2話 二
読み方を変える
以前、まだ、獅子屋さんの話をきかないうち、筆者は山の手の夜店で、知った方は――笑って、ご存じ……大嫌な犬が、人混の中から、大鰻の化けたような面。……なに馬鹿を言え、犬の面がそんなものに似てたまるかと……御尤でありますが、どうも時々そう見える。――その面が出はしまいかと気にしながら、古本古雑誌の前に踞込んで、おやすく買求めて来ましたのが、半紙綴八十枚ばかりの写本、題して「近世怪談録」という。勿論江戸時代、寛政、明和の頃に、見もし聞きもした不思議な話を筆写したものでありますが、伝写がかさなっているらしく、草行まじりで、丁寧だけれども筆耕が辿々しい。第一、目録が目線であります。下総が下綱だったり、蓮花が蓬の花だったり、鼻が阜になって、腹が榎に見える。らりるれろはほとんど、ろろろろろで、そのまま焼酎火が燃えそうなのが、みな女筆だからおもしろい。
中に、浅草だの、新吉原だの、女郎だのという字は、優しく柔かにしっとりと、間違いなくかいてある。どうも、このうつしものを手内職にした、その頃の、ごしんぞ、女房、娘。円髷か、島田か、割鹿子。……やつれた束ね髪ででもありましょうか、薄暗い行燈のもとに筆をとっている、ゆかしい、あわれな、寂しい姿が、何となく、なつかしく目に映る。何も、燈心の灯影は、夜と限ったわけではありません、しょぼしょぼ雨の柳の路地の窓際でもよし、夕顔のまばら垣に、蚊遣が添っても構いはしない。……内職の仕事といえば、御殿や、お邸でさえなければ、言わずともその情景は偲ばれましょう。
ところで、何しろ「怪談録」です。怨念の蛇がぬらぬらと出たり、魔界の巷に旅人が《さまよ》ったり。……川柳にさえあるのです……(細首を掴んで遣手蔵へ入れ)……そのかぼそい遊女の責殺された幻が裏階子に彳んだり、火の車を引いて鬼が駆けたり、真夜中の戸障子が縁の方から、幾重にも、おのずからスッと開いて、青い坊さんが入って来たりするのでありますから、がたがたがた、酒屋の小僧が台所の戸を開けても、ハッと思い、蚊遣の火も怪しく燃えれば、煙の末に鬼が顕われ、夕顔の蕊もおはぐろでニタリと笑う。柳の雫も青い尾を曳く。ふと行燈に蟷螂でも留ったとする……眼をぎょろりと、頬被で、血染の斧を。
「あれえ。」
筆を持った白い手を、わななかせたに違いない。
時に、白い手といえば、「怪談録」目録の第一に、一、浅草川船中にて怪霊に逢う事、というのがある。
当時の俳諧師、雪中庵の門人、四五輩。寛延年不詳、霜月のしかも晦日、枯野見からお定まりの吉原へ。引手茶屋で飲んだのが、明日は名におう堺町葺屋町の顔見世、夜の中から前景気の賑いを茶屋で見ようと、雅名を青楼へ馳せず芝居に流した、どのみち、傘雨さん(久保田氏)の選には入りそうもないのが、堀から舟で乗出した。もう十時を過ぎている、やがて十二時。舳が蔵前をさすあたり、漾蕩たる水の暗さにも、千鳥の声に、首尾の松が音ずれして、くらやみから姿をさしのべ、舟を抱くばかりに思うと、ぴたりと留って動かない。櫓づかいをあせる船頭の様子も仔細ありげで、夜は深し、潮も満ちて不気味千万、いい合わせたように膝を揉合い、やみを透すと、心持、大きな片手で、首尾の松を拝んだような船の舳に、ぼっと、白いものが搦んでいる。呼吸を詰めて見透すと、白い、細りした、女の手ばかりが水の中から舳に縋っているのであります。「さながら白き布かと見えて、雪のごとし」と、写本には書いてある。うつくしい女の手が布に見えたのは、嘘ではないらしい。狂言の小舞の謡にも、
十六七は棹に掛けた細布、折取りゃいとし、手繰りよりゃいとし……
肌さえ身さえ、手の縋った、いとしいのを。
「やあ、畜生。」
この怪もの、といったか、河童、といったか、記してないが、「いでその手ぶし切落さんと、若き人、脇指、」……は無法である。けだし首尾の松の下だけの英雄で、初めから、一人供をした幇間が慌てて留めるのは知れている。なぜにその手を取って引上げて見なかったろう。もし枝葉に置く霜の影に透したらんに、細い腕に袖絡み、乳乱れ、褄流れて、白脛はその二片の布を流に掻絞られていたかも知れない。
船頭もまた臆病すぎる。江戸児だろうに、溺れた女とも、身投とも弁えず、棒杭のようにかたくなって、ただ、しい、しい、静にとばかり。おのおの青くなって、息を凝らすうちに――「かの白き手、舳をはなし、水中に消入りぬ。」……
潮に乗って船は出た。
「が、しかし、水に溺れましたか、あるいは身投の婦人が苦しさのあまり、助りたさにとも申すような……」
幇間、もう遅い。分別おくれに、船頭と相顧みて、「船中このあたりにては、かような不思議はままある事、後に聞くもの、驚かずという事なし、いかなるものやらん合点ゆかず、恐しかりける事なり。」である。
が、ここを筆耕した、上品な、またおっとりと、ものやさしい、ご新造、娘には、恐しかりける事より、何となく、ものあわれに、悲しく、うら寂しく、心を打たれたろうと思う。
あとは隅田の凩である。
この次手に――
浅間山の麓にて火車往来の事
軽井沢へ避暑の真似をして、旅宿の払にまごついたというのではない。後世こそ大事なれと、上総から六部に出た老人が、善光寺へ参詣の途中、浅間山の麓に……といえば、まずその硫黄の香と黒煙が想われる。……さて行悩んで、侘しげなる茶屋に立寄り休むうちに、亭主がいうには、去年、(享保年中)八月中ばの事――その日も、やがて八ツ下り。稗黍の葉を吹く風もやや涼しく、熔岩とともにころがった南瓜の縁に、小休みの土地のもの二三人、焼土の通り径を見ながら、飯盛の彼女は、赤い襦袢を新しく買った。笄を質に入れたなどと話していると、遥に東の方よりむら立つ雲もなく、虚空を渡るがごとく、車の駆来る音して、しばらくの間に目前へ近づいたのを見ると、あら、可恐し、素裸の荒漢、三人、車を宙に輾くごとし。真先に、布、紙を弁えず飜した、旗の面に、何と、武州、郡の名、村の名、人の名――(ともに憚ると註してある)――歴々と記したるが矢よりも早く飛過ぐる。火を揚げ煙を噴いた車の中に、炎の搦んだように腰の布が紅に裂けて、素裸であろう、黒髪ばかり蓑のごとく乱れた、躯をのせた、輻が軋り、轍が轟き、磽たる石径を舞上って、「あれあれ浅間山の煙の中へ火の尾を曳いて消えて候よ、六部どの。われら世過ぎにせわしき身は、一夜の旅も、糧ゆえに思うに任せず、廻国のついでに、おのずから、その武州何郡、何村に赴きたまわば、」事のよしをも訪いとむらいたまえと、舌を掉って語ったというのである。――嘘ばっかり。大小哥哥、宿場女郎の髪の香、肌ざわりなど大話をしていたればこそ、そんなものが顕われた。猪か猿を取って、威勢よく飛んだか、早伝馬が駆出したか、不埒にして雲助どもが旅の女を攫ったのかも分らない。はた車の輪の疾く軋るや、秋の夕日に尾花を燃さないと誰が言おう――おかしな事は、人が問いもしないのに、道中、焼山越の人足である――たとえ緊めなくても済むものを、虎の皮には弱ったと見えて、火の車を飛ばした三個の鬼が、腰に何やらん襤褸を絡っていた、は窮している。……ただし窮してまで虎の皮代用の申訳をした、というので、浅間山の麓の茶屋の亭主は語り、六部の爺様は聞いて、世に伝えたのは事実らしい。