坊つちやん「遺蹟めぐり」

4話 〈上〉 四 山嵐のモデルに逢ふ

1,013字 約2分 2024年2月9日 公開

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 翌日昼過ぎにのこ/\又松山へ出て来た。松下君がすつかり調べて()れて山嵐のモデルに逢はせやうと云ふので悦んで行く。何処をどう曲つたか始めての土地ゆゑ判らぬが何でも土の壁で四方を密閉して出入の口や窓だけがきりぎりすの籠みたいな細い千本格子で空気の流通を計る旧弊なさびた同じ形の家の続く狭い横町だと思ふ。町名は湊町三丁目の裏といつた。標札に真面目な字で渡辺正利(まさとし)と書いてある。老婆が導いて十二畳の(しつ)に通る。表の見かけより中の造りは広くて手が入つてる。嫌味の無い大書の軸が床の間に懸つてる。同じく嫌味の無い扁額が一つ。嫌味の無い机が中庭寄りの隅に一つ。上に袖珍本が一冊生帳面に置いてある。それきり。先づ清閑の二字を以て評し去るのが適当だ。セルの着物を着た先生が出て来られる。頭は五分刈の無髯、怜悧乍ら人の善さ相な眼の周囲に非常に皺がある。笑ふと巾着の締口みたいに皺が締る。笑ふと少し猿のやうに出る歯と歯茎とを唇で覆はうと努める処を見ると神経質的に用心深い処もある。話の応答の時に一々肩を(そばだ)て首を深く傾げ『さァそれはさ様』と慎重に思ひ合せ、思ひ付けば笑ひの皺を深め『そう/\』と掌で膝を叩く所作なぞあり、敏感で骨つぽい。団扇を呼んで客に勧める所なぞは山嵐にしては如才なさ過ぎる。語る。『左様、あの中の山嵐といふのは私の事だ相です。ハヽヽヽ私は途中で一寸転任したきりあとはずーつと永く松山中学に勤めて居ります。左様数学の教師です。今の赤十字の病院のある所が元の中学校であつた処で坊つちやんに書いてある通りずーつと石畳なぞがありましたが五六年前に今の持田(もちだ)村に新築して移つたのです。左様どうもあの『坊つちやん』の中に書いてある事で思ひ当る事は、祝勝会で練兵場で喧嘩をしたといふ出来事などは、祝勝会ぢやないが兵隊を停車場へ送り迎へるかした時に中学と師範と揉めた実際の事がありました。夏目さんの来らるゝ前の事でしたらう。それを聞かれてまああゝ書かれたのでしよう、その他の事実といつて別に思ひ当りません。事実よりも人の話によると私の性格が如何にもあの山嵐のモデルだ相です。自分で読んで成程そうか知らんと思ふ節もありますが、仕舞ひがいかん。まあ僕が実際山嵐の境地に立つたらあの中に書いてある最後のやうな事はやらん積りぢやけれなあ、アハヽヽヽヽ』他に訊いても見たが先生は中学の現職に居らるゝ方ゆえ余り深き根問ひ葉問ひは迷惑だらうと察した。で(いとま)を告げる。

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