佐久間玄蕃が中入の懈怠のためか、柴田勝家、賤ヶ嶽の合戰敗れて、此の城中に一息し湯漬を所望して、悄然と北の莊へと落ちて行く。ほどもあらせず、勝に乘つたる秀吉が一騎驅けに馬を寄せると、腰より采を拔き出し、さらりと振つて、此れは筑前守ぞや、又左、又左、鐵砲打つなと、大手の城門を開かせた、大閤大得意の場所だが、そんな夢も見ず、悶え明かした。翌朝まだ薄暗かつたが、七時に乘つた俥が、はずむ酒手もなかつたのに、其の日の午後九時と云ふのに、金澤の町外れの茶店へ着いた。屈竟な若い男と云ふでもなく年配の車夫である。一寸話題には成らうと思ふ、武生から其の道程、實に二十七里である。――深川の俥は永代を越さないのを他に見得にする……と云つたもので、上澄のいゝ處を吸つて滓を讓る。客から極めて取つた賃銀を頭でつかちに掴んで尻つこけに仲間に落すのである。そんな辣腕と質は違つても、都合上、勝手よろしき處で俥を替へるのが道中の習慣で、出發點で、通し、と極めても、そんな約束は通さない。が、親切な車夫は、その信ずるものに會つて、頼まれた客を渡すまでは、建場々々を、幾度か物色するのが好意であつた。で、十里十五里は大抵曳く。廿七里を日のうちに突つ切つたのには始めて出逢つた。……
不忍の池で懸賞づきの不思議な競爭があつて、滿都を騷がせた事がある。彼の池は内端に《まは》つて、一周圍一里強だと言ふ。彼の池を、朝の間から日沒まで、歩調の遲速は論ぜぬ、大略十五時間の間に、幾りか、其の囘數の多いのを以て勝利とする。……間違つたら、許しツこ、たしか、當、時事新報の催しであつたと思ふ。……二人ともまだ玄關に居たが、こんな事は大好だから柳川が見物、參觀か、參觀した。「三人ばかり倒れて寢たよ、驅出すのなんざ一人も居ない、……皆な恁う腕を組んで、のそり/\と草を踏んで歩行いて居たがね、あの草を踏むのが祕傳ださうだよ、中にはぐつたりと首を垂れて何とも分別に餘つたと云ふ顏をして居たのがあります。見物は山も町も一杯さ。けれども、何の機掛もなしに、てくり/\だから、見て居て變な氣がした。――眞晝間、憑ものがしたか、魅されてでも居るやうで、そのね、鬱ぎ込んだ男なんざ、少々氣味が惡かつた。何しろ皆顏色が眞つ蒼です」――此時、選手第一の賞を得たのは、池をめぐること三十幾囘、翌日發表されて、年は六十に餘る、此の老神行太保戴宗は、加州小松の住人、もとの加賀藩の飛脚であつた。
頃日聞く――當時、唯一の交通機關、江戸三度と稱へた加賀藩の飛脚の規定は、高岡、富山、泊、親不知、五智、高田、長野、碓氷峠を越えて、松井田、高崎、江戸の板橋まで下街道、百二十里半――丁數四千三十八を、早飛脚は滿五日、冬の短日に於てさへこれに加ふること僅に一日二時であつた。常飛脚の夏(三月より九月まで)の十日――滿八日、冬(十月より二月まで)の十二日――滿十日を別として、其の早の方は一日二十五里が家業だと言ふ。家業を奮發すれば、あと三里五里は走れようが、それにしても、不忍池の三十幾囘――況んや二十七里を日づけの車夫は豪傑であつた。乘つたものに徳はない。が、殆ど奇蹟と言はねばならない。
が、其の顏も覺えず、惜むらくは苗も聞かなかつたのは、父のなくなつた爲めに血迷つたばかりでない。幾度か越前街道の往來に馴れて、賃さへあれば、俥はひとりで驅出すものと心得て居たからである。しかし、此の上下には、また隨分難儀もした。
炎天の海は鉛を溶かして、とろ/\と瞳を射る。風は、そよとも吹かない。斷崖の巖は鹽を削つて舌を刺す。山には木の葉の影もない。草いきれは幻の煙を噴く。八月上旬……火の敦賀灣、眞上の磽たる岨道を、俥で大日枝山を攀たのであつた。……
上京して、はじめの歸省で、それが病氣のためであつた。其頃、學生の肺病は娘に持てた。書生の脚氣は年増にも向かない。今以て向きも持てもしないだらうから、御婦人方には内證だが、實は脚氣で。……然も大分手重かつた。重いほど、ぶく/\とむくんだのではない、が、乾性と稱して、その、痩せる方が却て質が惡い。
午飯に、けんちんを食べて吐いた。――夏の事だし、先生の令夫人が心配をなすつて、お實家方がお醫師だから、玉章を頂いて出向くと、診察して、打傾いて、又一封の返信を授けられた。寸刻も早く轉地を、と言ふのだつたさうである。私は、今もつて、決してけんちんを食はない。江戸時代の草紙の裡に、松もどきと云ふ料理がある。たづぬるに精しからず、宿題にした處、近頃神田で育つた或婦が教へた。茄子と茗荷と、油揚を清汁にして、薄葛を掛ける。至極經濟な惣菜ださうである。聊かけんちんに似て居るから、それさへも遠く慮る。
重湯か、薄粥、或は麺麭を少量と言はれたけれども、汽車で、そんなものは得られなかつた。乘通しは危險だから。……で、米原で泊つたが、羽織も着ない少年には、粥は煮てくれぬ。其の夜から翌日。――
――いま、俥で日盛りを乘出すまで、殆ど口にしたものはない。直射する日の光りに、俥は坂に惱んで幌を掛けぬ。洋傘を持たない。身の楯は冬の鳥打帽ばかりである。私は肩で呼吸を喘いだ。剩へ辿り向ふ大良ヶ嶽の峰裏は――此方に蛾ほどの雲なきにかゝはらず、巨濤の如き雲の峰が眞黒に立つて、怨靈の鍬形の差覗いては消えるやうな電光が山の端に空を切つた。――動悸は躍つて、心臟は裂けむとする。
私は、先生が夏の嘉例として下すつた、水色の絹べりを取た、はい原製の涼しい扇子を、膝を緊めて、胸に確と取つて車上に居直つた。而して題を採つて極暑の一文を心に案じた。咄! 心頭を滅却すれば何とかで、悟れば悟れるのださうだけれど、暑いから暑い。悟ることなんぞは今もつて大嫌ひだ。……
汝炎威と戰へ、海も山も草も石も白熱して、汝が眼眩まんとす。起て、其の痩躯をかつて、袖を翳して病魔に楯せよ。隻手を拂つて火の箭を斬れ。戰ひは弱し。脚はふるふとも、心は空を馳よ。然らずんば……
などと、いや何うも氣恥かしいが、其處で倒れまいと、一生懸命に推敲した。このために、炎天に一滴の汗も出なかつたのは、敢て歌の雨乞の奇特ではない。病める青草の萎えむとして水の涸いたのであつた。
けれども、冬の鳥打帽を被つた久留米絣の小僧の、四顧人影なき日盛りを、一人雲の峰に抗して行く其の勇氣は、今も愛する。
心は空を馳よ。然らずんば――苦しいから、繰返して、
汝炎威と戰へ。海も山も、草も石も白熱して汝が眼眩まんとす。起て……
うゝ、と意氣込むと、車夫が流るゝ汗の額を振つて、
「あんたも暑からうなあ――や、青い顏をして!……も些ツとで茶屋があるで、水など飮まつせえ。」
水を……水をと唯云つたのに、山蔭に怪しき伏屋の茶店の、若き女房は、優しく砂糖を入れて硝子盃を與へた。藥師の化身の樣に思ふ。人の情は、時に、あはれなる旅人に惠まるゝ。若いものは活返つた。
僥倖に雷は聞こえなかつた。可恐い夕立雲は、俥の行くにつれて、峠をむかう下りに白刃を北に返した電光とともに麓へ崩れて走つたが、たそがれの大良の茶屋の蚊柱は凄じかつた。片山家は灯の遲い縁柱の暗中に、刺しに刺して、悶えて揮ふ腕からは、血が垂れた。其の惱ましさを、崖の瀧のやうな紫陽花の青い叢の中に突つ込むで身を冷しつゝ、且つもの狂はしく其の大輪の藍を抱いて、恰も我を離脱せむとする魂を引緊むる思ひをした。……紫陽花の水のやうな香を知つた。――一夕立して過ぎながら、峠には水がなかつたのである。
やがて、星の下を雨とともに流れの走る、武生の宿に着いたのであつた。
一宿り。一宿りして、こゝを、又こゝから立つて、大雪の中を敦賀へ越した事もある。俥はきかない。俥夫が朝まだき提灯で道案内に立つた。村へ掛ると、降積つた大竹藪を弓形に壓したので、眞白な隧道を潛る時、雀が、ばら/\と千鳥に兩方へ飛交して小蓑を亂す其の翼に、藍と萌黄と紅の、朧に蝋燭に亂れたのは、鶸、山雀、鸞、目白鳥などの假の塒を驚いて起つのであつた。
峠に上つて、案内に分れた。前途は唯一條、峰も谷も、白き宇宙を細く縫ふ、それさへまた降りしきる雪に、見る/\、歩一歩に埋もれ行く。
絡つた毛布も白く成つた、人は冷たい粉蝶と成つて消えむとする。
むかし快菴禪師と云ふ大徳の聖おはしましけり。總角より教外の旨をあきらめ給ひて、常に身を雲水にまかせ給ふ……
殆ど暗誦した雨月物語の青頭巾の全章を、雪にむせつゝ高らかに朗讀した。
禪師見給ひて、やがて禪杖を拿なほし、作生何所爲ぞと一喝して、他が頭を撃たまへば、たちまち氷の朝日に逢ふが如く消え失せて、かの青頭巾と骨のみぞ草葉にとゞまりける。
あたりは蝙蝠傘を引つ擔いで、や聲を掛けて、卍巴を、薙立て薙立て驅出した。三里の山道、谷間の唯破家の屋根のみ、鷲の片翼折伏した状なのを見たばかり、人らしいものの影もなかつたのである。二つめの峠、大良からは、岨道の一方が海に吹放たれるので雪が薄い。俥は敦賀まで、漸と通じた。
此の街道の幾返。さもあらばあれ、苦しい思ひばかりはせぬ。
紺青の海、千仭の底よりして虹を縱に織つて投げると、玉の走る音を立てて、俥に、道に、さら/\と紅を掛けて敷く木の葉の、一つ/\其のまゝに海の影を尚ほ映して、尾花、枯萩も青い。月ならぬ眞晝の緋葉を潛つて、仰げば同じ姿に、遠く高き峰の緋葉は蒼空を舞つて海に散る……
を鹿なく此の山里と詠じけむ嵯峨のあたりの秋の頃――峰の嵐か松風か、尋ぬる人の琴の音か、覺束なく思ひ、駒を早めて行くほどに――
カーン、カーンと鉦の音が細く響く。塚の森の榎の根に、線香の煙淡く立ち、苔の石の祠には燈心が暗く灯れ、鉦は更に谺して、老たるは踞り、幼きたちは立ち集ふ、山の峽なる境の地藏のわきには、女を前に抱いて、あからさまに襟を搜る若い男。ト板橋の欄干に俯向いて尺八を吹く一人も見た。
天上か、奈落か、山懷の大釜を其のまゝに、凄いほど色白な婦の行水する姿も見た。
「書生さん、東京へ連れてつて――」
赤い襷の手を空ざまに、若苗を俥に投げて、高く笑つた娘もある。……
おもしろいぞえ、京へ參る道は、上る衆もある下向もある。