3話 池の畔
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私のゐた別荘の下に、小さな池があつた。それは大したものではなかつたけれども、水草だの、芦だの、藺だのがしげつてゐて、この山の中に、ちよつと水郷を思はせるやうな趣を示してゐた。時には森や丘の姿が静かに黒くその水の面に落ちてゐるのを見たことなどもあつた。今はそこに、此方の岸に瀟洒な二階屋が一軒出来て、そこから三味線の音がきこえて来るといふことであつた。
K君は言つた。
『その料理屋はKさんの弟がやつてゐるんです。そら、上諏訪の芸者を細君にした、先生はあの人々に逢つたことはありませんかね』
さう言へば、私もそのKさんの弟のロマンチツクな閲歴をかなり詳しく聞いて知つてゐた。それはアメリカからブラジル、それから大陸にわたつて、イギリス、フランスと浮浪して歩いたやうな人であつた。かれは巴里から帰国の旅費を故郷に電報で言つて来たりした。そのかれが、さうして細君と共に、その池の畔に小さな茶屋を開いてゐる形は面白いと私は思つた。