雪柳

2話

3,007字 約6分 2012年10月13日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 以前、まだ、獅子屋さんの話をきかないうち、筆者(わたし)は山の手の夜店で、知った方は――笑って、ご存じ……大嫌(だいきらい)な犬が、人混(ひとごみ)の中から、大鰻(おおうなぎ)の化けたような(つら)。……なに馬鹿を言え、犬の面がそんなものに似てたまるかと……御尤(ごもっとも)でありますが、どうも時々そう見える。――その面が出はしまいかと気にしながら、古本古雑誌の前に踞込(しゃがみこ)んで、おやすく買求めて来ましたのが、半紙(つづり)八十枚ばかりの写本、題して「近世怪談録」という。勿論江戸時代、寛政、明和の頃に、見もし聞きもした不思議な話を筆写したものでありますが、伝写がかさなっているらしく、草行まじりで、丁寧だけれども筆耕が辿々(たどたど)しい。第一、目録が目線であります。下総(しもうさ)が下綱だったり、蓮花(れんげ)(よもぎ)の花だったり、鼻が()になって、腹が(えのき)に見える。らりるれろはほとんど、ろろろろろで、そのまま焼酎火(しょうちゅうび)が燃えそうなのが、みな女筆だからおもしろい。

 中に、浅草だの、新吉原だの、女郎だのという字は、優しく柔かにしっとりと、間違いなくかいてある。どうも、このうつしものを手内職にした、その頃の、ごしんぞ、女房(にょうぼ)、娘。円髷(まるまげ)か、島田か、割鹿子(わりかのこ)。……やつれた束ね髪ででもありましょうか、薄暗い行燈(あんどん)のもとに筆をとっている、ゆかしい、あわれな、(わび)しい姿が、何となく、なつかしく目に映る。何も、燈心の灯影は、夜と限ったわけではありません、しょぼしょぼ雨の柳の路地の窓際でもよし、夕顔のまばら垣に、蚊遣(かやり)が添っても構いはしない。……内職の仕事といえば、御殿や、お(やしき)でさえなければ、言わずともその情景は(しの)ばれましょう。

 ところで、何しろ「怪談録」です。怨念(おんねん)の蛇がぬらぬらと出たり、魔界の(ちまた)に旅人が《さまよ》ったり。……川柳にさえあるのです……(細首を(つか)んで遣手(やりて)蔵へ入れ)……そのかぼそい遊女の責殺された幻が裏階子(うらばしご)(たたず)んだり、火の車を引いて鬼が駆けたり、真夜中の戸障子が縁の方から、幾重(いくえ)にも、おのずからスッと()いて、青い坊さんが入って来たりするのでありますから、がたがたがた、酒屋の小僧が台所の戸を開けても、ハッと思い、蚊遣の火も怪しく燃えれば、煙の末に鬼が(あら)われ、夕顔の(しべ)もおはぐろでニタリと笑う。柳の(しずく)も青い尾を()く。ふと行燈に蟷螂(かまきり)でも留ったとする……(まなこ)をぎょろりと、頬被(ほおかぶり)で、血染の(おの)を。

「あれえ。」

 筆を持った白い手を、わななかせたに違いない。

 時に、白い手といえば、「怪談録」目録の第一に、一、浅草川船中にて怪霊に逢う事、というのがある。

 当時の俳諧師、雪中庵の門人、四五輩。寛延年不詳(としつまびらかならず)、霜月のしかも晦日(みそか)枯野見(かれのみ)からお定まりの吉原へ。引手茶屋で飲んだのが、明日(あす)は名におう堺町葺屋町(ふきやちょう)の顔見世、夜の(うち)から前景気の(にぎわ)いを茶屋で見ようと、雅名を青楼へ()せず芝居に流した、どのみち、傘雨(さんう)さん(久保田氏)の選には入りそうもないのが、堀から舟で乗出した。もう十時(よつ)を過ぎている、やがて十二時(ここのつ)(へさき)が蔵前をさすあたり、漾蕩(ようとう)たる水の暗さにも、千鳥の声に、首尾の松が音ずれして、くらやみから姿をさしのべ、舟を抱くばかりに思うと、ぴたりと留って動かない。()づかいをあせる船頭の様子も仔細(しさい)ありげで、()は深し、潮も満ちて不気味千万、いい合わせたように膝を揉合(もみあ)い、やみを(すか)すと、心持、大きな片手で、首尾の松を拝んだような船の舳に、ぼっと、白いものが(から)んでいる。呼吸(いき)を詰めて見透すと、白い、(ほっそ)りした、女の手ばかりが水の中から舳に(すが)っているのであります。「さながら白き布かと見えて、雪のごとし」と、写本には書いてある。うつくしい女の手が布に見えたのは、嘘ではないらしい。狂言の小舞の(うた)にも、

十六七は(さお)に掛けた細布、折取りゃいとし、手繰りよりゃいとし……

 肌さえ身さえ、手の縋った、いとしいのを。

「やあ、畜生。」

 この(ばけ)もの、といったか、河童(かっぱ)、といったか、記してないが、「いでその手ぶし切落さんと、若き人、脇指(わきざし)、」……は無法である。けだし首尾の松の下だけの英雄で、初めから、一人供をした幇間(たいこもち)が慌てて留めるのは知れている。なぜにその手を取って引上げて見なかったろう。もし枝葉に置く霜の影に透したらんに、細い(かいな)に袖(から)み、乳乱れ、(つま)流れて、白脛(しらはぎ)はその二片(ふたひら)の布を(ながれ)掻絞(かきしぼ)られていたかも知れない。

 船頭もまた臆病(おくびょう)すぎる。江戸児(えどっこ)だろうに、(おぼ)れた女とも、身投とも(わきま)えず、棒杭(ぼうぐい)のようにかたくなって、ただ、しい、しい、(しずか)にとばかり。おのおの青くなって、息を凝らすうちに――「かの白き手、舳をはなし、水中に消入りぬ。」……

 潮に乗って船は出た。

「が、しかし、水に溺れましたか、あるいは身投の婦人が苦しさのあまり、(たすか)りたさにとも申すような……」

 幇間(ぼうさん)、もう遅い。分別おくれに、船頭と相顧みて、「船中このあたりにては、かような不思議はままある事、後に聞くもの、驚かずという事なし、いかなるものやらん合点ゆかず、恐しかりける事なり。」である。

 が、ここを筆耕した、上品な、またおっとりと、ものやさしい、ご新造、娘には、恐しかりける事より、何となく、ものあわれに、悲しく、うら寂しく、心を打たれたろうと思う。

 あとは隅田の(こがらし)である。

 この次手に――

浅間山の(ふもと)にて火車往来の事

 軽井沢へ避暑の真似をして、旅宿(やど)(はらい)にまごついたというのではない。後世(ごせ)こそ大事なれと、上総(かずさ)から六部に出た老人が、善光寺へ参詣(さんけい)の途中、浅間山の麓に……といえば、まずその硫黄(いおう)(におい)黒煙(くろけぶり)が想われる。……さて行悩んで、(わび)しげなる茶屋に立寄り休むうちに、亭主がいうには、去年、(享保年中)八月中ばの事――その日も、やがて八ツ下り。稗黍(ひえきび)の葉を吹く風もやや涼しく、熔岩とともにころがった南瓜(かぼちゃ)の縁に、小休みの土地のもの二三人、焼土(やけつち)の通り(みち)を見ながら、飯盛(めしもり)彼女(きゃつ)は、赤い襦袢(じゅばん)を新しく買った。(こうがい)を質に入れたなどと話していると、(はるか)に東の(かた)よりむら立つ雲もなく、虚空(こくう)を渡るがごとく、車の駆来る音して、しばらくの間に目前(まのあたり)へ近づいたのを見ると、あら、可恐(おそろ)し、素裸(すはだ)荒漢(あらおとこ)、三人、車を宙に()くごとし。真先(まっさき)に、布、紙を弁えず(ひるがえ)した、旗の(おもて)に、何と、武州、(こおり)の名、村の名、人の名――(ともに(はばか)ると註してある)――歴々(ありあり)と記したるが矢よりも早く飛過ぐる。火を揚げ煙を噴いた車の中に、炎の(から)んだように腰の布が(くれない)に裂けて、素裸(すはだ)であろう、黒髪ばかり(みの)のごとく乱れた、(むくろ)をのせた、()(きし)り、(わだち)(とどろ)き、(こうかく)たる石径を舞上って、「あれあれ浅間山の煙の中へ火の尾を()いて消えて(そろ)よ、六部どの。われら世過ぎにせわしき身は、一夜の旅も、(かて)ゆえに思うに任せず、廻国のついでに、おのずから、その武州何郡、何村に赴きたまわば、」事のよしをも()いとむらいたまえと、舌を(ふる)って語ったというのである。――嘘ばっかり。大小哥哥(きみたち)、宿場女郎の髪の香、肌ざわりなど大話をしていたればこそ、そんなものが(あら)われた。猪か猿を取って、威勢よく飛んだか、早伝馬が駆出したか、不埒(ふらち)にして雲助どもが旅の女を(さら)ったのかも分らない。はた車の輪の()(きし)るや、秋の夕日に尾花を(もや)さないと誰が言おう――おかしな事は、人が問いもしないのに、道中、焼山越(やけやまごえ)の人足である――たとえ()めなくても済むものを、虎の皮には弱ったと見えて、火の車を飛ばした三個(みつ)の鬼が、腰に何やらん襤褸(ぼろ)(まと)っていた、は窮している。……ただし窮してまで虎の皮代用の申訳をした、というので、浅間山の麓の茶屋の亭主は語り、六部の爺様(じいさま)は聞いて、世に伝えたのは事実らしい。

目次に戻る

目次