浮舟

2話

1,316字 約3分 2018年10月13日 公開

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「この何でもせい。……住吉の岸辺の茶屋に、よいやさ。」

 と風体(ふう)、恰好、役雑(やくざ)なものに名まで似た、因果小僧とも言いそうな這奴(しゃつ)六蔵は、その(ふなばた)に腰を掛けた、が、舌打して、

「ちょッ面倒だ。宿銭(とまり)(びた)でお(さだま)り、それ、」

 と笠を、すぽりと落し、次手(ついで)に振分の荷を取って、笠の中へ投げ込んで、

「いや、お泊りならばァ泊らんせ、お風呂もどんどん湧いている、障子もこの頃はりかえて、畳もこの頃かえてある。――嘘を吐きゃあがれ。」

 空手(からて)を組んで、四辺(あたり)を見たが、がッくりと首を振って、

「待てよ……青天井が黒光りだ。(いなびかり)(ちっ)と気が()えがね、二見ヶ浦は千畳敷、浜の(いさご)は金銀……だろう、そうだろそうだろ()うであろ。成程どんどん湧いていら、伊良子(いらこ)ヶ崎までたっぷりだ。ああ、しかし暑いぜ。」

 腕まくりを肩までして、

「よく皆、(かわら)の下の、壁の(なか)(へえ)ってやがる。」

 瓦の下、壁の裡、別荘でも旅館でも、階下(した)も二階もこの温気(うんき)に、夕凪の(うしお)を避け、南うけに座を移して、伊勢三郎(いせのさぶろう)物見松(ものみのまつ)に、月もあらば盗むべく、神路山(かみじやま)朝熊嶽(あさまがたけ)、五十鈴川、宮川の風にこがれているらしい。ものの気勢(けはい)も人声も、街道(むき)(にぎや)かに、裏手には湯殿の電燈の小暗(おぐら)きさえ、(あかり)は海に遠かった。

 六蔵ニヤニヤと独笑(ひとりえみ)して、

「お寝間のお(とぎ)もまけにしてと――姉さん、真個(ほんと)かい、洒落(しゃれ)だぜ洒落だぜ洒落じゃねえ。()らっしゃい、お一方(ひとかた)、お泊でございますよ。へい、お早いお着様(つきさま)で、難有(ありがと)う存じます。これ、御濯足(おすすぎ)の水を早くよ。あいあい、とおいでなさる。白地の手拭(てぬぐい)、紅い(たすき)よ……(やわらか)な指で水と来りゃ、俺あ(たらい)で金魚に化けるぜ。金魚うや、金魚う。」

 と()い気な売声。

「はてな、紺がすりに、紺の脚絆、おかしな色の金魚だぜ。畜生め、(なまず)じゃねえか。()ねる処は鮒だ(やつ)さ。鮒だ、鮒だ、鮒侍(ふなざむれえ)だ。」

 と胸を(ゆす)って、ぐっと反ったが、(たちま)ち肩ぐるみ頭をすくめて、

「何を言やあがる。」

 で、(あげ)あしを左の股、遣違(やりちが)いにまた右て。燈は遠し、手探りを、何の気もなく草鞋を解いて、びたりと揃えて、トンと船底へ突込(つきこ)むと、殊勝な事には、手拭の畳んで持ったをスイと解き、足の埃をはたはたと払って、(いしき)(かじ)を取って、ぐるりと船の胴の間にのめり込む。

「御案内引あいあい……」

 と自分で(わめ)き、

「奥の離座敷(はなれざしき)だよ、……船の間――とおいでなすった。ああ、()見晴(みはらし)、と言いてえが、暗くッて薩張(さっぱり)分らねえ。」

 勝手な事を(ほざ)くうちに、船の中で胡坐(あぐら)に成った。が兎が(かい)を押さないばかり、狸が乗った形である。

「何、お風呂だえ、風呂は()めだ。こう見えても余り水心のある方じゃねえ。はははは、湯に水心も可笑(おかし)いが、どんどん湧いてるは海だろう。――すぐに御膳だ。膳の上で一銚子よ。分ったか。脱落(ぬかり)もあるめえが、何ぞ一品(ひとしな)、別の肴を見繕ってよ、と仰せられる。」

 と仰せられ、

「ああ、いい酒だぜ、忠兵衛のおふくろかい、古い所で……妙燗(みょうかん)妙燗。」

 と二つばかり額を叩く。……暢気(のんき)さも傍若無人(ぼうじゃくぶじん)で、いずれ野宿の、ここに寝てしまうつもりでいよう。舫船を旅籠とより、名所を座敷にしたようなことを(ぬか)す。が。(わず)一時(ひととき)ばかり前、この町通り、両側の旅籠の前を、うろついて歩行(ある)いた折は、早や日も落ちて、脚にも背にも、放浪の陰の(ただよ)った、見るからみじめな様子であった。

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