11話 十一
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ちょうどこの喧嘩と同じように、素戔嗚は次第にある一団の若者たちを嫌でも敵にしなければならなくなった。しかしそれが数の上から云うと、ほとんどこの部落の若者たちの三分の二以上の多数であった。この連中は彼の味方が、彼を首領と仰ぐように、思兼尊だの手力雄尊だのと云う年長者に敬意を払っていた。しかしそれらの尊たちは、格別彼に敵意らしい何物も持っていないらしかった。
殊に思兼尊などは、むしろ彼の野蛮な性質に好意を持っているようであった。現にあの草山の喧嘩から、二三日経ったある日の午後、彼が例のごとくたった一人、山の中の古沼へ魚を釣りに行っていると、偶然そこへ思兼尊が、これも独り分け入って来た。そうして隔意なく彼と一しょに、朽木の幹へ腰を下して、思いのほか打融けた世間話などをし始めた。
尊はもう髪も髯も白くなった老人ではあるが、部落第一の学者でもあり、予ねてまた部落第一の詩人と云う名誉も担っていた。その上部落の女たちの中には、尊を非凡な呪物師のように思っているものもないではなかった。これは尊が暇さえあると、山谷の間をさまよい歩いて、薬草などを探して来るからであった。
彼は勿論思兼尊に、反感を抱くべき理由がなかった。だから糸を垂れたまま、喜んで尊の話相手になった。二人はそこで長い間、古沼に臨んだ柳の枝が、銀のような花をつけた下に、いろいろな事を話し合った。
「近頃はあなたの剛力が、大分評判のようじゃありませんか。」
しばらくしてから思兼尊は、こう云って、片頬に笑を浮べた。
「評判だけ大きいのです。」
「それだけでも結構ですよ。すべての事は評判があって、始めてあり甲斐があるのですから。」
素戔嗚にはこの答が、一向腑に落ちなかった。
「そうでしょうか。じゃ評判がなかったら、いくら私が剛力でも――」
「さらに剛力ではなくなるのです。」
「しかし人が掬わなくっても、砂金は始から砂金でしょう。」
「さあ、砂金だとわかるのは、人に掬われてからの上じゃありませんか。」
「すると人が、ただの砂を砂金だと思って掬ったら――」
「やはりただの砂でも砂金になるでしょう。」
素戔嗚は何だか思兼尊に、調戯われているような心もちがした。が、そうかと思って相手を見ても、尊の皺だらけな目尻には、ただ微笑が宿っているばかりで、人の悪そうな気色は少しもなかった。
「何だかそれじゃ砂金になっても、つまらないような気がしますが。」
「勿論つまらないものなのですよ。それ以上に考えるのは、考える方が間違っているのです。」
思兼尊はこう云うと、実際つまらなそうな顔をしながら、どこかで摘んで来たらしい蕗の薹の《におい》を嗅ぎ始めた。