麻を刈る

3話 麻を刈る(3)

4,141字 約8分 2018年2月2日 公開

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 佐久間玄蕃(さくまげんば)中入(なかいり)懈怠(けたい)のためか、柴田勝家(しばたかついへ)(しづ)(たけ)合戰(かつせん)(やぶ)れて、()城中(じやうちう)一息(ひといき)湯漬(ゆづけ)所望(しよまう)して、悄然(せうぜん)(きた)(さう)へと()ちて()く。ほどもあらせず、(かち)()つたる秀吉(ひでよし)一騎驅(いつきが)けに(うま)()せると、(こし)より(さい)()(いだ)し、さらりと()つて、()れは筑前守(ちくぜんのかみ)ぞや、又左(またざ)又左(またざ)鐵砲(てつぱう)()つなと、大手(おほて)城門(じやうもん)(ひら)かせた、大閤(たいかふ)大得意(だいとくい)場所(ばしよ)だが、そんな(ゆめ)()ず、(もだ)()かした。翌朝(よくてう)まだ薄暗(うすぐら)かつたが、七時(しちじ)()つた(くるま)が、はずむ酒手(さかて)もなかつたのに、()()午後(ごご)九時(くじ)()ふのに、金澤(かなざは)町外(まちはづ)れの茶店(ちやみせ)()いた。屈竟(くつきやう)(わか)(をとこ)()ふでもなく年配(ねんぱい)車夫(くるまや)である。一寸(ちよつと)話題(わだい)には()らうと(おも)ふ、武生(たけふ)から()道程(みちのり)(じつ)二十七里(にじふしちり)である。――深川(ふかがは)(くるま)永代(えいたい)()さないのを()見得(みえ)にする……と()つたもので、上澄(うはずみ)のいゝ(ところ)()つて(かす)(ゆづ)る。(きやく)から()めて()つた賃銀(ちんぎん)(あたま)でつかちに(つか)んで(しり)つこけに仲間(なかま)(おと)すのである。そんな辣腕(らつわん)(たち)(ちが)つても、都合上(つがふじやう)勝手(かつて)よろしき(ところ)(くるま)()へるのが道中(だうちう)習慣(ならはし)で、出發點(しゆつぱつてん)で、(とほ)し、と()めても、そんな約束(やくそく)(とほ)さない。が、親切(しんせつ)車夫(くるまや)は、その(しん)ずるものに()つて、(たの)まれた(きやく)(わた)すまでは、建場々々(たてば/\)を、幾度(いくたび)物色(ぶつしよく)するのが好意(かうい)であつた。で、十里(じふり)十五里(じふごり)大抵(たいてい)()く。廿七里(にじふしちり)()のうちに()()つたのには(はじ)めて出逢(であ)つた。……

 不忍(しのばず)(いけ)懸賞(けんしやう)づきの不思議(ふしぎ)競爭(きやうさう)があつて、滿都(まんと)(さわ)がせた(こと)がある。()(いけ)内端(うちわ)に《まは》つて、一周圍(ひとまはり)一里強(いちりきやう)だと()ふ。()(いけ)を、(あさ)()から日沒(につぼつ)まで、歩調(ほてう)遲速(ちそく)(ろん)ぜぬ、大略(おほよそ)十五時間(じふごじかん)(あひだ)に、(いくまは)りか、()囘數(くわいすう)(おほ)いのを(もつ)勝利(かち)とする。……間違(まちが)つたら、(ゆる)しツこ、たしか、(たう)時事新報(じじしんぱう)(もよほ)しであつたと(おも)ふ。……二人(ふたり)ともまだ玄關(げんくわん)()たが、こんな(こと)大好(だいすき)だから柳川(やながは)見物(けんぶつ)參觀(さんくわん)か、參觀(さんくわん)した。「三人(さんにん)ばかり(たふ)れて()たよ、驅出(かけだ)すのなんざ一人(ひとり)()ない、……(みん)()(うで)()んで、のそり/\と(くさ)()んで歩行(ある)いて()たがね、あの(くさ)()むのが祕傳(ひでん)ださうだよ、(なか)にはぐつたりと(くび)()れて(なん)とも分別(ふんべつ)(あま)つたと()(かほ)をして()たのがあります。見物(けんぶつ)(やま)(まち)一杯(いつぱい)さ。けれども、(なん)機掛(きつかけ)もなしに、てくり/\だから、()()(へん)()がした。――眞晝間(まつぴるま)(つき)ものがしたか、(ばか)されてでも()るやうで、そのね、(ふさ)()んだ(をとこ)なんざ、少々(せう/\)氣味(きみ)(わる)かつた。(なに)しろ(みな)顏色(かほいろ)()(さを)です」――此時(このとき)選手(せんしゆ)第一(だいいち)(しやう)()たのは、(いけ)をめぐること三十幾囘(さんじふいくくわい)翌日(よくじつ)發表(はつぺう)されて、(とし)は六十に(あま)る、()(らう)神行太保戴宗(しんぎやうたいほたいそう)は、加州(かしう)小松(こまつ)住人(ぢうにん)、もとの加賀藩(かがはん)飛脚(ひきやく)であつた。

 頃日(このごろ)()く――當時(たうじ)唯一(ゆいつ)交通機關(かうつうきくわん)江戸(えど)三度(さんど)(とな)へた加賀藩(かがはん)飛脚(ひきやく)規定(さだめ)は、高岡(たかをか)富山(とやま)(とまり)親不知(おやしらず)五智(ごち)高田(たかだ)長野(ながの)碓氷峠(うすひたうげ)()えて、松井田(まつゐだ)高崎(たかさき)江戸(えど)板橋(いたばし)まで下街道(しもかいだう)百二十里半(ひやくにじふりはん)――丁數(ちやうすう)四千三十八を、早飛脚(はやびきやく)滿五日(まんいつか)(ふゆ)短日(たんじつ)(おい)てさへこれに(くは)ふること(わづか)一日(いちじつ)二時(にとき)であつた。常飛脚(じやうひきやく)(なつ)三月(さんぐわつ)より九月(くぐわつ)まで)の十日(とをか)――滿八日(まんやうか)(ふゆ)十月(じふぐわつ)より二月(にぐわつ)まで)の十二日(じふににち)――滿十日(まんとをか)(べつ)として、()(はや)(はう)一日(いちにち)二十五里(にじふごり)家業(かげふ)だと()ふ。家業(かげふ)奮發(ふんぱつ)すれば、あと三里(さんり)五里(ごり)(はし)れようが、それにしても、不忍池(しのばずいけ)三十幾囘(さんじふいくくわい)――(いは)んや二十七里(にじふしちり)()づけの車夫(くるまや)豪傑(がうけつ)であつた。()つたものに(とく)はない。が、(ほとん)奇蹟(きせき)()はねばならない。

 が、()(かほ)(おぼ)えず、(をし)むらくは()()かなかつたのは、(ちゝ)のなくなつた()めに血迷(ちまよ)つたばかりでない。幾度(いくたび)越前街道(ゑちぜんかいだう)往來(ゆきき)()れて、(ちん)さへあれば、(くるま)はひとりで驅出(かけだ)すものと心得(こゝろえ)()たからである。しかし、()上下(じやうげ)には、また隨分(ずゐぶん)難儀(なんぎ)もした。

 炎天(えんてん)(うみ)(なまり)()かして、とろ/\と(ひとみ)()る。(かぜ)は、そよとも()かない。斷崖(だんがい)(いは)(しほ)(けづ)つて(した)()す。(やま)には()()(かげ)もない。(くさ)いきれは(まぼろし)(けむり)()く。八月(はちぐわつ)上旬(じやうじゆん)……()敦賀灣(つるがわん)眞上(まうへ)(かうかく)たる岨道(そばみち)を、(くるま)大日枝山(おほひだやま)(よぢ)たのであつた。……

 上京(じやうきやう)して、はじめの歸省(きせい)で、それが病氣(びやうき)のためであつた。其頃(そのころ)學生(がくせい)肺病(はいびやう)(むすめ)()てた。書生(しよせい)脚氣(かつけ)年増(としま)にも()かない。今以(いまもつ)()きも()てもしないだらうから、御婦人方(ごふじんがた)には内證(ないしよう)だが、(じつ)脚氣(かつけ)で。……(しか)大分(だいぶ)手重(ておも)かつた。(おも)いほど、ぶく/\とむくんだのではない、が、乾性(かんせい)(しよう)して、その、()せる(はう)(かへつ)(たち)(わる)い。

 午飯(おひる)に、けんちんを()べて()いた。――(なつ)(こと)だし、先生(せんせい)令夫人(れいふじん)心配(しんぱい)をなすつて、お實家方(さとかた)がお醫師(いしや)だから、玉章(ふみ)(いたゞ)いて出向(でむ)くと、診察(しんさつ)して、打傾(うちかたむ)いて、(また)一封(いつぷう)返信(へんしよ)(さづ)けられた。寸刻(すんこく)(はや)轉地(てんち)を、と()ふのだつたさうである。(わたし)は、(いま)もつて、(けつ)してけんちんを()はない。江戸時代(えどじだい)草紙(さうし)(なか)に、(まつ)もどきと()料理(れうり)がある。たづぬるに(くは)しからず、宿題(しゆくだい)にした(ところ)近頃(ちかごろ)神田(かんだ)(そだ)つた或婦(あるをんな)(をし)へた。茄子(なす)茗荷(めうが)と、油揚(あぶらあげ)清汁(つゆ)にして、薄葛(うすくづ)()ける。至極(しごく)經濟(けいざい)惣菜(そうざい)ださうである。(いさゝ)かけんちんに()()るから、それさへも(とほ)(おもんぱか)る。

 重湯(おもゆ)か、薄粥(うすがゆ)(あるひ)麺麭(パン)少量(せうりやう)()はれたけれども、汽車(きしや)で、そんなものは()られなかつた。乘通(のりとほ)しは危險(きけん)だから。……で、米原(まいばら)(とま)つたが、羽織(はおり)()ない少年(せうねん)には、(かゆ)()てくれぬ。()()から翌日(よくじつ)。――

 ――いま、(くるま)日盛(ひざか)りを乘出(のりだ)すまで、(ほとん)(くち)にしたものはない。直射(ちよくしや)する()(ひか)りに、(くるま)(さか)(なや)んで(ほろ)()けぬ。洋傘(かうもり)()たない。()(たて)(ふゆ)鳥打帽(とりうちばう)ばかりである。(わたし)(かた)呼吸(いき)(あへ)いだ。(あまつさ)辿(たど)(むか)大良(だいら)(たけ)峰裏(みねうら)は――此方(こちら)(ひとりむし)ほどの(くも)なきにかゝはらず、巨濤(おほなみ)(ごと)(くも)(みね)眞黒(まつくろ)()つて、怨靈(をんりやう)鍬形(くはがた)差覗(さしのぞ)いては()えるやうな電光(いなびかり)(やま)()(くう)()つた。――動悸(どうき)(をど)つて、心臟(しんざう)()けむとする。

 (わたし)は、先生(せんせい)(なつ)嘉例(かれい)として(くだ)すつた、水色(みづいろ)(きぬ)べりを(とつ)た、はい原製(ばらせい)(すゞ)しい扇子(あふぎ)を、(ひざ)()めて、(むね)(しか)()つて車上(しやじやう)居直(ゐなほ)つた。(しか)して(だい)()つて極暑(ごくしよ)一文(いちぶん)(こゝろ)(あん)じた。(とつ)! 心頭(しんとう)滅却(めつきやく)すれば(なん)とかで、(さと)れば(さと)れるのださうだけれど、(あつ)いから(あつ)い。(さと)ることなんぞは(いま)もつて大嫌(だいきら)ひだ。……

(なんぢ)炎威(えんゐ)(たゝか)へ、(うみ)(やま)(くさ)(いし)白熱(はくねつ)して、(なんぢ)(まなこ)(くら)まんとす。()て、()痩躯(そうく)をかつて、(そで)(かざ)して病魔(びやうま)(たて)せよ。隻手(せきしゆ)(はら)つて()()()れ。(たゝか)ひは(よわ)し。(あし)はふるふとも、(こゝろ)(そら)(はせ)よ。(しか)らずんば……

 などと、いや()うも氣恥(きはづ)かしいが、其處(そこ)(たふ)れまいと、一生懸命(いつしやうけんめい)推敲(すゐかう)した。このために、炎天(えんてん)一滴(いつてき)(あせ)()なかつたのは、(あへ)(うた)雨乞(あまごひ)奇特(きどく)ではない。()める青草(あをくさ)()えむとして(みづ)(かわ)いたのであつた。

 けれども、(ふゆ)鳥打帽(とりうちばう)(かむ)つた久留米絣(くるめがすり)小僧(こぞう)の、四顧(しこ)人影(ひとかげ)なき日盛(ひざか)りを、一人(ひとり)(くも)(みね)(かう)して()()勇氣(ゆうき)は、(いま)(あい)する。

(こゝろ)(そら)(はせ)よ。(しか)らずんば――(くる)しいから、繰返(くりかへ)して、

(なんぢ)炎威(えんゐ)(たゝか)へ。(うみ)(やま)も、(くさ)(いし)白熱(はくねつ)して(なんぢ)(まなこ)(くら)まんとす。()て……

 うゝ、と意氣込(いきご)むと、車夫(くるまや)(なが)るゝ(あせ)(ひたひ)(ふる)つて、

「あんたも(あつ)からうなあ――や、(あを)(かほ)をして!……も(ちよ)ツとで茶屋(ちやや)があるで、(みづ)など()まつせえ。」

 (みづ)を……(みづ)をと(たゞ)()つたのに、山蔭(やまかげ)(あや)しき伏屋(ふせや)茶店(ちやみせ)の、(わか)女房(にようばう)は、(やさ)しく砂糖(さたう)()れて硝子盃(コツプ)(あた)へた。藥師(やくし)化身(けしん)(やう)(おも)ふ。(ひと)(なさけ)は、(とき)に、あはれなる旅人(たびびと)(めぐ)まるゝ。(わか)いものは活返(いきかへ)つた。

 僥倖(さいはひ)(らい)()こえなかつた。可恐(おそろ)夕立雲(ゆふだちぐも)は、(くるま)()くにつれて、(たうげ)をむかう(さが)りに白刃(しらは)(きた)(かへ)した電光(でんくわう)とともに(ふもと)(くづ)れて(はし)つたが、たそがれの大良(だいら)茶屋(ちやや)蚊柱(かばしら)(すさま)じかつた。片山家(かたやまが)()(おそ)縁柱(えんばしら)暗中(くらがり)に、()しに()して、(もだ)えて(ふる)(うで)からは、()()れた。()(なや)ましさを、(がけ)(たき)のやうな紫陽花(あぢさゐ)(あを)(くさむら)(なか)()()むで()(ひや)しつゝ、()つもの(くる)はしく()大輪(おほりん)(あゐ)(いだ)いて、(あたか)(われ)離脱(りだつ)せむとする(たましひ)引緊(ひきし)むる(おも)ひをした。……紫陽花(あぢさゐ)(みづ)のやうな()()つた。――一夕立(ひとふゆだち)して()ぎながら、(たうげ)には(みづ)がなかつたのである。

 やがて、(ほし)(した)(あめ)とともに(なが)れの(はし)る、武生(たけふ)宿(やど)()いたのであつた。

 一宿(ひとやど)り。一宿(ひとやど)りして、こゝを、(また)こゝから()つて、大雪(おほゆき)(なか)敦賀(つるが)()した(こと)もある。(くるま)はきかない。俥夫(くるまや)(あさ)まだき提灯(ちやうちん)道案内(みちあんない)()つた。(むら)(かゝ)ると、降積(ふりつも)つた大竹藪(おほたけやぶ)弓形(ゆみなり)(あつ)したので、眞白(まつしろ)隧道(トンネル)(くゞ)(とき)(すゞめ)が、ばら/\と千鳥(ちどり)兩方(りやうはう)飛交(とびかは)して小蓑(こみの)(みだ)()(つばさ)に、(あゐ)萌黄(もえぎ)(くれなゐ)の、(おぼろ)蝋燭(らふそく)(みだ)れたのは、(ひわ)山雀(やまがら)(うそ)目白鳥(めじろ)などの(かり)(ねぐら)(おどろ)いて()つのであつた。

 (たうげ)(のぼ)つて、案内(あんない)(わか)れた。前途(ぜんと)(たゞ)一條(ひとすぢ)(みね)(たに)も、(しろ)宇宙(うちう)(ほそ)()ふ、それさへまた()りしきる(ゆき)に、()る/\、(あし)一歩(ひとあし)(うづ)もれ()く。

 (まと)つた毛布(けつと)(しろ)()つた、(ひと)(つめ)たい粉蝶(ふんてふ)()つて()えむとする。

むかし快菴禪師(くわいあんぜんじ)()大徳(だいとこ)(ひじり)おはしましけり。總角(わかき)より教外(けうぐわい)(むね)をあきらめ(たま)ひて、(つね)()雲水(うんすゐ)にまかせ(たま)ふ……

 (ほとん)暗誦(あんせう)した雨月物語(うげつものがたり)青頭巾(あをづきん)全章(ぜんしやう)を、(ゆき)にむせつゝ(たか)らかに朗讀(らうどく)した。

禪師(ぜんじ)見給(みたま)ひて、やがて禪杖(ぜんぢやう)(とり)なほし、作生(そもさん)何所爲(なんのしよゐ)ぞと一喝(いつかつ)して、(かれ)(かうべ)(うち)たまへば、たちまち(こほり)朝日(あさひ)()ふが(ごと)()()せて、かの青頭巾(あをづきん)(ほね)のみぞ草葉(くさば)にとゞまりける。

 あたりは蝙蝠傘(かうもりがさ)()(かつ)いで、や(ごゑ)()けて、卍巴(まんじともえ)を、薙立(なぎた)薙立(なぎた)驅出(かけだ)した。三里(さんり)山道(やまみち)谷間(たにま)(たゞ)破家(やぶれや)屋根(やね)のみ、(わし)片翼(かたつばさ)折伏(をれふ)した(さま)なのを()たばかり、(ひと)らしいものの(かげ)もなかつたのである。(ふた)つめの(たうげ)大良(だいら)からは、岨道(そばみち)一方(いつぱう)(うみ)吹放(ふきはな)たれるので(ゆき)(うす)い。(くるま)敦賀(つるが)まで、(やつ)(つう)じた。

 ()街道(かいだう)幾返(いくかへり)。さもあらばあれ、(くる)しい(おも)ひばかりはせぬ。

 紺青(こんじやう)(うみ)千仭(せんじん)(そこ)よりして(にじ)(たて)()つて()げると、(たま)(はし)(おと)()てて、(くるま)に、(みち)に、さら/\と(くれなゐ)()けて()()()の、(ひと)つ/\()のまゝに(うみ)(かげ)()(うつ)して、尾花(をばな)枯萩(かれはぎ)(あを)い。(つき)ならぬ眞晝(まひる)緋葉(もみぢ)(くゞ)つて、(あふ)げば(おな)姿(すがた)に、(とほ)(たか)(みね)緋葉(もみぢ)蒼空(あをぞら)()つて(うみ)()る……

鹿(じか)なく()山里(やまざと)(えい)じけむ嵯峨(さが)のあたりの(あき)(ころ)――(みね)(あらし)松風(まつかぜ)か、(たづ)ぬる(ひと)(こと)()か、覺束(おぼつか)なく(おも)ひ、(こま)(はや)めて()くほどに――

 カーン、カーンと(かね)(おと)(ほそ)(ひゞ)く。(つか)(もり)(えのき)()に、線香(せんかう)(けむり)(あは)()ち、(こけ)(いし)(やしろ)には燈心(とうしん)(くら)(とも)れ、(かね)(さら)(こだま)して、(おい)たるは(うづくま)り、(をさな)きたちは()(つど)ふ、(やま)(かひ)なる(さかひ)地藏(ぢざう)のわきには、(をんな)(まへ)()いて、あからさまに(えり)(さぐ)(わか)(をとこ)。ト板橋(いたばし)欄干(らんかん)俯向(うつむ)いて尺八(ひとよぎり)()一人(ひとり)()た。

 天上(てんじやう)か、奈落(ならく)か、山懷(やまふところ)大釜(おほがま)()のまゝに、(すご)いほど色白(いろじろ)(をんな)行水(ぎやうずゐ)する姿(すがた)()た。

書生(しよせい)さん、東京(とうきやう)()れてつて――」

 (あか)(たすき)()(そら)ざまに、若苗(わかなへ)(くるま)()げて、(たか)(わら)つた(むすめ)もある。……

おもしろいぞえ、(きやう)(まゐ)(みち)は、(のぼ)(しう)もある下向(げこ)もある。

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