2話 二
読み方を変える
「この何でもせい。……住吉の岸辺の茶屋に、よいやさ。」
と風体、恰好、役雑なものに名まで似た、因果小僧とも言いそうな這奴六蔵は、その舷に腰を掛けた、が、舌打して、
「ちょッ面倒だ。宿銭は鐚でお定り、それ、」
と笠を、すぽりと落し、次手に振分の荷を取って、笠の中へ投げ込んで、
「いや、お泊りならばァ泊らんせ、お風呂もどんどん湧いている、障子もこの頃はりかえて、畳もこの頃かえてある。――嘘を吐きゃあがれ。」
空手を組んで、四辺を見たが、がッくりと首を振って、
「待てよ……青天井が黒光りだ。電は些と気が無えがね、二見ヶ浦は千畳敷、浜の砂は金銀……だろう、そうだろそうだろ然うであろ。成程どんどん湧いていら、伊良子ヶ崎までたっぷりだ。ああ、しかし暑いぜ。」
腕まくりを肩までして、
「よく皆、瓦の下の、壁の裡へ入ってやがる。」
瓦の下、壁の裡、別荘でも旅館でも、階下も二階もこの温気に、夕凪の潮を避け、南うけに座を移して、伊勢三郎が物見松に、月もあらば盗むべく、神路山、朝熊嶽、五十鈴川、宮川の風にこがれているらしい。ものの気勢も人声も、街道向は賑かに、裏手には湯殿の電燈の小暗きさえ、燈は海に遠かった。
六蔵ニヤニヤと独笑して、
「お寝間のお伽もまけにしてと――姉さん、真個かい、洒落だぜ洒落だぜ洒落じゃねえ。入らっしゃい、お一方、お泊でございますよ。へい、お早いお着様で、難有う存じます。これ、御濯足の水を早くよ。あいあい、とおいでなさる。白地の手拭、紅い襷よ……柔な指で水と来りゃ、俺あ盥で金魚に化けるぜ。金魚うや、金魚う。」
と可い気な売声。
「はてな、紺がすりに、紺の脚絆、おかしな色の金魚だぜ。畜生め、鯰じゃねえか。刎ねる処は鮒だ奴さ。鮒だ、鮒だ、鮒侍だ。」
と胸を揺って、ぐっと反ったが、忽ち肩ぐるみ頭をすくめて、
「何を言やあがる。」
で、揚あしを左の股、遣違いにまた右て。燈は遠し、手探りを、何の気もなく草鞋を解いて、びたりと揃えて、トンと船底へ突込むと、殊勝な事には、手拭の畳んで持ったをスイと解き、足の埃をはたはたと払って、臀で楫を取って、ぐるりと船の胴の間にのめり込む。
「御案内引あいあい……」
と自分で喚き、
「奥の離座敷だよ、……船の間――とおいでなすった。ああ、佳い見晴、と言いてえが、暗くッて薩張分らねえ。」
勝手な事を吐くうちに、船の中で胡坐に成った。が兎が櫂を押さないばかり、狸が乗った形である。
「何、お風呂だえ、風呂は留めだ。こう見えても余り水心のある方じゃねえ。はははは、湯に水心も可笑いが、どんどん湧いてるは海だろう。――すぐに御膳だ。膳の上で一銚子よ。分ったか。脱落もあるめえが、何ぞ一品、別の肴を見繕ってよ、と仰せられる。」
と仰せられ、
「ああ、いい酒だぜ、忠兵衛のおふくろかい、古い所で……妙燗妙燗。」
と二つばかり額を叩く。……暢気さも傍若無人で、いずれ野宿の、ここに寝てしまうつもりでいよう。舫船を旅籠とより、名所を座敷にしたようなことを吐す。が。僅か一時ばかり前、この町通り、両側の旅籠の前を、うろついて歩行いた折は、早や日も落ちて、脚にも背にも、放浪の陰の漾った、見るからみじめな様子であった。