3話 三
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黄昏に、御泊を待つ宿引女の、廂はずれの床几に掛けて、島田、円髷、銀杏返、撫つけ髪の夕化粧、姿を斜に腰を掛けて、浅葱に、白に、紅に、ちらちら手絡の色に通う、団扇の絵を動かす状、もの言う声も媚かしく傾城町の風情がある。
浦づたいなる掃いたような白い道は、両側に軒を並べた、家居の中を、あの注連を張った岩に続く……、松の蒔絵の貝の一筋道。
氷店、休茶屋、赤福売る店、一膳めし、就中、鵯の鳴くように、けたたましく往来を呼ぶ、貝細工、寄木細工の小女どもも、昼から夜へ日脚の淀みに商売の逢魔ヶ時、一時鳴を鎮めると、出女の髪が黒く、白粉が白く成る。
優い声で、
「もし、お泊りかな。」
「お泊りやすえ。」
彼方でも、お泊りやす、此方でも、お泊りやす、と愛嬌声の口許は、松葉牡丹の紅である。
「泊るよ。」
其処へ、突掛けに 紺がすりの汗ばんだ道中を持って行くと、
「はい、お旅籠は上中下と三段にございますがな、最下等にいたしましても……」
何うして、こんな旅籠へ一宿出来よう、服装を見ての口上に違いないから。
「何だ。無価泊めようと云うのじゃねえのか。」
「外を聞いておくんなはれ。」
「指揮は受けねえ。」と肩を揺って、のっさり通る。
「お泊りやす。」
「俺か。」とまたずっと寄る。
「否、違いまんの。」
「状あ見ろ、へへん。」
と、半分白い目で天を仰いで、拗ねたようにそのまま素通。
この辺とて、道者宿、木賃泊りが無いではない。要するに、容子の好い婦人が居て、夕をほの白く道中を招く旅籠では、風体の恁の如き、君を客にはしないのである。
荷も石瓦、古新聞、乃至、懐中は空っぽでも、一度目指した軒を潜って、座敷に足さえ踏掛くれば、銚子を倒し、椀を替え、比目魚だ、鯛だ、と贅を言って、按摩まで取って、ぐっすり寝て、いざ出発の勘定に、五銭の白銅一個持たないでも、彼はびくとも為るのではなかった。
針が一本――魔法でない。
この六でなしの六蔵は、元来腕利きの仕立屋で、女房と世帯を持ち、弟子小僧も使った奴。酒で崩して、賭博を積み、いかさまの目ばかり装った、己の名の旅双六、花の東都を夜遁げして、神奈川宿のはずれから、早や旅銭なしの食いつめもの、旅から旅をうろつくこと既にして三年越。
右様の勘定書に対すれば、洗った面で、けろりとして、
「おう、仕立ものの用はねえか。羽織でも、袴でも。何にもなきゃ経帷子を縫って遣ら。勘定は差引だ。」
女郎屋の朝の居残りに遊女どもの顔を剃って、虎口を遁れた床屋がある。――それから見れば、旅籠屋や、温泉宿で、上手な仕立は重宝で、六の名は七同然、融通は利き過ぎる。
尤も仕事を稼ぎためて、小遣のたしにするほどなら、女房を棄てて流浪なんかしない筈。
からっけつの尻端折、笠一蓋の着たッ切雀と云うも恥かしい阿房鳥の黒扮装で、二見ヶ浦に塒を捜して、
「お泊りだ、お一人さん――旅籠は鐚でお定り、そりゃ。」と指二本、出女の目前へぬいと出す。
誰が対手に成るものか、黙って動かす団扇の手は、浦風を軒に誘って、背後から……塩花塩花。