25話 二十五
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洞穴の中は広かった。壁にはいろいろな武器が懸けてあった。それが炉の火の光を浴びて、いずれも美々しく輝いていた。床にはまた鹿や熊の皮が、何枚もそこここに敷いてあった。その上何から起るのか、うす甘い《におい》が快く暖な空気に漂っていた。
その内に食事の仕度が出来た。野獣の肉、谷川の魚、森の木の実、干した貝、――そう云う物が盤や坏に堆く盛られたまま、彼の前に並べられた。若い女は瓶を執って、彼に酒を勧むべく、炉のほとりへ坐りに来た。目近に坐っているのを見れば、色の白い、髪の豊な、愛嬌のある女であった。
彼は獣のように、飮んだり食ったりした。盤や坏は見る見る内に、一つ残らず空になった。女は健啖な彼を眺めながら子供のように微笑していた。彼に刀子を加えようとした、以前の慓悍な気色などは、どこを探しても見えなかった。
「さあ、これで腹は出来た。今度は着る物を一枚くれい。」
彼は食事をすませると、こう云って、大きな欠伸をした。女は洞穴の奥へ行って、絹の着物を持って来た。それは今まで彼の見た事のない、精巧な織模様のある着物であった。彼は身仕度をすませると、壁の上の武器の中から、頭椎の剣を一振とって、左の腰に結び下げた。それからまた炉の火の前へ行って、さっきのようにあぐらを掻いた。
「何かまだ御用がございますか。」
しばらくの後、女はまた側へ来て、ためらうような尋ね方をした。
「おれは主人の帰るのを待っているのだ。」
「待って、――どうなさるのでございますか。」
「太刀打をしようと思うのだ。おれは女を劫して、盗人を働いたなどとは云われたくない。」
女は顔にかかる髪を掻き上げながら、鮮な微笑を浮べて見せた。「それでは御待ちになるがものはございません。私がこの洞穴の主人なのでございますから。」
素戔嗚は意外の感に打たれて、思わず眼を大きくした。
「男は一人もいないのか。」
「一人も居りません。」
「この近くの洞穴には?」
「皆私の妹たちが、二三人ずつ住んで居ります。」
彼は顔をしかめたまま二三度頭を強く振った。火の光、床の毛皮、それから壁上の太刀や剣、――すべてが彼には、怪しげな幻のような心もちがした。殊にこの若い女は、きらびやかな頸珠や剣を飾っているだけに、余計人間離れのした、山媛のような気がするのであった。しかし風雨の森林を長い間さまよった後この危害の惧のない、暖な洞穴に坐っているのは、とにかく快いには違いなかった。
「妹たちは大勢いるのか。」
「十六人居ります。――ただ今姥が知らせに参りましたから、その内に皆御眼にかかりに、出て参るでございましょう。」
成程そう云われて見れば、あの猿のような老婆の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。