8話 9 ふしぎなろうじん
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木村さんのうちの近くに、こうしゅう電話が立っていました。そこは、やしき町と、しょうてんがい(店のたくさんある町)とのさかい目になっているのです。
もう、夜ふけでしたから、町は、ひっそりとして、人通りもないように見えましたが、その暗い町を、コツコツと、くつ音をたてて、ひとりの大学生が歩いてきました。
ふと、大学生は、びっくりしたように立ち止まりました。そして、いきなり、いま来た方向へかけだしました。おそろしいものを見たからです。
向こうの大きなやしきのコンクリートべいから、ぴょいと、地面へとびおりたものがあったからです。それが、思いもかけない、一ぴきの大きなとらだったからです。
とらは、地面にとびおりると、あたりを見回してから、こうしゅう電話の方へ、のそのそと歩いていきました。
そして、あと足で、ぬうっと立ちあがると、こうしゅう電話のドアを開いて、中へはいってしまいました。
大学生は、三十メートルほどにげ、町かどに身をかくして、それをのぞいていましたが、東京の町の中へとらがあらわれるなんて、まったくしんじられないことですから、自分の目がどうかしたのではないかと、うたがいました。
こうしゅう電話に近づいて、たしかめてみればいいのですが、そんなゆうきはありません。近くの交番にかけつけて、このことを知らせるほかはないと思いました。
すると、そのとき、木村さんの門の中から、四、五人の人が、あわただしくかけ出してきました。
明智たんていのぶかや、書生たちが、にわににげたとらをさがし回ったすえ、門の外へ出てきたのです。
大学生は、その人たちを見ると、「あっ、あぶないっ」
と思いました。とらにおそわれたらたいへんです。そこで、ゆうきを出して、みんなの方へ走っていき、息を切らせながら、とらのことを話しました。
「えっ、こうしゅう電話ですって」
「ええ、たしかに、あの中へはいりました」
「それじゃあ、外からドアをおさえてしまえばだいじょうぶだ。そして、こうしゅう電話をぐるぐるまきにすれば、おりにとじこめたようなものだ」
明智たんていのぶかたちは、そんなことをいいながら、だいたんに、こうしゅう電話の方へ近づいていくのでした。
けれども、みんなが、おずおずとこうしゅう電話のそばへ来たときです。こうしゅう電話のドアが、中から、ぱっと開きました。
みんなは、あっといって、にげだしそうになりましたが、ドアをあけて出てきたのは、とらではなくて、ひとりの、しわだらけのおじいさんでした。めがねをかけ、長い白ひげをはやし、古いかたのせびろを着た、弱々しいおじいさんでした。
大学生はびっくりしました。このおじいさんは、よく、とらに食われなかったものだと思いました。
明智たんていのぶかは、あっけにとられながらも、おじいさんの出たあとのこうしゅう電話の中を、そっとのぞいてみました。けれども、ふしぎなことに、その中はからっぽでした。大学生のいったようなとらのすがたなど、どこにも見えないのでした。
白ひげのおじいさんは、うろたえているみんなの顔を見回して、にやにやとわらいました。そして、ひょっこりひょっこりと、みょうな歩き方で、向こうへ立ち去ってしまいました。
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