素戔嗚尊

14話 十四

907字 約2分 1999年8月27日 公開

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 が、若者はさり()ない調子で、噴き井の上に枝垂(しだ)れかかった白椿の花を《むし》りながら、

「もう(こぶ)御癒(おなお)りですか。」

「うん、とうに癒った。」

 彼は真面目にこんな返事をした。

生米(なまごめ)を御つけになりましたか。」

「つけた。あれは思ったより()き目があるらしかった。」

 若者は《むし》った椿の花を噴き井の中へ抛りこむと、急にまたにやにや笑いながら、

「じゃもう一つ、好い事を御教えしましょうか。」

「何だ。その好い事と云うのは。」

 彼が不審(ふしん)そうにこう問返すと、若者はまだ意味ありげな(えみ)を頬に浮べたまま、

「あなたの(くび)にかけて御出でになる、勾玉(まがたま)を一つ頂かせて下さい。」と云った。

「勾玉をくれ? くれと云えばやらないものでもないが、勾玉を貰ってどうするのだ?」

「まあ、黙って頂かせて下さい。悪いようにはしませんから。」

「嫌だ。どうするのだか聞かない内は、勾玉なぞをやる訳には行かない。」

 素戔嗚(すさのお)はそろそろ()れ出しながら、突慳貪(つっけんどん)に若者の(こい)(しりぞ)けた。すると相手は狡猾(こうかつ)そうに、じろりと彼の顔へ眼をやって、

「じゃ云いますよ。あなたは今ここへ水を汲みに来ていた、十五六の娘が御好きでしょう。」

 彼は(にが)い顔をして、相手の(まゆ)の間を(にら)みつけた。が、内心は少からず、狼狽(ろうばい)に狼狽を重ねていた。

「御好きじゃありませんか、あの思兼尊(おもいかねのみこと)(めい)を。」

「そうか。あれは思兼尊の姪か。」

 彼は(きわ)どい声を出した。若者はその容子(ようす)を見ると、凱歌(がいか)を挙げるように笑い出した。

「そら、御覧なさい。隠したってすぐに(あら)われます。」

 彼はまた口を(つぐ)んで、じっと足もとの石を見つめていた。水沫(しぶき)を浴びた石の間には、(まばら)羊歯(しだ)の葉が芽ぐんでいた。

「ですから私に勾玉を一つ、御よこしなさいと云うのです。御好きならまた御好きなように、取計らいようもあるじゃありませんか。」

 若者は(むち)(もてあそ)びながら、()かさず彼を追窮した。彼の記憶には二三日前に、思兼尊と話し合った、あの古沼のほとりの柳の花が、たちまち(あざやか)に浮んで来た。もしあの娘が尊の姪なら――彼は眼を足もとの石から挙げると、やはり顔をしかめたなり、

「そうして勾玉をどうするのだ?」と云った。

 しかし彼の眼の中には、明かに今まで見えなかった希望の色が動いていた。

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