14話 十四
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が、若者はさり気ない調子で、噴き井の上に枝垂れかかった白椿の花を《むし》りながら、
「もう瘤は御癒りですか。」
「うん、とうに癒った。」
彼は真面目にこんな返事をした。
「生米を御つけになりましたか。」
「つけた。あれは思ったより利き目があるらしかった。」
若者は《むし》った椿の花を噴き井の中へ抛りこむと、急にまたにやにや笑いながら、
「じゃもう一つ、好い事を御教えしましょうか。」
「何だ。その好い事と云うのは。」
彼が不審そうにこう問返すと、若者はまだ意味ありげな笑を頬に浮べたまま、
「あなたの頸にかけて御出でになる、勾玉を一つ頂かせて下さい。」と云った。
「勾玉をくれ? くれと云えばやらないものでもないが、勾玉を貰ってどうするのだ?」
「まあ、黙って頂かせて下さい。悪いようにはしませんから。」
「嫌だ。どうするのだか聞かない内は、勾玉なぞをやる訳には行かない。」
素戔嗚はそろそろ焦れ出しながら、突慳貪に若者の請を却けた。すると相手は狡猾そうに、じろりと彼の顔へ眼をやって、
「じゃ云いますよ。あなたは今ここへ水を汲みに来ていた、十五六の娘が御好きでしょう。」
彼は苦い顔をして、相手の眉の間を睨みつけた。が、内心は少からず、狼狽に狼狽を重ねていた。
「御好きじゃありませんか、あの思兼尊の姪を。」
「そうか。あれは思兼尊の姪か。」
彼は際どい声を出した。若者はその容子を見ると、凱歌を挙げるように笑い出した。
「そら、御覧なさい。隠したってすぐに露われます。」
彼はまた口を噤んで、じっと足もとの石を見つめていた。水沫を浴びた石の間には、疎に羊歯の葉が芽ぐんでいた。
「ですから私に勾玉を一つ、御よこしなさいと云うのです。御好きならまた御好きなように、取計らいようもあるじゃありませんか。」
若者は鞭を弄びながら、透かさず彼を追窮した。彼の記憶には二三日前に、思兼尊と話し合った、あの古沼のほとりの柳の花が、たちまち鮮に浮んで来た。もしあの娘が尊の姪なら――彼は眼を足もとの石から挙げると、やはり顔をしかめたなり、
「そうして勾玉をどうするのだ?」と云った。
しかし彼の眼の中には、明かに今まで見えなかった希望の色が動いていた。