2話 二
読み方を変える
最初に私が葬制の沿革などを考へて見ようとするのは、通例何れの民族でも是が最も主要なる文化の一特徴と目せられて居るにも拘らず、日本にはまだ明らめられざる不審が幾つもあるからである。近年編述せられた郡誌類は數多いものであるが、一樣に住民の生活變遷を誌すことが疎であるといふ中にも、殊に此項目には力を施して無いものが多い。その理由の主なるものは、他の俗信や呪法の類とは正反對に、是にはたゞ一つの定まつた仕來りがあつて、全國何處に行つても略同じものだらうといふ豫斷があることでは無いかと思ふが、實際は却つて前者にこそ新たなる採用模倣はあれ、儀式には寧ろ改正の機會が少なく、從つて土地々々の昔を保存し易かつたかと思はれる。其中でも凶事には計畫がなく、家の者は通例其指揮に任じ得ないから、勢ひ何人も責任を負うて、古い慣習を改めようとはしなかつたのである。即ち家の風、村の作法が最も忠實に守られ、甲乙の異同はいつ迄も保存せられて居たわけであるが、それを冷靜に觀察し比較をして見ようといふ樣な人が、祭や祝言の時の樣に常に多くは居合はさなかつたのである。
斯ういふ住民の何とも思はずに過ぎて居る生活の中に、却つて古風の尋ぬべきものがあるのでは無いかと私などは思つて居る。第一に誰でも不審してよいことは、石器を使つて居た時代の人骨でも、探して居ると追々に出て來るのに、如何なる古い村にも中世以前の墓場といふものが無い。生れては死んだ人の數の莫大なのに比べて今存する埋葬所はほんの算へる程しかないのである。石に亡者の名を刻むやうになつたのは、文字が一通り普及して後だから、人が以前の跡を忘れてしまつたかとも考へられるが、まださういふ場處は偶然にも發見せられて居ない。火葬の方式は隨分と古くから、行はれたやうに記録には見えて居るが、勿論其區域は今でも限られて居り、且つ近世に入つて始めて採用せられたといふ實例も多い。それで居て是ほど迄に遺跡の乏しいのを見ると、今日我々が塚といひ古墳と呼ぶものに由つて、類推して居る所の土葬以外に、別に一種の遺骸處理法があつて、專ら常民の間に行はれて居たことは想像してよいのである。それが如何なる樣式のものであり、又どういふ順序を踏んで、次第に現在の風に移つて來たかといふことは、自分等の知る限りに於ては、記録には是といふ證跡が無いやうである。さうすると現在も尚行はれて居る各地方の葬儀慣習の中から、或はその一部の消息を窺ふことが出來ないものかどうか。即ち民俗學の今まで他の方面に於て試みて居た方法は、何かこの問題に對しても新しい光を掲げてくれぬであらうか。私はこの目的を以て將來の地方調査の爲に、特に一二の項目を提出して見たいと思ふのである。