素戔嗚尊

10話

1,252字 約3分 1999年8月27日 公開

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 素戔嗚(すさのお)は彼の不平を聞き流してから、相手の若者たちの方を向いて、野蛮(やばん)な彼にも似合わない、調停の言葉を述べようとした。するとその刹那(せつな)に彼の崇拝者は、よくよく口惜(くちお)しさに堪え兼ねたのか、いきなり近くにいた若者に飛びかかると、したたかその(ほお)を打ちのめした。打たれた若者はよろめきながら、すぐにまた相手へ(つか)みかかった。

「待て。こら、待てと云ったら待たないか。」

 こう叱りながら素戔嗚は、無理に二人を引き離そうとした。ところが打たれた若者は、彼に腕を掴まれると、血迷った眼を(いか)らせながら、今度は彼へ獅噛(しが)みついて来た。と同時に彼の崇拝者は、腰にさした(むち)をふりかざして、まるで気でも違ったように、やはり口論の相手だった若者たちの中へ飛びこんだ。若者たちも勿論この男に、おめおめ打たれるようなものばかりではなかった。彼等は咄嗟(とっさ)に二組に分れて、一方はこの男を囲むが早いか、一方は不慮の出来事に()を失った素戔嗚へ、紛々と(こぶし)を加えに来た。ここに立ち至ってはもう素戔嗚にも、喧嘩に加わるよりほかに(みち)はなかった。のみならずついに相手の拳が、彼の(こうべ)(くだ)った時、彼は理非も忘れるほど真底(しんそこ)から一時に腹が立った。

 たちまち彼等は入り乱れて、互に打ったり打たれたりし出した。あたりに草を()んでいた牛や馬も、この騒ぎに驚いて、四方へ一度に逃げて行った。が、それらの飼い主たちは拳を(ふる)うのに夢中になって、しばらくは誰も家畜の行方(ゆくえ)に気をとめる容子(ようす)は見えなかった。

 が、その内に素戔嗚と争ったものは、手を折られたり、足を(くじ)かれたりして、だんだん浮き足が立つようになった。そうしてとうとうしまいには、誰からともなく算を乱して、意気地(いくじ)なく草山を逃げ(くだ)って行った。

 素戔嗚は相手を追い払うと、今度は彼の崇拝者が、まだ彼等に未練があるのを押し(とど)めなければならなかった。

「騒ぐな。騒ぐな。逃げるものは逃がしてやるのが()いのだ。」

 若者はやっと彼の手を離れると、べたりと草の上へ坐ってしまった。彼が手ひどく(なぐ)られた事は、一面に地腫(じばれ)のした彼の顔が、明白に語っている事実であった。素戔嗚は彼の顔を見ると、腹立たしい心のどん底から、急に可笑(おか)しさがこみ上げて来た。

「どうした? 怪我(けが)はしなかったか?」

「何、したってかまいはしません。今日と云う今日こそあいつらに、一泡吹かせてやったのですから。――それよりあなたこそ、御怪我はありませんか。」

「うん、(こぶ)が一つ出来ただけだった。」

 素戔嗚はこう云う一言に忌々(いまいま)しさを吐き出しながら、そこにあった一本の(にれ)根本(ねもと)に腰を下した。彼の眼の前には部落の屋根が、草山の腹にさす夕日の光の中に、やはり赤々と浮き上っていた。その景色が素戔嗚には、不思議に感じるくらい平和に見えた。それだけまた今までの格闘(かくとう)が、夢のような気さえしないではなかった。

 二人は草を敷いたまま、しばらくは黙って物静な部落の日暮を見下していた。

「どうです。瘤は痛みますか。」

「大して痛まない。」

(こめ)()んでつけて置くと()いそうですよ。」

「そうか。それは好い事を聞いた。」

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