ふしぎな人

8話 9 ふしぎなろうじん

1,329字 約3分 2016年7月16日 公開

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 木村さんのうちの近くに、こうしゅう電話が立っていました。そこは、やしき町と、しょうてんがい(店のたくさんある町)とのさかい目になっているのです。

 もう、夜ふけでしたから、町は、ひっそりとして、人通りもないように見えましたが、その暗い町を、コツコツと、くつ音をたてて、ひとりの大学生が歩いてきました。

 ふと、大学生は、びっくりしたように立ち止まりました。そして、いきなり、いま来た方向へかけだしました。おそろしいものを見たからです。

 向こうの大きなやしきのコンクリートべいから、ぴょいと、地面へとびおりたものがあったからです。それが、思いもかけない、一ぴきの大きなとらだったからです。

 とらは、地面にとびおりると、あたりを見回してから、こうしゅう電話の方へ、のそのそと歩いていきました。

 そして、あと足で、ぬうっと立ちあがると、こうしゅう電話のドアを開いて、中へはいってしまいました。

 大学生は、三十メートルほどにげ、町かどに身をかくして、それをのぞいていましたが、東京の町の中へとらがあらわれるなんて、まったくしんじられないことですから、自分の目がどうかしたのではないかと、うたがいました。

 こうしゅう電話に近づいて、たしかめてみればいいのですが、そんなゆうきはありません。近くの交番にかけつけて、このことを知らせるほかはないと思いました。

 すると、そのとき、木村さんの門の中から、四、五人の人が、あわただしくかけ出してきました。

 明智たんていのぶかや、書生たちが、にわににげたとらをさがし回ったすえ、門の外へ出てきたのです。

 大学生は、その人たちを見ると、「あっ、あぶないっ」

と思いました。とらにおそわれたらたいへんです。そこで、ゆうきを出して、みんなの方へ走っていき、息を切らせながら、とらのことを話しました。

「えっ、こうしゅう電話ですって」

「ええ、たしかに、あの中へはいりました」

「それじゃあ、外からドアをおさえてしまえばだいじょうぶだ。そして、こうしゅう電話をぐるぐるまきにすれば、おりにとじこめたようなものだ」

 明智たんていのぶかたちは、そんなことをいいながら、だいたんに、こうしゅう電話の方へ近づいていくのでした。

 けれども、みんなが、おずおずとこうしゅう電話のそばへ来たときです。こうしゅう電話のドアが、中から、ぱっと開きました。

 みんなは、あっといって、にげだしそうになりましたが、ドアをあけて出てきたのは、とらではなくて、ひとりの、しわだらけのおじいさんでした。めがねをかけ、長い白ひげをはやし、古いかたのせびろを着た、弱々しいおじいさんでした。

 大学生はびっくりしました。このおじいさんは、よく、とらに食われなかったものだと思いました。

 明智たんていのぶかは、あっけにとられながらも、おじいさんの出たあとのこうしゅう電話の中を、そっとのぞいてみました。けれども、ふしぎなことに、その中はからっぽでした。大学生のいったようなとらのすがたなど、どこにも見えないのでした。

 白ひげのおじいさんは、うろたえているみんなの顔を見回して、にやにやとわらいました。そして、ひょっこりひょっこりと、みょうな歩き方で、向こうへ立ち去ってしまいました。

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