4話 麻を刈る(4)
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何の巧もないが、松並木、間の宿々、山坂掛け、道中の風情見る如し。――これは能登、越中、加賀よりして、本願寺まゐりの夥多の信徒たちが、其の頃殆ど色絲を織るが如く、越前――上街道を往來した趣である。
晴、曇、又月となり、風となり――雪には途絶える――此の往來のなかを、がた/\俥も、車上にして、悠暢と、花を見、鳥を聞きつゝ通る。……
恁る趣を知つたため、私は一頃は小遣錢があると、東京の町をふら/\と俥で歩行く癖があつた。淺草でも、銀座でも、上野でも――人の往來、店の構へ、千状萬態、一卷に道中の繪に織込んで――また内證だが――大福か、金鍔を、豫て袂に忍ばせたのを、ひよいと食る、其の早業、太神樂の鞠を凌ぐ……誰も知るまい。……實は、一寸下りて蕎麥にしたい處だが、かけ一枚なんぞは刹那主義だ、泡沫夢幻、つるりと消える。俥代を差引くと其いづれかを選ばねばならない懷だから、其處で餡氣で。金鍔は二錢で四個あつた。四海波靜にして俥の上の花見のつもり。いや何うも話にならぬ。が此の意氣を以てして少々工面のいゝ連中、誰か自動車……圓タクでも可い。蕎麥を食ながら飛ばして見ないか。希くは駕籠を二挺ならべて、かむろに掻餅を燒かせながら、鈴鹿越をしたのであると、納まり返つたおらんだ西鶴を向うに《まは》して、京阪成金を壓倒するに足らうと思ふ。……
時に蕎麥と言へば――丁と――梨。――何だか三題噺のやうだが、姑忘聽之。丁と云ふのは、嘗て(今も然うだらう。)梨を食べると醉ふと言ふ。醉ふ奴があるものかと、皆が笑ふと、「醉ひますさ。」とぶつ/\言ふ。對手にしないと「僕は醉ふと信ずるさ。」と頬を凹まして腹を立てた。
若い時の事だ。今では構ふまい、私と其の丁と二人で、宿場でふられた。草加で雨に逢つたのではない。四谷の出はづれで、二人とも嫌はれたのである。
「おい。」
と丁が陰氣に怒つた。
「こんな堅い蕎麥が食はれるかい。場末だなあ。」
と、あはれや夕飯兼帶の臺の笊に箸を投げた。地ものだと、或はおとなしく默つて居たらう。が、對手がばらがきだから堪らない。
「……蕎麥の堅いのは、うちたてさ、フヽンだ。」
然うだ、うちたての蕎麥は、蕎麥の下品では斷じてない。胃弱にして、うちたてをこなし得ないが故に、ぐちやり、ぐちやりと、唾とともに、のびた蕎麥を噛むのは御勝手だが、その舌で、時々作品の批評などすると聞く。――嘸うちたての蕎麥を罵つて、梨に醉つてる事だらう。まだ其は勝手だが、斯の如き量見で、紅葉先生の人格を品評し、意圖を忖度して憚らないのは僭越である。
私は怯懦だ。衞生に威かされて魚軒を食はない。が、魚軒は推重する。その嫌ひなのは先生の所謂蜆が嫌ひなのではなくて、蜆に嫌はれたものでなければならない。
麻を刈ると題したが、紡ぎ織り縫ひもせぬ、これは浴衣がけの縁臺話。――
少し涼しく成つた。
此の暑さは何うです。……まだみん/\蝉も鳴きませんね、と云ふうちに、今年は土用あけの前日から遠くに聞こえた。カナ/\は土用あけて二日の――大雨があつた――あの前の日から鳴き出した。
蒸暑いのが續くと、蟋蟀の聲が待遠い。……此邊では、毎年、春秋社の眞向うの石垣が一番早い。震災前までは、大がい土用の三日四日めの宵から鳴きはじめたのが、年々、やゝおくれる。……此の秋も遲かつた。
それ、自動車が來たぜ、と婦まじりで、道幅が狹い、しば/\縁臺を立つのだが、俥は珍らしいほどである。これから、相乘――と云ふ處を。……おゝ、銀河が見える――初夜すぎた。
大正十五年九月―十月