2話 夫人利生記(2)
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写真は、蓮行寺の摩耶夫人の御堂の壇の片隅に、千枚の歌留多を乱して積んだような写真の中から見出された。たとえば千枚千人の婦女が、一人ずつ皆嬰児を抱いている。お産の祈願をしたものが、礼詣りに供うるので、すなわち活きたままの絵馬である。胸に抱いたのも、膝に据えたのも、中には背に負したまま、両の掌を合せたのもある。が、胸をはだけたり、乳房を含ませたりしたのは、さすがにないから、何も蔽わず、写真はあからさまになっている。しかし、婦ばかりの心だしなみで、いずれも伏せてある事は言うまでもない。
この写真が、いま言った百人一首の歌留多のように見えるまで、御堂は、金碧蒼然としつつ、漆と朱の光を沈めて、月影に青い錦を見るばかり、厳に端しく、清らかである。
御厨子の前は、縦に二十間がほど、五壇に組んで、紅の袴、白衣の官女、烏帽子、素袍の五人囃子のないばかり、きらびやかなる調度を、黒棚よりして、膳部、轅の車まで、金高蒔絵、青貝を鏤めて隙間なく並べた雛壇に較べて可い。ただ緋毛氈のかわりに、敷妙の錦である。
ことごとく、これは土地の大名、城内の縉紳、豪族、富商の奥よりして供えたものだと聞く。家々の紋づくしと見れば可い。
天人の舞楽、合天井の紫のなかば、古錦襴の天蓋の影に、黒塗に千羽鶴の蒔絵をした壇を据えて、紅白、一つおきに布を積んで、媚かしく堆い。皆新しい腹帯である。志して詣でた日に、折からその紅の時は女の児、白い時は男の児が産れると伝えて、順を乱すことをしないで受けるのである。
右左に大な花瓶が据って、ここらあたり、花屋およそ五七軒は、囲の穴蔵を払ったかと思われる見事な花が夥多しい。白菊黄菊、大輪の中に、桔梗がまじって、女郎花のまだ枯れないのは、功徳の水の恵であろう、末葉も落ちず露がしたたる。
時に、腹帯は紅であった。
渠が詣でた時、蝋燭が二挺灯って、その腹帯台の傍に、老女が一人、若い円髷のと睦じそうに拝んでいた。
しばらくして、戸口でまた珠数を揉頂いて、老女が前に、その二人が帰ったあとは、本堂、脇堂にも誰も居ない。
ここに註しておく。都会にはない事である。このあたりの寺は、どこにも、へだて、戸じまりを置かないから、朝づとめよりして夕暮までは、諸天、諸仏。――中にも爾く端麗なる貴女の奥殿に伺候するに、門番、諸侍の面倒はいささかもないことを。
寺は法華宗である。
祖師堂は典正なのが同一棟に別にあって、幽厳なる夫人の廟よりその御堂へ、細長い古畳が欄間の黒い虹を引いて続いている。……広い廊下は、霜のように冷うして、虚空蔵の森をうけて寂然としていた。
風すかしに細く開いた琴柱窓の一つから、森を離れて、松の樹の姿のいい、赤土山の峰が見えて、色が秋の日に白いのに、向越の山の根に、きらきらと一面の姿見の光るのは、遠い湖の一部である。此方の麓に薄もみじした中腹を弛く繞って、巳の字の形に一つ蜒った青い水は、町中を流るる川である。町の上には霧が掛った。その霧を抽いて、青天に聳えたのは昔の城の天守である。
聞け――時に、この虹の欄間に掛けならべた、押絵の有名な額がある。――いま天守を叙した、その城の奥々の婦人たちが丹誠を凝した細工である。
万亭応賀の作、豊国画。錦重堂板の草双紙、――その頃江戸で出版して、文庫蔵が建ったと伝うるまで世に行われた、釈迦八相倭文庫の挿画のうち、摩耶夫人の御ありさまを、絵のまま羽二重と、友染と、綾、錦、また珊瑚をさえ鏤めて肉置の押絵にした。……
浄飯王が狩の道にて――天竺、天臂城なる豪貴の長者、善覚の妹姫が、姉君矯曇弥とともに、はじめて見ゆる処より、優陀夷が結納の使者に立つ処、のちに、矯曇弥が嫉妬の処。やがて夫人が、一度、幻に未生のうない子を、病中のいためる御胸に、抱きしめたまう姿は、見る目にも痛ましい。その肩にたれつつ、みどり児の頸を蔽う優しき黒髪は、いかなる女子のか、活髪をそのままに植えてある。……
われら町人の爺媼の風説であろうが、矯曇弥の呪詛の押絵は、城中の奥のうち、御台、正室ではなく、かえって当時の、側室、愛妾の手に成ったのだと言うのである。しかも、その側室は、絵をよくして、押絵の面描は皆その彩筆に成ったのだと聞くのも意味がある。
夫人の姿像のうちには、胸ややあらわに、あかんぼのお釈迦様を抱かるるのがあるから、――憚りつつも謹んで説おう。
ここの押絵のうちに、夫人が姿見のもとに、黒塗の蒔絵の盥を取って手水を引かるる一面がある。真珠を雪に包んだような、白羽二重で、膚脱の御乳のあたりを装ってある。肩も背も半身の膚あらわにおわする。
牙の六つある大白象の背に騎して、兜率天よりして雲を下って、白衣の夫人の寝姿の夢まくらに立たせたまう一枚のと、一面やや大なる額に、かの藍毘尼園中、池に青色の蓮華の開く処。無憂樹の花、色香鮮麗にして、夫人が無憂の花にかざしたる右の手のその袖のまま、釈尊降誕の一面とは、ともに城の正室の細工だそうである。
面影も、色も靉靆いて、欄間の雲に浮出づる。影はささぬが、香にこぼれて、後にひかえつつも、畳の足はおのずから爪立たれた。
畳廊下を引返しざまに、敷居を出る。……夫人廟の壇の端に、その写真の数々が重ねてあった。
押絵のあとに、時代を違えた、写真を覘くのも学問である。
清水に洗濯した美女の写真は、ただその四五枚めに早く目に着いた。円髷にこそ結ったが、羽織も着ないで、女の児らしい嬰児を抱いて、写真屋の椅子にかけた像は、寸分の違いもない。
こうした写真は、公開したもおなじである。産の安らかさに、児のすこやかさに、いずれ願ほどにあやかるため、その一枚を選んで借りて、ひそかに持帰る事を許されている。ただし遅速はおいて、複写して、夫人の御人々御中に返したてまつるべき事は言うまでもなかろう。
今日は方々にお賽銭が多い。道中の心得に、新しく調えた懐中に半紙があった。
目の露したたり、口許も綻びそうな、写真を取って、思わず、四辺を見て半紙に包もうとした。
トタンに人気勢がした。
樹島はバッとあかくなった。
猛然として憶起した事がある。八歳か、九歳の頃であろう。雛人形は活きている。雛市は弥生ばかり、たとえば古道具屋の店に、その姿があるとする。……心を籠めて、じっと凝視るのを、毎日のように、およそ七日十日に及ぶと、思入ったその雛、その人形は、莞爾と笑うというのを聞いた。――時候は覚えていない。小学校へ通う大川の橋一つ越えた町の中に、古道具屋が一軒、店に大形の女雛ばかりが一体あった。長けた美しさは註するに及ぶまい。――樹島は学校のかえりに極って、半時ばかりずつ熟と凝視した。
目は、三日四日めから、もう動くようであった。最後に、その唇の、幽冥の境より霞一重に暖かいように莞爾した時、小児はわなわなと手足が震えた。同時である。中仕切の暖簾を上げて、姉さんだか、小母さんだか、綺麗な、容子のいいのが、すっと出て来て、「坊ちゃん、あげましょう。」と云って、待て……その雛ではない。定紋つきの塗長持の上に据えた緋の袴の雛のわきなる柱に、矢をさした靱と、細長い瓢箪と、霊芝のようなものと一所に掛けてあった、――さ、これが変だ。のちに思っても可思議なのだが、……くれたものというと払子に似ている、木の柄が、草石蚕のように巻きぼりして、蝦色に塗ってあるさきの処に、一尺ばかり革の紐がばらりと一束ついている。絵で見た大将が持つ采配を略したような、何にするものだか、今もって解らない。が、町々辻々に、小児という小児が、皆おもちゃを持って、振ったり、廻したり、空を払いたりして飛廻った。半年ばかりですたれたが、一種の物妖と称えて可かろう。持たないと、生効のないほど欲しかった。が樹島にはそれがなかった。それを、夢のように与えられたのである。
橋の上を振廻して、空を切って駈戻った。が、考えると、……化払子に尾が生えつつ、宙を飛んで追駈けたと言わねばならない。母のなくなった、一周忌の年であった。
父は児の手の化ものを見ると青くなって震えた。小遣銭をなまで持たせないその児の、盗心を疑って、怒ったよりは恐れたのである。
真偽を道具屋にたしかめるために、祖母がついて、大橋を渡る半ばで、母のおくつきのある山の峰を、孫のために拝んだ、小児も小さな両手を合せた。この時の流の音の可恐さは大地が裂けるようであった。「ああ、そうとは知りませぬ。――小児衆の頑是ない、欲しいものは欲しかろうと思うて進ぜました。……毎日見てござったは雛じゃったか。――それはそれは。……この雛はちと大金のものゆえに、進上は申されぬ――お邪魔でなくばその玩弄品は。」と、確と祖母に向って、道具屋が言ってくれた。が、しかし、その時のは綺麗な姉さんでも小母さんでもない。不精髯の胡麻塩の親仁であった。と、ばけものは、人の慾に憑いて邪心を追って来たので、優い婦は幻影ばかり。道具屋は、稚いのを憐れがって、嘘で庇ってくれたのであろうも知れない。――思出すたびに空恐ろしい気がいつもする。
――おなじ思が胸を打った。同時であった、――人気勢がした。――
御廟子の裏へ通う板廊下の正面の、簾すかしの観音びらきの扉が半ば開きつつ薄明い。……それを斜にさし覗いた、半身の気高い婦人がある。白衣に緋を重ねた姿だと思えば、通夜の籠堂に居合せた女性であろう。小紋の小袖に丸帯と思えば、寺には、よき人の嫁ぐならいがある。――あとで思うとそれも朧である。あの、幻の道具屋の、綺麗な婦のようでもあったし、裲襠姿振袖の額の押絵の一体のようにも思う。……
瞬間には、ただ見られたと思う心を、棒にして、前後も左右も顧みず、衝々と出、その裳に両手をついて跪いた。
「小児は影法師も授りません。……ただあやかりとう存じます。――写真は……拝借出来るのでございましょうか。」
舌はここで爛れても、よその女を恋うるとは言えなかったのである。
「どの、お写真。」
と朗に、しっとり聞えた。およそ、妙なるものごしとは、この時言うべき詞であった。
「は、」
と載せたまま白紙を。
「お持ちなさいまし。」
あなたの手で、スッと微かな、……二つに折れた半紙の音。
「は、は。」
と額に押頂くと、得ならず艶なるものの薫に、魂は空になりながら、恐怖と恥とに、渠は、ずるずると膝で退った。
よろりと立つ時、うしろ姿がすっと隠れた。
外套も帽も引掴んで、階を下りる、足が辷る。そこへ身体ごと包むような、金剛神の草鞋の影が、髣髴として顕れなかったら、渠は、この山寺の石の壇を、径へ転落ちたに相違ない。
雛の微笑さえ、蒼穹に、目に浮んだ。金剛神の大草鞋は、宙を踏んで、渠を坂道へ橇り落した。
清水の向畠のくずれ土手へ、萎々となって腰を支いた。前刻の婦は、勿論の事、もう居ない。が、まだいくらほどの時も経たぬと見えて、人の来て汲むものも、菜を洗うものもなかったのである。
ほかほかとおなじ日向に、藤豆の花が目を円く渠を見た。……あの草履を嬲ったのが羨しい……赤蜻蛉が笑っている。
「見せようか。」
仰向けに、鐘を見つつ、そこをちらちらする蜻蛉に向って、自棄に言った。
「いや、……自分で拝もう。」
時に青空に霧をかけた釣鐘が、たちまち黒く頭上を蔽うて、破納屋の石臼も眼が窪み口が欠けて髑髏のように見え、曼珠沙華も鬼火に燃えて、四辺が真暗になったのは、眩く心地がしたからである。――いかに、いかに、写真が歴々と胸に抱いていた、毛糸帽子、麻の葉鹿の子のむつぎの嬰児が、美女の袖を消えて、拭って除ったように、なくなっていたのであるから。
樹島はほとんど目をつむって、ましぐらに摩耶夫人の御堂に駈戻った。あえて目をつむってと言う、金剛神の草鞋が、彼奴の尻をたたき戻した事は言うまでもない。
夫人の壇に戻し参らせた時は、伏せたままでソと置いた。嬰児が、再び写真に戻ったかどうかは、疑うだけの勇気はなかったそうである。
「いや、何といたしまして。……棚に、そこにござります。金、極彩色の、……は、そちらの素木彫の。……いや、何といたして、古人の名作。ど、ど、どれも諸家様の御秘蔵にござりますが、少々ずつ修覆をいたす処がありまして、お預り申しておりますので。――はい、店口にござります、その紫の袈裟を召したのは私が刻みました。祖師のお像でござりますが、喜撰法師のように見えます処が、業の至りませぬ、不束ゆえで。」
と、淳朴な仏師が、やや吶って口重く、まじりと言う。
しかしこれは、工人の器量を試みようとして、棚の壇に飾った仏体に対して試に聞いたのではない。もうこの時は、樹島は既に摩耶夫人の像を依頼したあとだったのである。
一山に寺々を構えた、その一谷を町口へ出はずれの窮路、陋巷といった細小路で、むれるような湿気のかびの一杯に臭う中に、芬と白檀の薫が立った。小さな仏師の家であった。
一小間硝子を張って、小形の仏龕、塔のうつし、その祖師の像などを並べた下に、年紀はまだ若そうだが、額のぬけ上った、そして円顔で、眉の濃い、目の柔和な男が、道の向うさがりに大きな塵塚に対しつつ、口をへの字形に結んで泰然として、胡坐で細工盤に向っていた。「少々拝見を、」と云って、樹島は静に土間へ入って、――あとで聞いた預りものだという仏、菩薩の種々相を礼しつつ、「ただ試みに承りたい。大なこのくらいの像を一体は。」とおおよその値段を当った。――冷々とした侘住居である。木綿縞の膝掛を払って、筒袖のどんつくを着た膝を居り直って、それから挨拶した。そッときいて、……内心恐れた工料の、心づもりよりは五分の一だったのに勢を得て、すぐに一体を誂えたのであった。――
「……なれども、おみだしに預りました御註文……別して東京へお持ちになります事で、なりたけ、丹、丹精を抽んでまして。」
と吃って言う。
「あなた、仏様に御丹精は、それは実に結構ですが、お礼がお礼なんですから、お骨折ではかえって恐縮です。……それに、……唯今も申しました通り、然るべき仏壇の用意もありません。勿体なくありません限り、床の間か、戸袋の上へでもお据え申そうと思いますから、かたがた草双紙風俗にとお願い申したほどなんです。――本式ではありません。利天のお姿では勿体ないと思うのですから。……お心安く願います。」
「はい、一応は心得ましてござります。なお念のために伺いますが、それでは、むかし御殿のお姫様、奥方のお姿でござりますな。」
「草双紙の絵ですよ。本があると都合がいいな。」
樹島は巻莨を吸いさして打案じつつ、
「倭文庫。……」
「え、え、釈迦八相――師匠の家にございまして、私よく見まして存じております。いや、どうも。……」
と胸を抱くように腕を拱んで、
「小僧から仕立てられました、……その師匠に、三年あとになくなられましてな。杖とも柱とも頼みましたものを、とんと途方に暮れております。やっと昨年、真似方の細工場を持ちました。ほんの新店でござります。」
「もし、」
と、仕切一つ、薄暗い納戸から、優しい女の声がした。
「端本になりましたけれど、五六冊ございましたよ。」
「おお、そうか。」
「いや、いまお捜しには及びません。」
様子を察して樹島が框から声を掛けた。
「は、つい。」
「お乳。」
と可愛い小児の声する。……
「めめ、覚めて。はい……お乳あげましょうね。」
「のの様、おっぱい。……のの様、おっぱい。」
「まあ、のの様ではありません、母ちゃんよ。」
「ううん、欲くないの、坊、のんだの、のの様のおっぱい。――お雛様のような、のの様のおっぱい。」
「おや、夢を御覧だね。」
樹島は肩の震うばかり胸にこたえた。
「嬢ちゃんですか。」
「ええ、もう、年弱の三歳になりますが、ええ、もう、はや――ああ、何、お茶一つ上げんかい。」
と、茶卓に注いで出した。
「あ、」
清水にきぬ洗える美女である。先刻のままで、洗いさらした銘仙の半纏を引掛けた。
「先刻は。」
「まあ、あなた。」
「お目にかかったか。」
「ええ、梅鉢寺の清水の処で、――あの、摩耶夫人様のお寺をおききなさいました。」
渠は冷い汗を流した。知らずに聞いた路なのではなかったのである。
「御信心でございますわね。」
と、熟と見た目を、俯目にぽッと染めた。
むっくりとした膝を敲いて、
「それは御縁じゃ――ますます、丹、丹精を抽んでますで。」
「ああ、こちらの御新姐ですか。」
と、吻として、うっかり言う。
「いや、ええ、その……師、師匠の娘でござりまして。」
「何ですね、――ねえ、……坊や。」
と、敷居の内へ……片手づきに、納戸へ背向に面を背けた。
樹島は謝礼を差出した。出来の上で、と辞して肯ぜぬのを、平にと納めさすと、きちょうめんに、硯に直って、ごしごしと墨をあたって、席書をするように、受取を――
記
一金……円也
「ま、ま、摩……耶の字?……ああ、分りました。」
「御主人。」
と樹島が手を挙げて、
「夫人のお名は、金員の下でなく、並べてか、……上の方へ願います。」
「あ、あ、あい分りました。」
「御丁寧に。……では、どうぞ。……決して口を出すのではありませんが、お顔をどうぞ、なりたけ、お綺麗になすって下さい。……お仕事の法にかなわないかは分りませんが。」
「ああ、いえ。――何よりも御容貌が大切でございます。――赤門寺のお上人は、よく店へお立寄り下さいますが、てまえどもの方の事にも、それはお悉しゅうございましてな。……お言には――相好説法――と申して、それぞれの備ったおん方は、ただお顔を見たばかりで、心も、身も、命も、信心が起るのじゃと申されます。――わけて、御女体、それはもう、端麗微妙の御面相でなければあいなりません。――……てまいただ、力、力が、腕、腕がござりましょうか、いかがかと存じまするのみでして、は、はい。」
樹島は、ただ一目散に停車場へ駈つけて、一いきに東京へ遁げかえる覚悟をして言った。
「御新姐の似顔ならば本懐です。」――