○○獣

1話 眠られぬ少年

1,296字 約3分 2003年12月16日 公開

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 深夜の大東京!

 まん中から半分ほど欠けた月が、深夜の大空にかかっていた。

 いま大東京の建物はその青白い光に照されて、墓場(はかば)のように睡っている。地球がだんだん冷えかかってきたようで、心細い気のする或る秋の夜のことだった。その月が、丁度(ちょうど)宿(やど)っている一つの窓があった。その窓は、五階建ての、ネオンの看板の消えている、銀座裏の、とある古いビルディングの屋上に近いところにあって、まるで猫の目玉のようにキラキラ光っていた。

 もし今ここに、羽根(はね)()えた人間でもがあって、物好きにもこの窓のところまで飛んでいったとしたら、そしてその光る硝子(ガラス)窓のなかをソッと(のぞ)いてみたとしたら、そこに一人の少年が寝床(ねどこ)(よこた)わったまま、目をパチパチさせて起きているのを発見するだろう。敬二(けいじ)――といった。その少年の名前である。

 大東京の三百万の住民たちは今グウグウ睡っているのに、それに大東京の建物も街路も電車の軌道(きどう)も黄色くなった鈴懸(すずか)けの樹も睡っているのに、それなのに敬二少年はなぜひとり目を覚ましているのだろうか。

「本当にそういうことがあるかも知れないねえ――」

 と、敬二は(ひと)(ごと)をいった。なにが本当にあるかも知れないというのだろうか。

「――原庭(はらにわ)先生が嘘をおっしゃるはずがない」少年は、何かに()かれたように、誰に聞かせるとも分らない言葉を寝床の中にくりかえした。

 少年を、この深夜まで只ひとり睡らせないのは、ひるま原庭先生がクラスの一同の前でなすった、一つの奇妙なお話のせいであった。

 では、そのお話とは、どんなものであったろうか。――

「だからねえ、みなさん」と、原庭先生は目をクシャクシャとさせておっしゃったのである。それは先生の有名な癖だった。「世の中に、人間ほど(えら)いものがないと思ってちゃ、それは大間違いですよ。この広い宇宙のうちに、何万億の星も(ただよ)っているなかで、地球の上に住んでいるわれわれ人間が一番賢いのだなんて、どうして云えましょうか。人間よりもっと豪い生物が必ずいるに遺いないのです。そういう生物が、いつわれわれの()んでいる地球へやって来ないとも限らない。彼らは、その(すぐ)れた頭脳でもって、人間たちを立ち(どころ)に征服してしまうかもしれない。丁度山の奥に(あり)の一族が棲んでいて、天下に俺たちぐらい豪いものはなかろうと思っていると、そこへ突然狩人(かりゅうど)が現れ、蟻は(おどろ)くひまもなく、人間の足の裏に踏みつけられ、皆死んでしまったなどというのと同じことです。人間もひとりで豪がっていると、今に思いがけなくこの(あわ)れな蟻のような愕きにあうことでしょう。みなさん、分りましたか」

 教室に並んでいた生徒たちは、ハイ先生、分りましたと手をあげた。敬二も手をあげたことはあげたんだが、彼は先生の話がよくのみこめなかった。ただ彼は、人間よりずっと豪い生物がいる筈だと聞かされて、非常に恐ろしくなった。そしてなんとなく原庭先生が、地球人間ではなく、地球人間より豪い他の天体の生物が、ひそかに原庭先生に化けて教壇の上から敬二たちを(にら)んでいるように思えて、急に身体がガタガタふるえてきたことを覚えている。

 先生のお話になったようなことがあっていいものだろうか。

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