真夏の梅

1話 真夏の梅

4,727字 約9分 2024年9月7日 公開

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 (うめ)漬梅(つけうめ)――(うめ)漬梅(つけうめ)――は、……茄子(なすび)(なへ)や、胡瓜(きうり)(なへ)、……苗賣(なへうり)(こゑ)とは(べつ)意味(いみ)で、これ、世帶(しよたい)(なつ)初音(はつね)である。さあ、そろ/\(うめ)()はなくては、と()(うち)にも、馴染(なじみ)魚屋(さかなや)八百屋(やほや)とは(ちが)つて、()振賣(ふりうり)には、値段(ねだん)一寸(ちよつと)掛引(かけひき)があつて、(をんな)たちが、大分(だいぶ)外交(ぐわいかう)(えう)する。……去年(きよねん)()つたのが、もう(いま)()るだらう、あの(こゑ)か、その(こゑ)か、と(をり)から()りみ()らずみの五月雨(さみだれ)に、きいた風流(ふうりう)ではないが、(いつ)ぱし、(こゑ)のめきゝをしよう量見(りやうけん)が、つい、ものに(まぎ)れて、うか/\と()()つと、三聲(みこゑ)四聲(よこゑ)一日(いちにち)幾度(いくたび)(つゞ)いたのが、ばつたり()なくなる。うつかりすると、もう()()はない。……だら/\(きふ)で、わざ/\八百屋(やほや)註文(ちうもん)して取寄(とりよ)せる時分(じぶん)には、青紅(せいこう)黄青(くわうせい)、それは(よし)(しわ)んで(かた)いのなど、まじりに()つて、(つぶ)(そろ)つても(しつ)(みだ)れる。(しか)も、これだと(うめ)つける行事(ぎやうじ)が、奧樣(おくさま)令夫人(れいふじん)のお道樂(だうらく)()つて、取引(とりひき)がお(やす)くは(まゐ)らない。お(なぐさ)みに(あそ)ばす、お臺所(だいどころ)ごつことは(ちが)ふから、(なん)でも、(はや)(とき)、「たかいぢやないかね、お(まへ)さん、」で、少々(せう/\)(うで)まくりで談判(だんぱん)する、おつかあ、(やま)のかみの意氣(いき)でなくては不可(いけな)い。で、億劫(おつくふ)だから()ひはぐす(こと)毎度(まいど)ある。それに、(せん)(ちが)つて、近頃(ちかごろ)では、()(はや)いうちに用意(ようい)をしても、所々(しよ/\)()せあつめもの、()雜種(ざつしゆ)入交(いりまじ)つて、紅黄(こうくわう)青玉(せいぎよく)(ごと)くあるべきが、往々(わう/\)にして烏合(うがふ)砂利(じやり)なるが(すくな)くない。(ひさ)しい以前(いぜん)逗子(づし)()(とき)坂東(ばんどう)二番(にばん)靈場(れいぢやう)岩殿寺(いはとのでら)觀世音(くわんぜおん)(いほり)(うめ)()けて(もら)つた(こと)がある。圓澤(ゑんたく)光潤(くわうじゆん)(つた)へきく豐後梅(ぶんごうめ)()ふのが(これ)だらうと(おも)名品(めいひん)であつた。旅行(たび)して()るに、すべて、京阪地(けいはんち)(うめ)()い。南地(なんち)(つや)()といふので、一座(いちざ)(きやく)は、(をり)からの肉羹(ちり)()へて、ぎうひ昆布(こぶ)茶漬(ちやづ)るのに、(わたし)梅干(うめぼし)(たの)んだが、(まこと)佳品(かひん)で、我慢(がまん)ではない、(あへ)(たひ)()(うらや)まなかつた。場所(ばしよ)がらの(こと)だし、(あるひ)(つけ)もの()から臨時(りんじ)取寄(とりよ)せたものかも()れないが、紅潤(こうじゆん)にして、柔軟(じうなん)、それで(した)にねばらない。瓶詰(びんづめ)ものの、(あか)(しる)がばしやばしやと(あふ)れて、()むとガリヽと()て、()(たね)との(あひだ)から生暖(なまぬる)(みづ)の、ちゆうと()れるのとは(たて)(ちが)ふ。京都(きやうと)大宮通(おほみやどほり)(いけ)舊家(きうか)小川旅館(をがはりよくわん)のも、芳香(はうかう)()一層(いつそう)名品(めいひん)であつた。東北地方(とうほくちはう)のは(おほ)(から)びて(かた)い。汽車(きしや)輕井澤(かるゐざは)辨當(べんたう)には、御飯(ごはん)(うへ)に、一粒(ひとつぶ)梅干(うめぼし)()せてある。(ちひ)さくて(かた)い、が(きよ)(いさぎよ)(こと)異論(いろん)はない。(もつと)もつい(とほ)りの旅人(たびびと)が、道中(だうちう)(あぢは)ふのは、(おほ)くは賣品(ばいひん)である。すべて(かう)のものの(なか)にも、(うめ)()()(おい)()けるのを、色香(しきかう)ともに至純(しじゆん)とする。

 うろ(おぼ)えの、食鑑曰(しよくかんにいはく)。――

凡梅干者(およそうめぼしは)上下日用之供(しやうかにちようのぐ)上有鹽梅相和義(かみにえんばいあひわするのぎあり)下有收蓄貨殖之利而(しもにしうちくくわしよくのりありて)不可無者也(なくんばあるべからざるものなり)至其清氣逐邪之性(そのせいきじやをおふのせいにいたつては)以可通清明(もつてせいめいにつうずべし)

 (ふく)めば(きり)桃色(もゝいろ)(ひら)いて、(つき)にも(くれなゐ)照添(てりそ)はう。さながら、食中(しよくちう)紅玉(ルビイ)珊瑚(さんご)である。

 またそれだけに、(うめ)()けるのは、手輕(てがる)に、胡瓜(きうり)茄子(なす)即席(そくせき)漬菜(つけな)のやうには()かない。(もつと)も、婦人(ふじん)()だしなみ、或場合(あるばあひ)つゝしみを(えう)する、と(こゝろ)あるものは(いまし)める。(けだ)山妻(さんさい)野娘(やぢやう)のうけたまはる(ところ)、――モダンの淑女(しゆくぢよ)たちが(そゞ)ろに()をつけたまふべきものではない。(なに)意固地(いこぢ)(はな)(さき)ばかり(しろ)うして、(つめ)(あか)(くろ)いからとは()はない。ちやんと(きよ)めてかゝらないと、(あせ)(あぶら)はおろかな(こと)香水(かうすゐ)白粉(おしろい)(ゆび)をそのまゝに、(うめ)()(あら)つて、(しほ)()した(をけ)(なか)()れると、立處(たちどころ)(かび)()く。斷髮(だんぱつ)もじやもじやの拔毛(ぬけげ)(おと)すこと(はゞか)るべく、バタ(くさ)()などが(はひ)ると、(たちま)()()ちたやうに(にご)つて、(はなはだ)しき(くされ)(およ)ぶ。……

 だから、(うめ)()けると()へば、(かみ)(くしけづ)り、沐浴(ゆあみ)もし、()(きよ)めて、たゞ(たしなみ)薄化粧(うすげしやう)か。友禪(いうぜん)(あか)(たすき)。……いづれ(あつ)(ころ)(こと)だから、白地(しろぢ)(かめ)のぞきの(ねえ)さんかぶりの姿(すがた)(おも)はせて、田植(たうゑ)をはじめ、蠶飼(こかひ)茶摘(ちやつみ)風情(ふぜい)とは(また)(ことな)つた、清楚(せいそ)風情(ふぜい)(しの)ばせる。……(むかし)からの俳句(はいく)にも、町家(ちやうか)行事(ぎやうじ)()うした景趣(けいしゆ)(おほ)いのである。

 ――(うち)では、()二三年(にさんねん)伊豆(いづ)修善寺(しゆぜんじ)にたよりがあるので、新井(あらゐ)(たの)んで、土地(とち)梅林(ばいりん)(うめ)取寄(とりよ)せる。(つぶ)はやゝ(ちひさ)いが、()(あつ)く、(かは)(うす)く、上品(じやうひん)とする。よく(あら)つて、(しづく)()つて、(をけ)()れ、(しほ)にする。()()て、(みづ)(あが)つた(ところ)で、(ふか)(おほ)つた(ふた)(はら)ふと、つらりと()()つた(みづ)()(きよ)さ、綺麗(きれい)さよ。ひやりと(つめた)く、いゝ(かをり)が、ぱつとして、氷室(ひむろ)()でた白梅(しらうめ)(よそほひ)である。

御覽(ごらん)なさい、今年(ことし)もよく(つか)りました。」

 ()(とき)ばかりは、みそかに(にご)(かほ)でなく、女房(にようばう)(いろ)()んでゐる。

「いや、ありがたう。」

 野郎(やらう)どのも、一歩(いつぽ)(ゆづ)つて、女房(にようばう)背中(せなか)から、及腰(およびごし)拜見(はいけん)する。()うも意地(いぢ)ぎたなに、おつまなどと、(をけ)(ふち)へも()れかねる。くれ/″\も、内證(ないしよう)(つま)むべからずと、懇談(こんだん)(およ)ばれて()女中(ぢよちう)も、(きん)()けて、(ほつ)として、

「まあ、おいしさうでございますこと。」

 と世辭(せじ)()ふ。

 (すゝ)けた屋根裏(やねうら)で、(うぐひす)()きさうな()もするのである。

 これから紫蘇(しそ)()はして()いて、土用(どよう)第一(だいいち)(うし)()()つて、はじめて、()()すのが、一般(いつぱん)仕來(しきた)りに()つて()る。大抵(たいてい)いゝ工合(ぐあひ)に、()(ころ)(てり)(つゞ)く。(あつ)い/\と()ふうちに、()()は、炎天(えんてん)大暑(たいしよ)極暑(ごくしよ)日盛(ひざかり)と、()()ても、(かつ)()(くら)むやうなのが(かへつ)(たの)もしい。()きさらし……()うも()()きさらしは可笑(をかし)いけれども、日光直射(につくわうちよくしや)などと()ふより、()きさらしの(はう)相應(ふさは)しい……二階(にかい)物干(ものほし)()()らない。

「いゝ(いろ)だなあ。」

 芳紅(はうこう)にして、鮮潤也(せんじゆんなり)(おも)はず(くちびる)(みつ)(ふく)むで、

「すてき/\。」

 と(また)こゝでも一歩(いつぽ)(ゆづ)つて、裏窓(うらまど)から(のぞ)くと、()()る、炎天(えんてん)物干(ものほし)では、あまり(わか)くはないが、(あね)さん(かぶ)りで、(ざる)()げたのを(ひと)(ひと)つ、眞紅(しんく)(つゆ)()(ところ)を、(あを)いすだれに(なら)べて()る。

 無論(むろん)夕立(ゆふだち)禁物(きんもつ)だが、富士(ふじ)から、筑波(つくば)から、押上(おしあ)げる(すさま)じい(くも)(みね)も、(うめ)()すには、(むらさき)衝立(ついたて)墨繪(すみゑ)(ゆき)屏風(びやうぶ)()えて、(さつ)一面(いちめん)(くれなゐ)は、(あぶ)られつゝも高山(かうざん)のお花畑(はなばたけ)の、彩霰(さいさん)紅氷(こうひよう)(いろ)(おも)はせる。

 ()()(いさぎよ)く、(じや)(はら)つて、()も、蟆子(ぶよ)(ちか)づかない。――(はち)(あか)(おどろ)き、(てふ)(しろ)猶豫(ためら)ふ。が、邪惡(じやあく)(うごめ)かす(はへ)だけは、()潔純(けつじゆん)にも遠慮(ゑんりよ)しない。(すき)(ねら)つてはブーンと()て、穢濁(あいだく)()みつけること、御存(ごぞん)じの(ごと)しだから、古式(こしき)には(かな)はないが、(なら)べた(うへ)へ、もう一重(ひとへ)(しろ)(ぬの)一杯(いつぱい)(おほ)(こと)にして()る。たゞし(はへ)は、(ぬの)(うへ)へ、平氣(へいき)()まつて、(ぬの)目越(めご)しに、無慚(むざん)(うめ)(くちびる)()ふのである。

 家内(かない)工風(くふう)して、物干(ものほし)横木(よこぎ)から横木(よこぎ)へ、棹竹(さをだけ)(わた)して、(いと)()げて、團扇(うちは)をうつむけに、()(むす)んで、(うめ)()した(うへ)()ける(こと)にした。

「では、(たの)みましたよ。」

 (これ)をはじめてから、()三四年(さんよねん)馴染(なじみ)だから、つい心安(こゝろやす)だてに、(くち)()いて、すつかり、支度(したく)爲澄(しす)ましたあとを、()(はな)して、とんと(まど)(たゝみ)()りる、と、もう團扇子(うちはし)飜然(ひらり)(うご)く。

 ひらりと(うご)いて、すつ/\と、右左(みぎひだり)(おほ)きく(さば)けて、(ひと)つくる/\と《まは》るかと(おも)ふと、眞中(まんなか)でスーツと()まつて、(また)ひらりと(かへ)る。

「うまいよ。」

 などと、給金(きふきん)()ない一枚看板(いちまいかんばん)だから、(しきり)()めて、やがて(また)洗濯(せんたく)もののしきのしなんかに、とん/\と下階(した)()りて()く。いや、あとは勝手放題(かつてはうだい)。…‥ふら/\、ひよい/\、ひよい、ばさ/\、ばさ、ぱツぱツと、(はたら)く、(はたら)く。(かぜ)吹添(ふきそ)はうものなら、ぽん/\ぽんと()んで、干棹(ほしざを)(よこ)ばたきに、中空(なかぞら)へツツと(あが)つて、きり/\きり/\と舞流(まひなが)しに(なが)れて(もど)り、スツと()りて、(また)ひら/\と()(あが)り、ポンとはずんで、きり/\きりと()つて()る。()(あが)るかとすれば()()りる。ともすれば()()()いて、化鳥(けてう)羽搏(はたゝ)(ごと)く、(あるひ)は、(おほき)(ひれ)()して、怪魚(くわいぎよ)(さま)してゆらりと(およ)ぐ。如何(いか)油旱(あぶらでり)だと()つても物乾(ものほし)だから(かぜ)はある。そよりとも、また()かない(とき)も、(うめ)()()つかと(おも)ふばかり、團扇(うちは)は、ふは/\と、()れて()る。

 (かぜ)はおのづから(りつ)をなして、その(くる)ひかた、()ひぶりは、なまじつかなダンスより(はるか)におもしろい。(かつ)毒蟲(どくむし)(はら)ふのである。(わたし)は、(たゝみ)二疊(にでふ)ばかり此方(こつち)に、安價(あんか)籐椅子(とういす)に、(まくら)から摺下(ずりさが)つて、(ひく)(ところ)で、(こし)()けて、ひとりで莞爾々々(にこ/\)して今年(ことし)()()た。氣味(きみ)(わる)がつては不可(いけな)い。(だん)じて家内(かない)工夫(くふう)()いてでない、團扇(うちは)(かぜ)舞振(まひぶり)である。

 去年(きよねん)であつた。……をかしかつたのは、馴染(なじみ)(すゞめ)で。……(おや)たちから、まだ申傳(まをしつたへ)がなかつたと()える。物干(ものほし)(した)小屋根(こやね)(へだ)てた、()()板塀(いたべい)笠木(かさぎ)へ、(あさ)から――これで四五度(しごど)めの御馳走(ごちそう)をしめに()七八羽(しちはちは)仔雀(こすゞめ)が、()(とし)最初(はな)(こと)だから、(すなは)土用(どよう)(うし)()團扇(うちは)がひら/\ひらと()ふと、ばつと(おと)()てて飛上(とびあが)つた (あわ)てたのは、(ねぐら)枇杷(びは)()へましぐらに()んだし、(ちう)くらゐなのは、路次裏(ろぢうら)棟瓦(むねがはら)(たか)()げる、一寸(ちよつと)落着(おちつ)いたのが、()(ひさし)(すが)つた。はずんで、電信柱(でんしんばしら)素天邊(すてつぺん)驅上(かけあが)つて、きよとんとして()まつて()()たのがある。遁足(にげあし)見事(みごと)だが、いづれも(くひ)しん(ばう)だから、いつまでも我慢(がまん)出來(でき)ない。()るうちに、しばらくすると、ばら、ばら/\、ちよん/\と()せて()て、笠木(かさぎ)(むか)(うへ)に、()裏家(うらや)(ひさし)樋竹(とひだけ)半分(はんぶん)(ひそ)んで、づらりと(なら)んで、(よこ)におしたり、()しかへしたり、てんでに、(まる)頬邊(ほつぺた)、かはいゝ(くちばし)()して()がらかつて、お飯粒(まんまつぶ)と、翩翻(へんぽん)たる團扇(うちは)とを等分(とうぶん)(うかゞ)つた。

 家内(かない)(わら)ひながら()()た。

可恐(こは)くはないんだよ。」

馬鹿(ばか)だな、此奴等(こいつら)()野郎(やらう)たち。」

 (むすめ)も、いやお(ぢやう)さんも(まじ)つては()るのだらうが、(なさけ)ない(こと)にお(やしき)手飼(てがひ)でない。借家(しやくや)野放(のばな)しだから、()につれて、(すゞめ)(おのづ)から(やす)つぽい。野郎(やらう)よばはりをして、おたべ、と()つても、きよろ/\して()る。

 勇悍(ゆうかん)なのが一羽(いちは)――不思議(ふしぎ)年々(ねん/\)大膽(だいたん)なのが一羽(いちは)だけ(きつ)()る――(とひ)を、ちよんと()たと(おも)ふと、物干(ものほし)()れ/\に()つた隣屋(となり)背戸(せど)なる、ラジオの、()(しな)つた竹棹(たけざを)へ、ばツと()いて、(はね)()くやうに(とま)つたが、(とま)つて、しばらくして、する/\と、段々(だん/\)(うへ)(つた)つて、(もつと)(ちか)距離(きより)から、くる/\と()ひ、ぱつ/\と(をど)團扇(うちは)に、(じつ)()()ゑて、()(しろ)()ゆるまで、ぐいと、ありつたけ(ほそ)(くび)()ばした。

 (ところ)へ、ポンとはずんだ團扇(うちは)(おもて)に、ハツと(わら)つた、(わたし)たちの(こゑ)流眄(ながしめ)に、(たちま)ち、チチツと()いて、羽波(はなみ)(おほ)きく、U《ユウ》を(ゑが)いて、樋竹(とひだけ)()つて()ぶと、悠然(いうぜん)笠木(かさぎ)()()りた。

 ()れて(つど)つたのは()ふまでもない。

 今年(ことし)は、(はじ)めから、平氣(へいき)()る。時々(とき/″\)團扇(うちは)上下(うへした)に、チチツと()いて(あそ)んで()る。

 ……いや、面白(おもしろ)い。(あつ)さを(わす)れる。……()うかすると、()びすぎ、()ひすぎに、草臥(くたび)れたやうに、(みじか)(いと)()いて、團扇子(うちはし)小廂(こびさし)()つて、(やす)んで()(とき)がある。

御苦勞(ごくらう)でした、また明日(みやうにち)。……」

 實際(じつさい)()()()(どく)()るほど、くる/\きり/\、ポンと()び、(さつ)(かへ)つて、すき()なく、よく(はたら)く。式亭三馬(しきていさんば)(せい)する(ところ)の、風見(かざみ)(からす)の、(たか)(とま)つて、――ぶら/\と氣散(きさん)じスで、(まち)()美婦(たぼ)()(たのし)みながら、(かうがい)()ぶみをする、不良(ふりやう)(やつ)さへ、いたづら小僧(こぞう)()()つぺしよられたと()けば、(いた)さうだし、夕風(ゆふかぜ)()いて()て――さあ/\さあ、(おら)(これ)からが(いそが)しい、アレ/\アレ(また)()いて()た、とくるりと《まは》つて、あゝ、(また)くるりと《まは》るのさへ、()(どく)らしいのに――

 (ふぢ)のを使(つか)つた(こと)がある。()によつては、いた/\しい……遠慮(ゑんりよ)して今年(ことし)は、(まち)消防頭(かしら)(くば)つた水車(みづぐるま)()使(つか)つた。物干(ものほし)にぱつと威勢(ゐせい)よく、水玉(みづたま)(つゆ)()ばす。

 (うめ)()さない(とき)も……月夜(つきよ)など(さぞ)(おも)ふ。(わたし)()どほし()團扇(うちは)を、物干(ものほし)()ばして()たい。――もの(しり)不可(いけな)い、と()ふ。

()がさしさうだから。――」

 成程(なるほど)。……かりに、團扇(うちは)()(をんな)大首(おほくび)にでもして()るか、ばアと(まど)から(のぞ)きもしようし、(くも)(くら)ければ(かみ)()らさう。

 ――のりつけほうほう――

 町内(ちやうない)の、あの、大銀杏(おほいてふ)で、眞夜中(まよなか)(ふくろふ)()くと、

(だれ)さ?……」

 と、ぴたりと、(しづか)()團扇(うちは)(かほ)を。……稻妻(いなづま)(とほ)き、物干(ものほし)にて。……

 もしそれ、振袖(ふりそで)をきせて、二三枚(にさんまい)花野(はなの)()たせて()るが()い、團扇(かのをんな)(ひと)()ぶであらう。

大正十五年九月

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