ゑたやうである。

「あれ。」

可恐(こわ)い、(いなびかり)。」

 と女たちは、(はい)りもやらず、土間(どま)から(かまち)へ、(せな)、肩を橋にひれ伏した。

「ほゝゝ、可恐(こわ)いの?」

 娘は(しずか)に、其の壁に向つて立つと、指をしなやかに(かんざし)を取つた。照らす光明(こうみょう)(まさ)()る、簪は小さな(おの)であつた。

 斧を取つて、(ただ)一面の光を、端から、(ちょう)と打ち、丁と削り、こと/\こと/\と(たた)くと、その削りかけは、はら/\と、光る柳の葉、輝く(かつら)の実にこぼれて、(たたみ)にしき、土間(どま)に散り、はた(かつ)うつくしき工人の腰にまとひ、肩に乱れた。と見る/\風に従つて、皆消えつつ、やがて、一輪、寸毫(すんごう)(たが)へざる十七日の月は、壁の(おもて)(かか)つたのである。

 残れる、其の柳、其の桂は、(たま)にて()へる白銀(しろがね)(みの)の如く、(かいな)の雪、白脛(しらはぎ)もあらはに長く、斧を片手に、(てのひら)にその月を捧げて立てる姿は、(かた)も川も(つま)さきに(さば)く、銀河に紫陽花(あじさい)花籠(はなかご)を、かざして立てる女神(じょしん)であつた。

 (かえり)みて、

「ほゝゝ。」

 微笑(ほほえ)むと(ひと)しく、姿は消えた。

 壁の裏が行方(ゆくえ)であらう。その破目(やれめ)に、十七日の月は西に傾いたが、(よる)深く照りまさつて、(ぬぐ)ふべき霧もかけず、雨も風もあともない。

 ()へる(つた)白露(しらつゆ)が浮いて、村遠き森が沈んだ。

 皎々(こうこう)として、夏も覚えぬ。夜ふけのつゝみを、一行は舟を捨てて、(なまず)と、(ぼら)とが、寺詣(てらまいり)をする(さま)に、しよぼ/\と辿(たど)つて帰つた。

ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――

ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――

「しいツ。」

此処(ここ)だ……」

先刻(さっき)(ところ)。」

 と、声の下で、(ささや)きつれると、船頭が真先(まっさき)に、続いて青坊主(あおぼうず)()つに()つたのである。

 ――(のち)に、一座の女たち――八人居た――楽屋一同、(そろ)つて、()を磨いた(おの)(かんざし)をさした。が、(よる)()ると、油、白粉(おしろい)(ふち)に、()の乱るゝ如く、黒髪を散らして七転八倒(しちてんばっとう)する。

「痛い。」

「痛い。」

「苦しい。」

「痛いよう。」

「苦しい。」

 (ただ)一人……(はぎ)すらりと、色白く、面長(おもなが)な、目の(すず)しい、年紀(とし)十九で、(うた)もふしも(なん)にも出来ない、総踊(そうおど)りの時、半裸体に(みの)をつけて、(かい)をついてまはるばかりのあはれな娘のみ、(おの)(かざ)して仔細ない。髪にきら/\と輝くきれいさ。

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