9話 九
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案の定その翌日は雪に夜があけた。鶴吉が起き出た頃には、お末は店の掃除をして、母は台所の片附けをやつて居た。哲は学校の風呂敷を店火鉢の傍で結んで居た。お末は甲斐々々しくそれを手伝つてやつて居た。暫くしてから、
「哲」
とお末が云つた。
「う?」
と哲が返事をしても、お末が何んとも言葉をつがないので、
「姉や何んだ」
と催促したが、お末は黙つたまゝだつた。鶴吉は歯楊枝を取上げようとして鏡の前の棚を見ると、そこには店先にある筈のない小皿が一枚載つて居た。
七時頃になつてお末は姉の所に行くと云つて家を出た。丁度客の顔をあたつて居た鶴吉は碌々見返りもしなかつた。
客が帰つてからふと見ると、さつきの皿がなくなつて居た。
「おやお母さん、こゝに載つてた皿はお母さんがしまつたのかい」
「何、皿だ?」
母が奥から顔だけ出した。而してそんなものは知らないと云つた。鶴吉は「お末の奴何んだつてあんなものを持出しやがつたんだらう」と思つて見まはすと、洗面所の側の水甕の上にそれが載つてゐた。皿の中には水が少し残つて白い粉のやうなものがこびりついてゐた。鶴吉は何んの気なしにそれを母に渡して始末させた。
九時頃になつてもお末が帰らないので、母はまたぶつ/\云ひ始めた。鶴吉も、帰つて来たら少し性根のゆくだけ云つてやらなければならないと思つて居ると、姉の所で預つてゐる女の子がせきこんで戸を開けて這入つて来た。
「叔父さん、今、今」
と気息をはずまして居る。鶴吉はそれが可笑しくて笑ひながら、
「どうしたい、そんなに慌てゝ……伯母さんでも死んだか」
と云ふと、
「うん、叔父さんとこの末ちやんが死ぬんだよ、直ぐお出でよ」
鶴吉はそれを聞くと妙に不自然な笑ひかたがしたくなつた。
「何んだつて」
もう一度聞きなほした。
「末ちやんが死ぬよ」
鶴吉はとう/\本当に笑ひ出してしまつた。而していゝ加減にあしらつて、女の子を返してやつた。
鶴吉は笑ひながら奥に居る母に大きな声でその事を話した。母はそれを聞くと面相をかへて跣足で店に降りて来た。
「何、お末が死ぬ?……」
而して母も突然不自然極まる笑ひ方をした。と思ふと又真面目になつて、
「よんべ、お末は精進も食はず哲を抱いて泣いたゞが……はゝゝ、何そんな事あるもんで、はゝゝゝ」
と云ひながら又不自然に笑つた。鶴吉はその笑ひ声を聞くと、思はず胸が妙にわく/\したが、自分もそれにまき込まれて、
「はゝゝゝあの娘つ子が何を云ふだか」
と合槌を打つて居た。母は茶の間に上らうともせず、きよとんとしてそこに立つたまゝになつて居た。
そこに姉が跣足で飛んで来た。鶴吉はそれを見ると、先刻の皿の事が突然頭に浮んだ――はりなぐられるやうに。而して何んの訳もなく「しまつた」と思つて、煙草入れを取つて腰にさした。