お末の死

8話

827字 約2分 2013年8月12日 公開

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 用事に暇どつた為めに、(あかり)がついてから程たつて鶴吉は帰つて来た。店には電灯がかん/\照つて居るが、茶の間はその光だけで間に合はして居た。その暗い処に母とお末とが離れ合つて孑然(ぽつねん)と坐つて居た。戸棚の側には哲が小掻巻(こがいまき)にくるまつて、小さな(いびき)をかいて居た。鶴吉はすぐ又喧嘩があつたのだなと思つて、あたりさはりのない世間話に口を切つて見たが、母は碌々返事もしないで布巾(ふきん)をかけた精進の膳を出してすゝめた。見るとお末の膳にも手がつけてなかつた。

「お末何んだつて食べないんだ」

「食べたくないもの」

 何んと云ふ可憐ななつッこい声だらうと鶴吉は思つた。

 鶴吉は箸をつける前に立上つて、仏壇の前に行つて、小つぽけな白木の位牌に形ばかりの御辞儀をすると、しんみりとした淋しい気持になつた。余り気分が滅入(めい)るので、電灯をひねつて見た。ぱつと部屋は一時明るくなつて、哲が一寸眼を覚ましさうになつたが、そのまゝ又静まつて行つて淋しさが増すばかりだつた。

 お末は黙つたまゝで兄の膳を流元(ながしもと)にもつて行つて洗ひ出した。明日にしろと云つても、聴かないで黙つたまゝ洗つてしまつた。帰りがけに仏壇に行つて、灯心を代へて、位牌に一寸御辞儀をした。而して下駄をつッかけて店から外に出ようとする。

 鶴吉は何んとなく胸騒(むなさわ)ぎがして、お末の後から声をかけた。お末は外で、

「姉さん所に忘れた用があるから」

 と云つて居た。鶴吉は急に怒りたくなつた。

「馬鹿、こんなに(おそ)く行かなくとも、明日寝起きに行けばいゝぢやないか」

 云つてる中に母に肩を持つて見せる気で、

「わがまゝな事ばかししやがつて」

 と附け加へた。お末は素直に返つて来た。

 三人とも寝てから鶴吉は「わがまゝな事ばかししやがつて」と云つた言葉が、どうしても云ひ過ぎのやうに思はれて、気になつてしかたがなかつた。お末はこちんと石のやうに押し黙つて、哲に添寝をして向うむきになつて居た。

 外では今年の初雪が降つて居るらしく、めり込むやうな静かさの中に夜が更けて行つた。

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