素戔嗚尊

24話 二十四

1,098字 約2分 1999年8月27日 公開

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 やがて足もとの岩は、湿った(こけ)になった。苔はまた間もなく、深い羊歯(しだ)の茂みになった。それから(たけ)の高い熊笹(くまざさ)に、――いつの間にか素戔嗚(すさのお)は、山の中腹を(うず)めている森林の中へはいったのであった。

 森林は容易に尽きなかった。風雨も依然として止まなかった。空には(もみ)(とが)の枝が、暗い霧を払いながら、悩ましい悲鳴を挙げていた。彼は熊笹を押し分けて、遮二無二(しゃにむに)その中を下って行った。熊笹は彼の頭を埋めて、絶えず濡れた葉を飛ばせていた。まるで森全体が、彼の行手を(さえぎ)るべく、生きて動いているようであった。

 彼は休みなく進み続けた。彼の心の内には相不変(あいかわらず)鬱勃(うつぼつ)として怒が燃え上っていた。が、それにも関らず、この荒れ模様の森林には、何か狂暴な喜びを眼ざまさせる力があるらしかった。彼は草木や蔦蘿(つたかずら)を腕一ぱいに()きのけながら、時々大きな声を出して、(うな)って行く風雨に答えたりした。

 (ひる)もやや過ぎた頃、彼はとうとう一すじの谷川に、がむしゃらな進路を遮られた。谷川の水のたぎる向うは、(けず)ったような絶壁であった。彼はその流れに沿って、再び熊笹を掻き分けて行った。するとしばらくして向うの岸へ、藤蔓(ふじづる)を編んだ桟橋(かけはし)が、水煙(みずけむり)と雨のしぶきとの中に、危く懸っている所へ出た。

 桟橋を隔てた絶壁には、火食(かしょく)の煙が(なび)いている、大きな洞穴(ほらあな)が幾つか見えた。彼はためらわずに桟橋を渡って、その穴の一つを(のぞ)いて見た。穴の中には二人の女が、()の火を前に坐っていた。二人とも火の光を浴びて、(えが)いたように赤く見えた。一人は猿のような老婆であったが、一人はまだ年も若いらしかった。それが彼の姿を見ると、同時に声を挙げながら、洞穴の奥へ逃げこもうとした。が、彼は彼等のほかに男手のないのを見るが早いか、猛然と穴の中へ突き進んだ。そうしてまず造作(ぞうさ)もなく、老婆をそこへ《ね》じ伏せてしまった。

 若い女は壁に懸けた刀子(とうす)へ手をかけるや否や、素早く彼の胸を()そうとした。が、彼は片手を(ふる)って、一打にその刀子を打ち落した。女はさらに(つるぎ)を抜いて、執念(しゅうね)く彼を襲って来た。しかし剣は一瞬の後、やはり鏘然(そうぜん)(ゆか)に落ちた。彼はその剣を拾い取ると、切先(きっさき)を歯に(くわ)えながら苦もなく二つに折って見せた。そうして冷笑を浮べたまま、戦いを(いど)むように女を見た。

 女はすでに(おの)()って、三度彼に手向おうとしていた。が、彼が剣を折ったのを見ると、すぐに斧を投げ捨てて、彼の(あわれみ)(うった)うべく、床の上にひれ伏してしまった。

「おれは腹が減っているのだ。食事の仕度をしれい。」

 彼は(とら)えていた手を(ゆる)めて、猿のような老婆をも自由にした。それから炉の火の前へ行って、楽々とあぐらをかいた。二人の女は彼の命令通り、黙々と食事の仕度を始めた。

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