深川浅景

3話 深川浅景(3)

2,685字 約5分 2018年2月2日 公開

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 ()てすぎつ。いまの墓地(ぼち)樣子(やうす)(かんが)へると、ぬれ(ぼとけ)彌陀(みだ)地藏菩薩(ぢざうぼさつ)が、(おほ)きな(かさ)胡粉(ごふん)同行二人(どうぎやうふたり)とかいて、(あし)のない(かに)(ごと)く、おびたゞしい石塔(せきたふ)をいざなひつゝ、あの靈巖寺(れいがんじ)の、三途離苦生安養(さんづりくしやうあんやう)――一切衆生成正覺(いつさいしゆじやうじやうしやうかく)――大釣鐘(おほつりがね)を、(とも)さぬ提灯(ちやうちん)(みち)しるべに、そことも()かず、さまよはせ(たま)ふのであらうも(ぞん)ぜぬ。

「やあ、極樂(ごくらく)。おいらんは成佛(じやうぶつ)しました。」

 だしぬけに。……

納屋(なや)立掛(たてか)けた、四分板(しぶいた)をご(らん)(くだ)さい、(ごく)……」といひ()けて、

(なん)だ、極選(ごくせん)か――松割(まつわり)だ。……(へん)(こと)(かんが)へてゐたものですからうつかり見違(みちが)へました。先達(せんだつ)またへこみ。……」

 次々(つぎ/\)に――特選(とくせん)精選(せいせん)改良(かいりやう)別改(べつかい)、また(まれなり)……がある。

「こんな(をんな)なら、きみはさぞ(よろこ)ぶだらう。」

 さもあらばあれ、極樂(ごくらく)(はちす)()よりたのもしい、(まつ)(ひのき)()のぷんとする河岸(かし)木小屋(きごや)氣丈夫(きぢやうぶ)()つた、と(おも)ふと、つい()(まへ)の、軒先(のきさき)に、()つかな(はた)がさつとなびく。

 (わたし)はぎよつとした。

「はゝゝ、(けやき)大叉(おほさすまた)()せて、(ふね)(かぢ)()(こと)(ひのき)大割(おほわり)()せて、蒲鉾屋(かまぼこや)のまな(いた)はこれで出來(でき)ますなど、御傳授(ごでんじゆ)(まを)しても一向(いつかう)感心(かんしん)をなさらなかつたが、如何(いかゞ)です、この(はた)(たい)して説明(せつめい)がなかつた()には、海邊橋(うみべばし)まで()()すでせう。」

 案内者(あんないしや)大得意(だいとくい)で、

「さ、さ、(わたし)について、(かま)はず、ずつとお(すゝ)(くだ)さい。(あか)(はた)には、白拔(しろぬ)きで荷役中(にやくちう)としてあります――(なん)御見物(ごけんぶつ)河岸(かし)から材木(ざいもく)上下(あげお)ろしをする(なが)ものを(はこ)ぶんですから往來(ゆきき)のものに注意(ちうい)をします。――()ました、それ、彼處(あすこ)へ、それ、(むか)うへ――」

 うしろへも。……五流(いつながれ)六流(むながれ)、ひら/\と(ひるがへ)ると、河岸(かし)に、ひし/\とつけた(ふね)から、印袢纏(しるしばんてん)威勢(ゐせい)()いのが、割板(わりいた)丸角(まるかく)なんぞ(ひつ)かついで、づし/\段々(だん/\)(わた)つて(とほ)る。……時間(じかん)だと()え、(そろ)つて揚荷(あげに)で、それが歩板(あゆみいた)()()すにつれ、おもみを()(かへ)して――川筋(かはすぢ)(よこ)にずつと見通(みとほ)しの(ふな)ばたは、(しほ)()るが(ごと)く、ゆら/\と(みな)ゆれた。……深川(ふかがは)(みづ)は、はじめて(うご)いた。……(ひと)(なみ)()てたやうに。――

「は、成程(なるほど)、は。」

 案内者(あんないしや)()()もなく(あたま)のはげを()せて、交番(かうばん)でおじぎをしてゐる。(しか)られたのではない。――(はし)(むか)うへ(わた)らずに、冬木(ふゆき)(みち)()いたのであつた。

「おなじやうでも、冬木(ふゆき)だから(たづ)ねようございますよ。これが、洲崎(すさき)辨天樣(べんてんさま)だとちよつと()(にく)い……てつた勘定(かんぢやう)で。……お職掌(しよくしやう)がら、至極(しごく)眞面目(まじめ)ですからな。」

 振返(ふりかへ)ると、交番(かうばん)(まへ)から、(かた)()つて、まつ()ぐに(ゆび)さしをして(くだ)すつた。(ほそ)(まが)(かど)(まよ)つたのである。(はし)から後戻(あともど)りをした(わたし)たちは、それから二度(にど)まで(みち)()いた。

 この(よこ)を――まつすぐにと、(をそ)はつて(はひ)つた(こみち)は、露地(ろぢ)とも、廂合(ひあはひ)ともつかず、横縱(よこたて)(うね)()みになつて、二人(ふたり)(なら)んでは(はゞ)つたい。しかも(さぐ)(あし)をするほど、(くさ)()びて、(ちひ)さな夏野(なつの)(おもむき)がある。――(はふ)(ぱな)しの空地(あきち)かと(おも)へば、(たけ)木戸(きど)があつたり、江一格子(えいちがうし)()えたり、半開(はんびら)きの明窓(あかりまど)葉末(はずゑ)をのぞいて、(ちひ)さな姿見(すがたみ)(しのぶ)(うつ)る。――彼處(かしこ)朝顏(あさがほ)(かんざし)さした結綿(ゆひわた)緋鹿子(ひがのこ)が、などと贅澤(ぜいたく)をいつては不可(いけ)ない。()れば、(たれ)(とほ)さう?……(めう)に、(ひと)(いへ)(かま)へうちを()(あし)()()がした。しをらしいのは、あちこちに、月見草(つきみさう)のはら/\と、(つゆ)(かぜ)()姿(すがた)であつた。

 こゝを通拔(とほりぬ)けつゝ()一軒(いつけん)(ひく)屋根(やね)は、一叢(ひとむら)(たか)(しげ)つた月見草(つきみさう)(おほ)はれたが、やゝ(とほ)ざかつて振返(ふりかへ)ると、その一叢(ひとむら)()(くも)で、薄黄色(うすきいろ)(まる)(つき)()くやうに()えた。

 (もや)が、ぼつとして、(をり)から(なん)となく(くも)(ひく)く、(こみち)一段(いちだん)(くぼ)んで――四五十坪(しごじつつぼ)、――はじめて()た――(あし)青々(あを/\)(みだ)れて()えて、(こみち)はその(はし)()つてゐる。(あめ)のなごりか、()(みづ)か、(あし)()はびしよびしよと()れて(うご)いて、野茨(のいばら)(はな)(しろ)(みだ)れたやうである。

 (とき)しも、一通(ひととほ)り、大粒(おほつぶ)なのが()つて()た。(あし)()つて、ぱら/\と(おと)()てて。

「ありがたい、かきつばたも、あやめもこゝには()きます。(なに)()()もなくつても一輪(いちりん)ぐらゐきつと()きます。案内者(あんないしや)みやうがに、(わたし)()かせないでは()きません。露草(つゆくさ)(あを)いのも(つゆ)つぽくこゝに()きます。嫁菜(よめな)秋日和(あきびより)()られますよ。――それに、(なん)ですね……意氣(いき)だか、結構(けつこう)だか、(むに)しろ別莊(べつさう)(れう)のあとで、これは(には)(いけ)らしうございますね。あの、(あし)()(ところ)に、古笠(ふるがさ)のつぶれたやうな青苔(あをごけ)()えた……あれは石燈籠(いしどうろう)なんですよ。」

 よく()ると、菜屑(なくづ)(みだ)れた。成程(なるほど)燈籠(とうろう)(かさ)らしいのが、(たちま)ち、(みつ)(よつ)ツに()けて蝦蟇(がま)()つたか、と(うご)()したのは、(あし)()けて、ばさ/\と、二三羽(はさんば)(にはとり)(もぐ)りながら(ついば)むのである。(ふな)や、泥鰌(どぢやう)生殘(いきのこ)つたのではない、蚯蚓(みゝず)……と(おも)ふにも、(なん)となく()(がた)風情(ふぜい)であつた。

 しばらく(なが)めたが、牡鷄(をんどり)がパツと(つばさ)(はた)いて、雨脚(あまあし)がやゝ(しげ)()つたから、歩行(ある)()すと、(あし)()次第高(しだいだか)に、()がくれに、平屋(ひらや)のすぐ小座敷(こざしき)らしい丸窓(まるまど)がある。(みち)(うね)つて、すぐの其縁外(そのえんそと)をちか/″\と(とほ)ると、青簾(あをすだれ)二枚(にまい)……()いたのではなかつた、(のき)から(なかば)()れた()(ほそ)いぬれ(えん)に、なよ/\として、きりゝとしまつた浴衣(ゆかた)のすそが()えた。白地(しろぢ)に、(あゐ)琴柱霞(ことぢがすみ)がちら/\とする()もなく、不意(ふい)()()(わたし)たちから(かく)れるやうに、朱鷺(とき)伊達卷(だてまき)ですつと()(とき)、はらりと(さば)いた(つま)(あさ)く、柘榴(ざくろ)(はな)か、と(おも)ふのが()つて、素足(すあし)夕顏(ゆふがほ)のやうに()えた。同時(どうじ)に、(くろ)(うす)(かげ)が、すだれ(ごし)にさつと()した、黒髮(くろかみ)(なが)(なが)れたのである。

 洗髮(あらひがみ)(かわ)かしてなどゐたらしい。……そのすだれを()れたのは、(えん)(すわ)つたのか、(こし)()けたのか、(こゝろ)づく(ひま)もなかつた。

「……ざくろの(はな)、そ、そんな。あの、ちら/\と(つま)(あか)かつたのは(ほたる)(くび)です。(また)ぽつと(あを)(ひか)るやうに(はだ)()(とほ)つたではありませんか。……(ほたる)()めた友染(いうぜん)ですよ。もうあのくらゐ(いろ)(しろ)いと、(かげ)ばかり、(ほたる)(はね)(くろ)いのなんざ、()(くら)んで()えやしません。すごい、()うもすごい。……特選(とくせん)精選(せいせん)別改(べつかい)改良(かいりやう)(まれなり)――です。木場中(きばぢう)背負(しよ)つて()て。極選(ごくせん)極樂(ごくらく)有難(ありがた)い。いや魔界(まかい)です、すごい。」

 といふ、案内者(あんないしや)横面(よこつら)へ、出崎(でさき)(いは)をきざんだやうな、(みち)出張(でば)つた石段(いしだん)から、(うま)(かほ)がヌツと()た、(おほ)きな洋犬(かめ)だ。長啄能獵(ちやうたくよくれふす)――パン/\と厚皮(あつかは)(はな)が、(はな)へぶつかつたから、

「ワツ。」

 といつた。――石垣(いしがき)から(うはばみ)()たと(おも)つたさうである。

 犬嫌(いぬぎら)ひな(こと)()けては、(ほとん)病的(びやうてき)で、(ひと)つはそれがために連立(つれだ)つてもらつた、浪人(らうにん)劍客(けんかく)がその狼狽(うろた)へかただから、(きも)()やしてにげた。

 またゐた――(ふたゝ)吃驚(びつくり)したのは三角(さんかく)をさかさな(かほ)が、正面(しやうめん)蟠踞(はんきよ)したのである。こま(いぬ)()けたのらしい。が、(つの)()れた(うし)(はな)(くだ)けた(ゐのしゝ)、はたスフインクスの(ごと)異形(いぎやう)(いし)が、()壘々(るゐ/\)としてうづたかい。

 (はや)本堂(ほんだう)わきの裏門(うらもん)で、つくろつた(いし)段々(だん/\)(うへ)(しろ)(をか)は、(ほり)三方(さんぱう)(とりまは)した冬木(ふゆき)辨財天(べんざいてん)境内(けいだい)であつた。

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