山吹

4話 第二場(2)

799字 約2分 2011年5月15日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

村の人一 ええ、まあ、御身(おみ)たちゃあ何をしとるだ。

村の人二 大師様のおつかい姫だ思うで、わざと遠く離れてるだに。

村の人三 うしろから拝んで歩行(ある)くだに――いたずらをしてはなんねえ。

村の人四五六 (口々に)()うよ来うよ。(こんどは稚児を真中(まんなか)に)南無大師遍照金剛、……(かくて、幕に()る。)

夫人 (外套をとり、(ちり)を払い、画家にきせかく)ただ一度ありましたわね――お(おぼえ)はありますまい。酔っていらしって、手をお添えになりました。この手に――もう一度、今生(こんじょう)の思出に、もう一度。本望です。(草に手をつく)貴方、おなごり惜しゅう存じます。

画家 私こそ。(喟然(きぜん)とする。)

夫人 (おじ)さん、さあ、()こう。

人形使 ええ、ええ。さようなら旦那様。

夫人 行こうよ。

二人行きかかる。本雨。

画家 (つかつかと出で、雨傘を開き、二人にさしかく)お持ちなさい。

夫人 貴方は。

画家 雨ぐらいは何の(さわり)もありません。

夫人 お志頂戴します。(傘を取る時)ええ、こんなじゃ。

激しく跣足(はだし)になり、片褄(かたづま)を引上ぐ、()紋縮緬(もんちりめん)長襦袢(ながじゅばん)艶絶(えんぜつ)なり。(おやじ)の手をぐいと()く。

人形使 (よたよたとなって続きつつ)南無大師遍照金剛。

夫人 (花道の半ばにして振かえる)先生。

画家 (やや、あとに続き見送る。)

夫人 世間へ、よろしく。……さようなら、……

画家 御機嫌よう。

夫人 (人形使の皺手(しわで)を、脇に掻込(かいこ)むばかりにして、先に、番傘をかざして、揚幕へ。――)

画家 ((たたず)み立つ。――間。――人形使の声揚幕の内より響く。)

――南無大師遍照金剛――

夫人の声も、またきこゆ。

――南無大師遍照金剛――

画家 うむ、魔界かな、これは、はてな、夢か、いや現実だ。――(夫人の駒下駄を()る)ええ、おれの身も、おれの名も棄てようか。(夫人の駒下駄を手にす。苦悶(くもん)の色を(あらわ)しつつ)いや、仕事がある。(その駒下駄を投棄つ。)

雨の音()む。

福地山修禅寺の暮六ツの鐘、鳴る。――幕――

大正十二(一九二三)年六月

目次に戻る

感想を書く

目次